◇第三十五話 近衛騎士団長side
王城騎士団唯一の女性騎士、テレシア・マーフィスの事は、目に入っていた。
「女性ではありますが、周りに負けず劣らずいい働きをしてくれていますよ。自分の力量を十分に理解している。さすが、元近衛騎士団員であるマーフィス男爵の娘です」
第三騎士団長にそこまで言わせるような人物だった事に、少し驚いた。
女性騎士はこれまでにも何人かいた。だが、すぐに辞めていくのが普通だった。どうせただのご令嬢のおままごと、という認識ではあった。
父親はあの優秀な元近衛騎士の騎士団員であり、騎士団を抜ける際には騎士の役職だけは残してほしいと国王自ら言い出すほどの力量と、信頼を得ている。
だが、所詮彼女は女性。騎士の才能はあったとしても、そもそも男性と女性では力が違う。
だが……彼女は辞めなかった。大きな怪我をした報告もない。
女だからと舐めるな。
まるで、そう言っているような気がした。
そして、実際に会った彼女は……
「……そんな所で寝たら風邪を引くぞ」
ベンチに寝っ転がり寝息を立てていた。
最近事務作業が多く外の空気を吸いに歩いていたはずが……まさか顔を真っ赤にして寝る彼女と遭遇するとは。しかも、酒の匂いがだいぶするから泥酔でもしているのか。
一体どれだけ飲んだんだ……明日の仕事に響かなければいいが……
半分呆れつつも、肩を揺すり起こした。ようやく目を開けた彼女は、私をじっと見つめてくる。
「はぁ……女子寮か。一人で帰れるか」
「……なによ、あんたも見下してるの?」
「は?」
いきなり上半身を起こしたと思ったら、私の胸ぐらを掴んできた。
呆れて気が抜けていた、というのは言い訳になるが、内心驚愕している。完全に、油断していた。
女性騎士を目の前に、油断した? 何故?
「ど〜せ私は女っ気のないただの男女ですよ!」
けれど、そんなことよりも……赤い顔のまま流すその涙を拭いてやりたくなった。
「どうせ私は……他とはかけ離れた、残念な女よ……」
今度は泣き上戸か……と呆れてしまうところではある。それに、ここは野外。こんなところを見られてしまえば近衛騎士団長という名に傷がつく。けれど、それはどうでもいいと思ってしまった。
「お淑やかじゃない……ドレスも宝石も、そんなもの嫌いよ! 可愛げがない? 美人じゃない? そんなの自分が一番よく知ってる!」
「……」
「女の子だから? ふざけんなっ! 自分の人生を自分で決めて何が悪いのよっ!」
何故だろう。
こんなにも、強い感情を私の前で放つ彼女を羨ましいと思った。
自分の感情を、悲しみを、怒りを、こうも強く出せることを、羨ましく思った。
近衛騎士団の騎士団長という道を、生まれる前から親によって用意され、その為に捨てたものはいくつもあった。
感情だってそうだ。
だが……この、彼女を羨ましく思うこの感情は、なんだろう。
そして、無性に彼女を欲しくなった。
欲しい。
欲しい。
私のものにしたい。
(何だ、これは……)
気がつけば、無意識に部屋を聞き出し抱き上げ向かった。
自分がなにをやってるのか、いまいち理解が出来なかった。普段ならこんな事、絶対にやらないと分かっていても、こんな行動を取ってしまった。
同情? 彼女は女性だからこんなところに放置したら何があるか分からないから?
……どうだろうな。
幸い、深夜だからと周りに人はおらず、女子寮にも出歩く奴はいなかった。
部屋の番号を聞き出し、鍵を出させて部屋に入った。そして彼女をベッドに倒し、押さえつけていた。彼女の顎を掴み、顔を近づけ視線を目にぶつける。
「それを言ったのは誰だ」
「……何よ」
「私が貰ってやろうかと言っているんだ」
彼女は、頬をふくらませながら私を睨んでくる。そんな彼女のこの感情を肌で感じ、私の中で〝何か〟が込み上がってくる。
「やれるもんならやってみろ」
「はっ……いいだろう」
目が覚めると、知らないベッドに横たわり彼女を抱きしめていた。
いきなり彼女が起き出した時には、狸寝入りを決め込んだが……危うく笑いそうになってしまった。
「……くくっ」
彼女が出かけ、静かになった部屋を見渡した。女子寮の部屋は初めて見たが……ここまで狭いものだったか。
だがまさか、ドレスも宝石も嫌いなご令嬢がいたとはな……
ご令嬢でなくとも、女性なら好きなのでは……とも思ったが、それは彼女にとっては失礼か。考えを改めよう。
「……欲しいな……」
彼女の全部が、欲しい。そう、全部だ。
自分がここまで欲しがりだとは思わなかったが……それほどまでに、自分にとって彼女は魅力的に見えたのか。
まさか、自分にもこの感情が残っていたとは驚きだ。だが、残っていて良かったと、思っている。
「さて、テレシアは無事に間に合ったかな」
私のせいで怒られてしまうのは忍びないからな。確認は必要だ。……という建前を考えつつもドアを施錠した。
彼女の感情は、私にまで感染させる。
誰かに触られてしまったことへの妬み、彼女の目に私はどう映っているのかという不安、焦り。
そして……――喜び。
ここまで幸福感を覚えるとは思わなかったと、自分でも驚いている。
「早く護衛に戻らなきゃ!」
「だから、それは副団長に任せたと言っただろう。気にしなくていい」
「何言ってるんですか近衛騎士団長様っ!」
あぁ、可愛いな。
絶対に……――誰にも触れさせたくない。




