◇第二十一話 戸惑いだらけの潜入捜査 ②
最近、こんな事ばかりだ。
私が酔っぱらって近衛騎士団長様を自分の部屋に引き連れ襲い、何でもするから黙っていてほしいとお願いした。それからずっと遊ばれているのだと思っていたのに……
そう思わせないとでも言いたげに、優しく私の名を何度も呼ぶ。ただの女性騎士だというのに、可愛らしいと、まるで令嬢のように接してくる。
長年騎士の道を歩んできた私にとってはよく理解出来なかったけれど、気が付けば心が揺れ動いて、自分ではもう制御しきれないところまで来てしまっている。
これでは、恋する乙女そのものだ。
「テレシア、そんなに可愛い寝顔を見せたら襲ってくれと言っているのと一緒だぞ?」
そんな囁きで、一瞬にして意識が浮上した。
ベッドから無意識に勢いよく起き上がると、目の前に近衛騎士団長様がいらっしゃった。
「ぅわっ!?」
「おっと」
驚愕し身を離すように後ろに手をつくと、一気に上半身が後ろに傾いた。後ろにつこうとした手がベッドに触れていなかった事に気が付いたけれど……ベッドからは落ちる事はなかった。
誰かに、抱えられてしまった。……いや、近衛騎士団長に。
……近衛騎士団長様が私の部屋にいらっしゃることは、寝ぼけた私でもよく分かった。やっぱり、団長様はウチのスペアキーをお持ちなのだろうか。
「朝から元気で可愛らしいな、テレシア。おはよう」
「……おはようございます、団長様」
「団長様?」
「……リアム」
一瞬にして、眠気が吹っ飛んだ。流石です、泣く子も黙る悪魔の近衛騎士団長様。
この顔の整ったお顔でのその微笑は、寝起きの私には眩しすぎるけれど言わないでおこう。何となく、後悔しそうだから。
「朝からテレシアの可愛い寝顔を見られるのは嬉しいものだな」
……いつぞやのここで起きた事件の記憶が蘇る前に、私はまず顔を洗ってこよう。何故団長様がここにいらっしゃるのか聞くのはその後だ。
「……あの、洗面所に行かせていただいてもよろしいでしょうか」
「あぁ、行っておいで」
けれど何故、彼は近衛騎士団の制服ではなく私服なのだろう紳士服なのか。
いやな予感がするのは、私の勘違いだろうか。
あんなに窮屈なドレスを着たくなくて選んだ、騎士の道。
それなのにどうして、任務で着なくてはいけないんだ。
貴重な休みのはずだったのに、あの後急かされて、極秘にブティックに連れてこられた。しかもそこは、前回私が血しぶきで汚してしまったドレスを製作したブティック。近衛騎士団長様は噂通りの悪魔だった。
案内されたのはとある広い部屋。ソファーとローテーブルがあり、そしてその奥にいくつものマネキンが綺麗なドレスで着飾られて並べられていた。
任務用のドレスはそちらで用意すると言っていたけれど、まさか今日連れてこられて用意するとは聞かされていない。一言言ってほしかった。というより、何故私の休みを知っているんだこの人は。
私のスケジュールに私の部屋の鍵にと、さすがと言いたいところではある。文句は言えないのが悔しいが。でも近衛騎士団長様には一生かけても勝てない気がする。
けれど、私は顔をこわばらせた。この部屋に入ってきた、彼女を見た瞬間に。
「御機嫌よう、ロドリエス侯爵」
「あぁ、ご協力感謝する。マダムサリー」
あの狩猟大会の交流会でお会いした、あのマダムだった。とても素敵なブロンズヘアーで、綺麗なドレスを身にまとう彼女は、私に柔らかく微笑んでくる。
「ごきげんよう、テレシア嬢」
「ご機嫌麗しゅう、マダムサリー」
あの狩猟大会で彼女と初めてお話をさせていただいた時の様子は覚えている。王城騎士団員である私の事はあまり良く思っていない様子だった。むしろ、あのご令嬢達と同じ意見のようにも見える。
今回の任務の協力者の一人らしいマダム。一体どんな協力者なのだろうか。
「では、侯爵はこちらでお待ちください。テレシア嬢はこちらで採寸をいたしましょうか」
「えっ……」
さ、採寸……?
確かにドレスを購入しに来たのだけれど、何故マダムが?
「あら、ご存じないの? このブティックの経営者は私なの」
その言葉で、私は顔をひきつらせた。そういえば、マダムはブティックを経営していると狩猟大会で聞いた。けれどまさか、このブティックだったとは。
となると、あの狩猟大会でのマダムの会話は一瞬にして意味が変わってしまう。
彼女は言った。私が着ていたドレスがとても素敵で、私にとてもよく似合っていると。
私を小馬鹿にする発言だとあの場にいた令嬢達全員がそう思っていたはず。けれど、マダムはそうではなかった。自分のブティックのドレスを侮辱する事なんて、しないはずだから。
妻は屋敷を管理し夫は仕事に集中する。それが貴族の基本であるにもかかわらず、マダムは自らブティックを経営している。そんな方はきっと自分の仕事に誇りを思っているはずだから。
夫人自ら仕事をしているのだから周りからの反感を受けているはず。けれど、ここまで人気のブティックにまで上り詰めているのだから、そうでなくては務まらないと私は思う。
それについては、好感を持てる。
けれど、それと同時に危機感を覚えた。このドレスを製作したのはマダムの経営するブティック。狩猟大会でプレゼントしてくださったあの青いドレスを注文したのが近衛騎士団長様ご本人なのか、それとも違う方を通したのか。それが分からない。
今回は協力という事で近衛騎士団長が赴いたわけだけれど、あのドレスはプライベートのもの。だから、それとこれとは全く違う。
マダムは、その注文した相手と私がドレスのプレゼントをするほどに仲が良いと思っている事だろう。もし、注文した相手がここにいらっしゃる近衛騎士団長だったとしたら……ただの騎士団員と何故そんな関係を持っているのか、探るはずだ。
一体誰の名で注文したのか。それを聞いておくべきだった。何なら、今すぐそこにいらっしゃる団長様に聞きたいくらいだ。けれど、このタイミングでコソコソしたら何か勘付かれる。
そんな事を思いつつ、まずは採寸をとマダムに隣の部屋に案内された。
「あ、あの、マダム、その……謝罪をさせてくださいませんか」
「あぁ、ドレスの事かしら。その謝罪なら必要ないわ。それよりも、身を挺して私達を守ってくれた勇敢なご令嬢を讃えるべきだわ。ありがとう、テレシア卿」
にこやかにそう伝えてくるマダムに、私はどう返した方がいいのか分からなかった。こうしてお礼を言われる事は、これまでにあまりなかったから。騎士として当然のことをしたのだから。
でも、そんな言葉をいただけて嬉しいと思っているのも確かではある。
けれど、彼女は一体私の事をどう思っているのだろうかという危機感がある。
「今度は汚さないよう、気を付けます」
「ふふ、私としては近衛騎士団にご協力させていただいているというだけだから、それを踏まえて作っているという事よ。何かあった時ドレスを庇うなんてことをしてあなたに何かあったら大変だもの。だから、気にせず任務に励んでちょうだい」
「……感謝いたします」
なるほど、そういう意味での協力という事か。確かに、今回捕まえる予定の標的が私のドレスの購入先を知ってしまえばよからぬことに繋がる可能性だってある。なら協力してもらった方がいい。
潜入捜査は初めてだから、勉強になるな。




