◇第三十二話 秘めた想い ①
「で、ウチのお転婆はどこのどいつだ?」
「……あはは~」
「あははじゃないわこの野郎」
その後、第三王女殿下は怪我なくお部屋にご移動なさったそうだ。そして、私が捕まえたあの犯人は、取り調べのため第一騎士団が護送し牢屋に入れられた。
私も当事者の為事情聴取を受け、副団長が迎えに来てくださったわけだが……何ですその態度。面倒くさいと顔に書いてあるのですが?
「アイツ、どうせお前が捕まえたんだろ。第一騎士団達が自分達で捕まえたなんてほざいてるが、嘘が見え見えなんだよなぁ……危うく笑うところだったよ」
「……面倒なんで放っておきましょう」
「お前の手柄なのに?」
まぁ、確かに私が捕まえたわけだけど……こういうのはもう慣れた。去年の狩猟大会とか、3つの騎士団合同でやる任務とかではこんなのはザラにある。だからもう面倒になったというか、何というか。
それよりも、犯人の事だ。王城に入れたとあれば、この王城の警備を今以上に強化していかないといけなくなる。となれば、そんなお遊びに付き合っている暇なんてどこにもない。
「それで、取り調べはどうなりました?」
「あぁ、それについてだが……しない事になった」
……は? 取り調べを、しない? なんで?
副団長によると、今回狙われたのは第三王女。だからそのまま身柄を渡すようあちらから口を出されたそうだ。隣国からの要求であるからこちらもそれを飲まざるを得ず、王女方のお帰りの際犯人の身柄も一緒に運ばれる事となった。
「まぁ、あちらの問題であるならば他国に知られちゃまずい事もあるだろうしな。だが、捕まえたのはこっちだ。俺個人としては、あの決定は頭にくるな」
「でも相手は友好関係を結んでいる国です。問題は起こしたくないでしょう」
「国際問題には持っていきたくない、が本音か。政治は難しいな」
これは憶測でしかないが……実際に剣を交えてみて、あの犯人は隣国の出身だと思った。顔つきもそんな風に見えた。けれど、あの日焼けの事を考えると、今回の使節団に護衛騎士として紛れ込んでいたことになる。となれば、国として問題になる事になる。
それが本当であるなら、確かにこちらの国にあまり知られたくない事ではある。とはいえ、予測は出来てしまっているためあまり隠せないだろうけれど。
政治というものは難しいな。
でも……妙に引っかかる。あの剣の太刀筋。あれは本当に、綺麗で洗礼されていた。また剣を交えたいとまで思うほどに。……口には出せないが。
それから、陛下方やご来訪されている王族の方々の警備が強化された。その後問題なく進み、隣国使節団がこちらに来訪して3日目の夜。明後日の朝にはお帰りになるため、それまで気を抜かずに警備を怠らないようにと各々の団長達に言われ騎士団の者達もより一層気合いを入れている。
今は一日遅れで来訪した第二王子を交えてのパーティーが行われ、私達は警備に奮闘していた。けれどこの持ち場である会場近くの庭園には、私一人。さっきいた先輩はデカルド団長に呼ばれて行ってしまったからだ。
置いていかれた私は一人寂しくここに立ち警備をしている。一人でいると、余計な事を考えてしまう。今回捕まえた犯人の事、そして……あのハンカチと懐中時計の事。けれど今は任務中。余計なことは考えるなと自分を叱りつけていたその時だった。
ふと足音が聞こえてきた。先輩が帰ってきたかな、と思ったけど、振り返り顔が引きつった。
「やぁ、お姉さん。いい夜だね」
「……」
とある、着飾った姿をした男性。赤い髪をなさっているのが分かる。この国には赤い髪の方は中々いないし、今回の使節団の中でそういった装いをしている赤い髪の男性は、一人しかいないはずだ。
今回一日遅れでご到着なさった、第二王子殿下。
私に近づき、暗がりでもよく見えた顔で、確信した。とても、第三王女殿下にそっくりだ。
「久しぶりだね、お嬢さん」
そうにこやかに私の目の前に立った。久しぶり、という事は前にもご挨拶したことがある、という事になる。
けれど、そんな記憶はどこにもない。
「……どこかでお会いしましたでしょうか?」
「あれ、気付いてない? まぁ仮面をしていたから分からないか。青のドレスも似合っていたけれど、この騎士団の正装もいいね。まぁ、僕としてはドレスの方が好みかな」
仮面。青いドレス。そして……この赤い髪。それを考えると、あの団長様と共に潜入したあの仮面パーティーにいた方を思い出す。それに、この声も聞いたことがある気がする。
確信した。この方はあの日、あの部屋に鍵をかけたにも関わらず休憩室に入ってきたあの男性だ。
でも、どうして私だと気が付いた? 今回の来訪でお会いしたことはあっただろうか。遠くに立っていただけのはず。
「立ち姿や振る舞い方で、何となくではあったけれど剣を扱う人間だと判断したんだ。そして探してみたら、君を見つけたんだよ。覚えていた声と一緒だから正解だね」
「……」
きっと、第三王女殿下からこの国には女性騎士がいると聞いたのだろう。その話を聞き、探したといったところだろうか。
そこまで覚えているとは、驚いた。けれど、困ったな。これだと、どうしてあんな所にいたのか聞かれてしまう可能性がある。あの外国人商人を追っていた事は極秘だった。そして、彼は隣国の王族。となると、その任務内容は国としても知られたくないはずだ。
あの日、仮面はしていても団長様とも一瞬顔を合わせている。第二王子とあれば今回の来訪で陛下の近くにいらっしゃる団長様と何度も顔を合わせた事だろう。もしかしたら私のようにあの場所にいたことに気付かれている可能性だってある。これは、やらかした。
どうしたらいい。そう思っていたら、私の目の前にいらっしゃった殿下はもう一歩近づいた。私は、無意識に一歩下がる。
「仕事、大変そうだね。ご令嬢なのに苦労が絶えないでしょ。周りの目だってあるんだ。さぞ、肩身が狭いだろうね」
「……仕事ですから」
「そうか、仕事か。でも、怖いよね? だって命の保証なんてどこにもないんだから。守ってもらう側ではなく守る側なんだからそれは当たり前だ。でもね、女の子はそんな事をしなくてもいいんだよ」
女の子、か。その言葉を使われるのは……非常に腹が立つ。
「ご令嬢なのに剣を握っているという事は、そうせざるを得ないものが君にはあるのかな。それなら……――僕が助けてあげようか」
「っ……!?」
ワントーン下げた声で、私を見据えるような目を向けてそう言ってきた。
助けてあげる? 何から? この方は一体何を言っているの?
「君を気に入ったんだ。どう? 僕の妾にならない?」
「っ!?」
「顔も容姿も申し分ない。この色合いの青い瞳を見るのも初めてだし。それに剣まで扱えて、この強気な性格もいい。実に魅力的だ」
この男は一体何を言っているのだろうか。私を妾に? そんなふざけた事を言って、頭おかしいんじゃないの?
でも、相手は王家の人間だ。そして、この国ではなく他国の王族。
「どう? 悪い話じゃないよね。もし来てくれるのなら、何不自由ない生活を約束しよう。危ない事は何一つしなくていい。欲しいものは何でも手に入れて与えてあげよう」
「っ……」
「さぁ、どうする?」
私に選択肢を与えているように言ってくるけれど、私にそんなものは全くない。王族の提案を断るだなんて事をしたら、どうなるだろうか。
しかもこの国と友好関係を築いてきた隣国だ。たとえ些細な事であっても、国同士の問題にだって発展すればこの友好関係にヒビが入る可能性だってある。
隣国の王家の人間と、ただの男爵令嬢。これは、従うしか道は残されていない。
顎を掴まれ、上を向かされる。まるで勝ち誇ったかのような、そんな目で私を見下ろしてくる。こんな目を、これまで何回向けられてきただろうか。それは、数えきれないくらいだ。
けれど今回は、お相手は自国の貴族や騎士達と違う、隣国の王族だ。
私はただのおもちゃ? それともコレクション?
……ふざけるな。
「……妾になれ、とおっしゃるのであれば、そのように致しましょう」
「うん、君は賢い子のようだ。ちゃんと、大切に愛してあげるから安心してね」
「――ですが、私の心の中には違う人物がいる事をご理解いただきたい」
勝ち誇った視線に、私は睨みつけるような視線を重ねた。
頭の中には、とある人物の姿が鮮明に映し出されている。
その方は、今すぐにでも会いたいと願った人物。
「私が想う方は、貴方様のような権力を振りかざして従わせるような方ではございません」
彼は一度も、自分が近衛騎士団長でありこの国の侯爵家当主だという事を自分から出さなかった。むしろ、私が団長様と呼ぶ事を嫌がり名前で呼ぶよう何度も言われてきた。
この方とは、全く違う。
「ふぅん。じゃあ、僕を愛せと命じれば?」
「努力は致しますが、変わらないと断言します」
「面白いね。より一層欲しくなってきた。その気持ちはいつまで続くか見ものだね」
顔を近づけてくる彼の、顎を掴んでいた手を弾き、一歩下がった。睨みつけるけれど、彼は面白げに笑ってくる。遊んでいるかのようで腹立たしい。
あぁ、ぶん殴りたい……今すぐにでもぶん殴って、あの人のところに走っていきたい。
そう、思っていた時だった。




