◇第二十五話 戸惑いだらけの潜入捜査 ⑥
「……化けましたね」
「お客様は細くて背が高くいらっしゃいますからね。姿勢も綺麗でいらっしゃいますからドレスが映えますわ」
「騎士でいるのが勿体ないくらいでございます!」
大きな鏡の前には、信じられないくらいにちゃんとしたご令嬢が立っていた。そう、ちゃんとしたご令嬢。
狩猟大会の際に団長様からいただいたドレスも寮母にちゃんと着せてもらったけれど、こんなにゆっくりと姿見で自分を見る事はなかった。そして今、まじまじと見た私の姿に、私もちゃんとご令嬢になれたのかと衝撃を受けた。
団長様が選んでくださったこのドレス。紫のドレスに、金色の刺繍が施されている。手はボロボロでタコだらけだけど手袋を用意してくださったから隠せている。
こんなドレス、きっと重いだろうな、と最初は思っていたけれどそれほどではなかった。肩は出ているけれどちゃんと肩紐が付いているから、もし走ったりしても大丈夫だと思う。流石、人気ブティックだ。
本当に、とても綺麗なドレスだ。けれど、見るたびに私がこんなに綺麗なものを着ていいのかな、と思う。騎士の道を歩いている私が、着ていいのかと。
任務だから地味なものだと思っていたのに、こんなドレスを着ることになるとは思わなかった。
「……剣、は……駄目か」
なんて事を呟きつつ鏡の前で背中を見たりしていたら、部屋に入ってきた人物が一人。この屋敷の主である団長様だった。私と目が合った瞬間、口を少し開けて目を見開いていた。
何となく恥ずかしくなり目を背けた。以前もドレス姿を見られたはずなのに、今日は特に恥ずかしいというか、何というか。けれど、気が付けば団長様は目の前に立ち両手を取っていた。
顔を上げると、団長様の少し微笑んだ表情が見えた。
「これにしてよかった。よく似合ってる」
よく似合ってる、だなんて……以前着たドレスの時も、彼に言われた。それ以外に言われた事があるのは両親くらい。王城騎士団に入団し制服を着た時に言われたくらい。
顔が火照ってしまった。きっと手袋ごしで握られてる手も熱くなってしまってる。
「……これでは剣を持てません」
何も言葉が浮かばず、咄嗟にそう言ってしまった。
こんな事しか言えない私は、どうしようもないご令嬢だろうか。
「だがナイフくらいは隠せる」
「……」
そう言ってはいるけれど、その表情からしてナイフを持たせる気はないと言っているように見える。
そもそも、こんなの普通の令嬢だったら言わない。
本当に、私は普通の令嬢とは違う。残念な女、と言われても何も言えない。
「普段の騎士団の制服もよく似合ってるが、ドレス姿もいい。今日のテレシアも綺麗だ」
「っ……」
「君のドレス姿を最初に見られて、嬉しいよ」
こんな事言われたら、期待してしまいますよ……リアム。
「……そろそろ、向かいましょう」
「あぁ。だが一つ忘れものだ」
そう言いつつ、懐から何かを取り出した団長様。私を鏡の方に向かせて後ろに立つと……
「これで完璧だ」
私の首元に、キラキラ光るネックレスが付けられた。とても綺麗な、赤い宝石の付いた、ネックレス。
まるで、団長様の瞳のような、綺麗な宝石。
つい、一緒に映る団長様を鏡ごしに見つめてしまった。何か言いたくても言えなくて。でもそんな私の心境を汲み取ったのかまた少し微笑んできた。
「さぁ、行こうか、レディ」
「あっ……」
そう言って手を引かれてしまった。レディ、だなんて言われ慣れていないからいろいろと狂ってしまう。
そして、馬車に乗ったこの瞬間に思い出した。そういえばパートナーは団長様だったなと。近衛騎士団事務所でそう教えてもらったはずなのに、ここに来て忘れていた。団長様を最初に潜入させるための協力者じゃない、私は。
けれど、パーティー用の紳士服がとてもよく似合っていらっしゃるから目のやり場に困る。
これは任務。そう、任務だ。超エリート集団である近衛騎士団が行う任務なんだから、そんな余計な事は考えちゃいけない。
「パーティー会場に入ってから、そちらで処理するとのことでしたが……」
「あぁ、君は私達を潜入させるための協力者だ。潜入後私と別れ、君は他の騎士団員達を潜入させるために窓を開けてほしい。その後休憩室の鍵を閉めて待機してくれ。完了次第合流後屋敷を出る」
事務室で言われていた通りだ。誰か休憩室にいる可能性はあるけれど、その場合団長様が何とかしてくれるらしい。
けれど……
「……私、端くれではありますけど、一応騎士です。潜入後、私にも出来る事はありますでしょうか」
近衛騎士団はエリート集団。こんな私では足手纏いになってしまうのは分かってる。けれど、どうして……もっとこの人の役に立ちたいだなんて思ってしまったのだろう。
下っ端の騎士団員が、何言ってるんだろう。おこがましいにもほどがある。
「……いや、君を危険にさらしたくはない。自分が騎士だという事を悟られないよう振る舞ってくれれば、それで十分だ」
そう、だよね。何出しゃばってるんだろ、私。自分が選ばれたからって調子乗ってるって思われちゃったかな。それは、嫌だな。
「私が戻ってくるまで、いい子で待っていてくれ」
そう言って、私の頭を撫でてくる。
近衛騎士団長。我が王国の軍事力を管理している存在。そんな方が、目の前にいる。そんな方の役に立つだなんて、無理に決まってる、か。私はただの協力者。そう、ただ唯一の女性騎士団員が私だったから、協力者として挙がっただけ。
「それより、今日の君はいつも以上に魅力的だ。きっと周りの男共に目を付けられてしまうだろう。だが、何を言われたとしてもちゃんと断ってくれ」
「えっ」
「君は私のものなんだ、手を出されては困る」
そう言って頬を撫でてきた。
私は、団長様のもの、か。確かに、今日のパートナーは私。何事もなくスムーズに会場を出ないといけない。
「お任せください。何事もなく任務を完了出来るよう私も最善を尽くします」
「テレシア……そうではないんだが、分かってもらうには時間がないようだな」
その声と共に、馬車が停まった。降りなくては、と思っていた時、団長様がいきなりキスをしてきたのだ。
「今すぐにでも分からせたいところだが、任務では仕方ない。……――後で覚えておいてくれ」
そんな囁きに、何を言っているのか分からなくても何故か顔が火照ってしまった。さっき手渡してくれた、目元だけ隠す白い仮面で顔を隠そうとしたけれど、こんなもので隠せるなんて事、出来るわけがない。




