◇第二十七話 〝近衛騎士団長〟と〝リアム〟 ②
ソファーに座っていた男性は、立ち上がり私の方に近づいてくる。それに合わせて私も下がった。
「そんなに嫌?」
「……」
けれど、気が付いた。部屋の外からする足音に。
この足音は一人、そして恐らくヒールじゃない。もしかして、団長様だろうか。もしそうだとしたら、今この休憩室の中で起きている予想外に気が付いてくれる。
「別に置いてかれたわけじゃないわ。私が疲れてしまったからここで休んでいただけよ。彼はお酒が好きだから私が会場に行かせたの。ただそれだけよ」
「ふぅん」
「だから、彼を悪く言うのはやめて」
「……彼っていうのは……」
そう言って、男性は扉に向かって指を差した。コンコンコンコンッと4回ノックをする音が聞こえてくる。団長様だ。
けれど、ガチャガチャと金属音が聞こえてくる。もしかけて開けられないでいる? という事は、この男性がここに入ってきた時、鍵をかけた……?
早く開けなくては。そう思ってドアの方に向かおうとするけれど、腕を掴まれた。睨みつけても、にっこりと視線を向けてきて。けれどこうしちゃいられない。すぐに私は腕を回して男性の腕を外し、扉の方に急いだ。そして、鍵をすぐに開ける。
迷わず、目の前にいた団長様の腕に抱き着いた。そして、男性を睨みつけた。
「……悪い、遅くなったな」
早く行こうか、とその部屋を後にしたのだ。
ちらり、と男性の方を見た時に口角が上がっていた事に気が付いたが無視した。それよりも……
「何があったのかはあとで聞く。帰ろう」
「は、はい……」
団長様に言われたことをちゃんと出来なかった。それが、一番悔しく思ってしまう。
潜入した際に通った道とは別のルートで、会場は通らずすぐに玄関に向かった。そして屋敷を出て待機していた馬車に乗り込んだ。
「あの、任務は……」
「あぁ、無事完了したから安心してくれ。後処理は他の団員達が行うから、私達はこのまま屋敷に戻ろう」
と、いう事は追っていたあの商人は無事捕まったという事。それはよかった。さすが、近衛騎士団だ。私達より、断然優秀な人達だ。
何だか、こう実力を見せつけられると自分がいかに未熟なのか思い知らされてしまう。
騎士として入団した時から、憧れの存在だった。団長様は厳しくて怖い人だからと言われてたけど、それでも父が所属していた近衛騎士団に入れたらいいなぁ、と思ってはいた。
だから余計、自分がこの程度の力しかない騎士なんだと痛感させらされた。でも、ここで落ち込んでいられない。せっかく、近衛騎士団の任務に参加させてもらったんだから。失敗してしまった事もあるけれど、それは絶対に忘れない。
「あっあのっ! さっきの男性の事でご報告がありますっ!」
下に向けていた視線を上げると、目の前の団長様がこちらへ迫ってきていることに気が付いた。両足を、団長様の両足で挟まれ、両手を私の背にある壁に付き顔が接近していた。
「開けたのか」
「いえ、鍵をかけてから私は一度も開けていません。ちゃんとかけたことも確認しました。ですが、何故か入ってきてしまって……」
団長様の、鋭い視線が、怖い。
私が、ちゃんと役割を全う出来なかったから、怒っている。
「……確認は出来ていませんが、もしかしたら鍵を持っていたのかもしれません。そ、それと、お酒の匂いもしました! こちらも確認は出来ていませんが、〇〇王国の――というお酒の匂いがしました。もしかしたら……っ!?」
私の報告は、顎を掴まれ止められてしまった。団長様と視線がぶつかる。途切れてしまった報告を続けようにも、ぎらつく瞳に、怖気づいてしまう。
団長様は、怒ってる。そう、感じた。
「酒の匂いを嗅げるくらい、近くに寄られたのか」
「ぇっ……?」
「あの男に、触れられたか」
「っ……」
「答えろ」
鋭い言葉に、怯えてしまいそうになる。
なら、何に対して、そう怒りを露わにしているのだろうか……?
「か、仮面と、腕には、触れられてしまいましたが、他は触れられていません……」
いきなり、キスをされた。けれど、今までのものとは全く違う、それよりも乱暴なキスだ。獰猛な獣に、喰われてしまうという危機感を覚えた。
ようやく離してもらえた時には、もう腰が砕けてしまっていた。それなのに、またキスを再開してくる。頭がくらくらしてきて、飲んでいないはずなのに軽く酔ってしまったような気分になる。
「降りるぞ」
「ぇ……?」
気が付けば、馬車は止まっていた。団長様に抱き上げられ、そのまま馬車から降りた。辿り着いていた団長様の屋敷に入った。
こんなに人目のあるところで横抱きにされるなんて、普段ならすごく恥ずかしがる場面のはず。だけど今の私にはそんな余裕なんてなかった。
辿り着いた部屋には、大きなベッドがあった。そしてそこに、降ろされた。けど、私は力いっぱいに待ったをかけた。
「あのっ団……リアムっ!」
「……」
私に迫ってくる団長様を止めた。上半身を頑張って起こしてから団長様の肩を抑えた。
「あのっ、懐中時計っ!」
「あぁ、あれか」
止めたはいいものの何と言えばいいのかと戸惑い、あの会場での女性達の話が頭に浮かんだ。そのせいで、無意識にその言葉が出てきた。
私の部屋に忘れていったのか、わざと置いて行ったのかは分からない。けれど、返さなくてはいけない。
「わ、忘れ物を、お、お返し、したくて……」
「それは君のものだ。返す必要はない」
えっ、私の? どういう事か聞きたかったけれど、キスをされてしまった。
「知らなかったようだが、さっき聞いただろう」
「っ!?」
それはきっと、あの会場で女性達が話していた内容の事を言っているのだと思う。相手と同じ瞳の色をした花が描かれた懐中時計を贈る意味。それは……貴方を想っていますという、意味。
なら、団長様が、私を……?
一体どういう事なのか聞きたかったところで、この部屋のドアがノックされた。後にしてくれ、と団長様が応えたけれど、近衛騎士の副団長が呼んでいると言われてしまった。
「チッ」
舌打ちをしていたけれど、またキスをしてきた。がっしりと後頭部を掴まれ、噛みつくようなキスを続けられる。早く行かなきゃいけないのでは、と思ったけれど、中々終わらない。
ようやく離してもらえた時には、頭が真っ白になっていた。
「話は後にしよう」
その言葉に、寂しさを覚えた。
一体私は何を考えているんだ。まだ任務の最中だ。私は役目を終えたとしても、彼はまだ継続中だ。なら早く行ってもらわなければ。けれどそんな彼は……
私の頬を両手で包み、微笑んだ。
「……――好きだよ、テレシア」
その言葉は、私の中に響いた。
団長様から、視線が外せない。さっきまでぎらつかせていたその赤い瞳が、柔らかくなっている事に気が付くと、私の口から何も言葉が出なかった。
団長様は、軽いキスをしてから部屋を出ていった。
途端に訪れる、静寂。
私は、今、何を言われたのだろうか。動かない頭に鞭打ち、そしてようやくその意味を理解すると……まるで一気に加熱するかのように顔が熱くなった。
つまり……そういう、事?




