◇第二十三話 戸惑いだらけの潜入捜査 ④
ようやく終わった採寸に安堵し、隣の部屋でソファーに座り待っていた団長様の方にすぐ戻った。さすがにマダムとの話は絶対に聞かせられないなと思いつつ、平常心でいようと心がけた。
「採寸、完了いたしました」
「そうか」
団長様の近くに立つけれど、私はこの後どうしたらいいのだろうか。これで今日のスケジュールが完了しているのなら、もう帰っていいだろうか?
と、思っていたら団長様はソファーから立ち上がり、マダムを下がらせた。そして私の手を引き、目の前にあるいくつも並べられたドレスを着たマネキンの前に立たせる。
「狩猟大会の時は時間がなくて私が選んでしまったが、本当は君と一緒に選んで、君の着飾った姿を私が最初に見たかったんだ」
「……」
確かに、決まってから狩猟大会当日までの時間はだいぶ短かった。狩猟大会だなんてきっと近衛騎士団長様は大忙しだったことだろう。けれど、その中でドレスを用意するだなんて、余計忙しくさせてしまったかもしれない。
けれど何故、私と一緒に選んで最初に見たかったのだろうか。
「さぁ、どれがいい?」
……今回は私が選ばないといけないらしい。でも、肩を抱き寄せないでほしい。触れられた瞬間肩が上がりそうになってしまい全力で抑えたけれど、気付かれただろうか。
「……右から二番目が、動きやすそうかと思います」
「私は君の好みが知りたい。何色が好きだろうか?」
私の好み。
そう言うのは、やめてほしい。そんな事言われたら……勘違いしそうだ。
そもそもこれはプライベートではなく任務だ。潜入捜査で着る事になるドレスを選びに来たのだから。それを忘れてはいけない。
それに、団長様は私に選べというけれど、流石にドレスを着なさ過ぎて選べと言われてもどう選んだ方がいいのか分からない。ドレスより団服の方がしっくりきてしまうのだから仕方ない。ドレスを着た狩猟大会の日だって、ずっと団服が恋しかったのだから本当に残念なご令嬢だ。
「……近衛騎士団長様に選んでいただけると、光栄です」
「近衛騎士団長様、か」
その呟きを聞いた途端、くるっと身体を回されてそちらに向かされ、顔を至近距離で近づかせてきた。軽く抱きしめられてしまっているから、逃げられない。どうしよう、心臓の音が煩い。
「朝、ベッドの上で何と言った?」
「っ……」
確かに、リアムと呼べという圧力をかけてはそう呼ばざるを得なかった。けれど、それは私の部屋だったからだ。人払いをしているとはいえ今こんな所でそれを言うのはだいぶ勇気のいる事。だいぶ恥ずかしすぎる。
けれど、今それを言わないと許してもらえなさそうでもある。
そう、これは任務だ、任務。潜入捜査中は仮面をつけているから名前を呼ぶ事はルール上禁止されている。けれど、もしつい癖で団長様と呼んでしまってはアウトだ。だから、呼び慣れていた方がいい。そう自分に言い聞かせないとどうにかなってしまいそうだ。
「……リア、ム」
「そう、いい子だ。さ、私に選んでほしいんだったな」
そう言われると、私が違う意味で選んでほしいと言ってしまったように聞こえてしまう。そうじゃない、と訂正したいところではあるけれど、一体何と言えばいいのかが分からない。
これは、ただ私はドレスがよく分からないから助けてもらおうとお願いしただけ。だいぶ格上の近衛騎士団の団長様にお願いだなんて恐れ多いわけではあるけれども。そう、ただそれだけ。
けれど……この心臓のバクバクが治まらない。団長様に聞かれでもしたら、なんと思われてしまうだろう。それがただ怖く感じてしまう。
ドレスの方に向き直ったのに、いきなり手が腰に移動した。そのせいで分かりやすいくらいに肩が上がってしまう。これはもう絶対にバレてしまった事だろう。今日の私は最悪だな、はは……
先ほどまで遠い存在と思っていたのに、今はとても、とても近い存在に思ってしまった。
「なら……これにしようか」
団長様が選んだドレスは、意外なものだった。
次の日、私は近衛騎士団の事務室に呼ばれた。初めて来た事務室に尻込みしつつ、中に入れば近衛騎士団の制服である白い騎士団服を着た方々が私に視線を向けていた。
私よりもだいぶ年上の、私の父と同じくらいの歳のような男性達だ。
失礼します、と名前を言えばおいでおいでと手招きをされる。まるで娘扱いだな、と思いつつ集まっているテーブルに近づいた。
「任務に参加してくれることは聞いてる。よろしくな」
「こちらこそ、未熟者ではございますが精一杯務めさせていただきますのでよろしくお願いいたします」
格上の近衛騎士団達のお役に立てるか分からないけれど、でも自分に与えられた仕事は精一杯務めるつもりだ。
けれど、気が付いた。近衛騎士団長がいない。今回の潜入捜査の作戦会議がこれから始まるのにいないというのは……本当にお忙しい人だ。
……けれど、そんな人が何故私の部屋に何回も来ているのか聞きたいところではある。
「……いいな、職場に女性がいるの。部屋が華やかになる」
「第三騎士団が羨ましいぜ……うちはオジサンばっかりだからな。暑苦しくて仕方ねぇ」
だいぶ緊張してこちらに来たはずが、今の会話で何となく和らいだような気がした。ちゃんと女性と認識していただけている事と、女性騎士を拒絶するような目や態度を向けてくることがない事にだいぶ驚愕している。
最悪剣でも抜かれたらどうしようとまで思っていたけれど……大丈夫そうな気がする。
「マーフィス男爵の娘さんだっけ」
「はい」
「へぇ~、なら納得だな。ナイフで動物仕留めたの、あれ結構驚いたからな」
それは……今更ながらに恥ずかしい。
まぁ雑談はここまでにして、という一人の一言で一瞬にしてその場の空気が変わった。これから任務の話が始まる、とすぐに分かるほどの緊張感を覚えた。
「君はまず団長と共に参加者として屋敷に潜入後、休憩室で別行動に移ってもらう。団長と別れた休憩室の窓を開けてほしい。そこから俺達2人が潜入し参加者に紛れる」
その後私は休憩室の鍵を閉め団長が来るまで待機。迎えが来たらすぐに屋敷から出るとのことだ。潜入したお二人は別ルートで離脱するらしい。
なるほど、私は団長様と近衛騎士団員お二人を潜入させるという役目があるという事か。もしかして、重要だったりする?
となると、いつも以上に身を引き締めて勤めないといけないな。
「了解しました」
「緊張するだろうけれど、他は全て俺達で処理するから安心してくれ」
と、頭を優しく叩かれた。近衛騎士団というと怖いイメージではあったけれど、意外ととてもお優しい人達ばかりだ。
でも、思った。私より二回りも年上の方々を率いているのが、私が何度も会った事のある団長様。彼は確か、30代前半くらいの歳だっただろうか。彼らより若いのに、長年近衛騎士団長を務めている。
「……これ、もしかしてセクハラだったか?」
「あっ、いえいえ、大丈夫です!」
「オヤジが鼻の下伸ばしてんじゃねぇよ。団長に見つかったら怒られるぞ~」
「それは勘弁してくれ」
そんな方に、この前だいぶ褒められてしまった。そう思うと……今回の任務を頑張れる気がする。でも、浮かれてしまっては足手まといになる可能性がある。だからちゃんと身を引き締めて勤めよう。
その後の詳細を教えていただき、事の重大さに尻込みしつつも、気合いを入れた。それと同時に、近衛騎士団の務める任務がこんなに重大なんだと考えさせられた。
基本、近衛騎士団は国王陛下の身の回りの護衛を担っている。とはいえ、今回捕まえる事になっている外国人商人はこの国では禁止とされているものをこの国に輸入した人物。裏に誰かがいるせいで中々捕まえる事も出来なかったのだから、早急に捕まえなくてはいけない。
だから、陛下直々に命じられ彼らが動き出した。
彼らはエリート騎士団だ。そんな方々の仕事ぶりを見られるチャンスなのだから勉強させていただこう。




