◇第十七話 それはまるで夢のような ②
誰か来てる、早く隠れなくちゃ。
潤んだ目で騎士団長様に訴えると、大人しくなってくれるけれど口は離してくれない。ど、どうしよう……
心臓の音が、どんどん大きくなって心拍数が上がっていく。見つかったらどうしよう。近衛騎士団長様と、ただの騎士団員がこんなところで、だなんて……恐ろしくてその先を考えたくない。
話し声も大きくなり、そして、ガチャ、とこのドアの音が聞こえてきた。
……――終わった。
そう思っていた時だった。
「あら?」
「どうしたの?」
「鍵がかかってるのかしら? 開かないわ。休憩室は、ここで合ってますよね?」
か、鍵……? 鍵、かかってたの……?
鍵がかかっている事に安堵してしまったけれど……目の前の騎士団長様の視線が、痛い。そむけると、口内に侵入している舌が、私の弱い部分をツンツンと触れてくる。つい声を出しかけて、すんでのところで止めることが出来た。危ない……
だって、私の後ろにあるドアを隔てた先には、女性が何人かいるんだもん……お、恐ろしい……
「なら、あちらの休憩室に行きましょうか」
「えぇ、そうしましょう」
そして、ようやく去っていった事を足音で確認出来て安堵したが……忘れるなと言わんばかりに舌が暴れ始める。
また来たらどうするんですか!! と訴えたかったところなのに、頭が真っ白になってしまった。ようやく離してもらえたと思うと、力が抜けその場にしゃがみこんでしまう。足に力が、入らない……
目の前には、しゃがみこみ抱きしめてくる騎士団長様。
「本当は、早く君に会って、今日の頑張りを褒めてあげようと思っていた。だが……腹の虫が収まらなくてな」
「っ……?」
は、腹の虫……? 一体どうして……と、思ったけれど、さっきの様子ではあの元婚約者が原因だろうか?
もしかして、あいつのせいで、こんな事になってる、と? もしそうなら……顔面を殴るぐらいはした方が良かったなと後悔する。
「嫉妬で頭がおかしくなりそうだ」
「っ……」
この近衛騎士団長様からの口から、嫉妬というワードが出てきた。あの悪魔の近衛騎士団長がそんなワードを出てくるなんてあり得ないと普通は思ってしまうけれど、目の前のこの方は……いつも私のところに来てくださって、私に微笑みかけてくれる方だ。
本当にこの方は、近衛騎士団長様なのだろうかと思ってしまう。
「テレシアに寄り付く元婚約者達も……」
「……」
「テレシアを拒絶する者達も……」
「……」
「自分の利益のために近づく者達も……」
「……」
「全て、排除したいと思ってしまう」
排除。一体その言葉の意味を聞きたいところではあるけれど、この方は近衛騎士団長。もし、私が先ほどお返しした剣が、この方によって鞘から抜かれてしまったとしたら……
そう思うと、生きた心地がしない。
「あ……あの……近衛騎士団長様……?」
「……テレシアは優しいな。仕方ない、君の望まない事はしないと心がけよう」
そう言うと、少し身体を離しキスをしてきた。微笑みながら、甘いキスをしてくる。
私は今、元婚約者達の命を救ったのだろうか。けれど、間違いないのは、私が先ほど第二騎士団副団長と会話しているところ、そしてあの騒ぎを見ていたという事。
命拾いしたようだ。あの人達も。
きっと、この方が剣を抜いたとしたら……この国の貴族達の人口が減ってしまうだろう。
「君はやはり素晴らしい。ドレスを着ていても、団服を着ていても」
「っ……」
「まさかケーキ用ナイフで仕留めてしまうとは思わなかった。だが、無茶に変わりはない。剣が間に合ってよかったよ」
私は今、褒められているのだろうか。それとも、怒られてる?
もし褒められているのだとしたら、その相手が近衛騎士団長様、雲の上の人達を率いる、エリート中のエリートの方だと思うと、嬉しさがこみあげてくる。
さっきのもやもやした気持ちと、お父様が首都に来てしまうのではという危機感が、もう私の中から消えてしまうくらいの嬉しさだ。
「ん?」
そんな彼に、顔を覗かれてしまった。まるで、心内まで覗かれてしまっているような気分だ。けれど、褒められ慣れていないから、どんな顔をしていいのか分からない。
「ぁ……ド、レス、汚してしまって、すみませんでした……」
「あぁ、あれはただの付属品だ。主役の君が何事もなかったのだからそれでいい。それに、そのドレスも、靴も、装飾品も私が君に贈ったもの。君の好きにしてくれていい」
「あ、いえ、その……」
あの装飾品達に使われているものは、きっとジュエリーだ。あんな高級品を女子寮に置いておいてもいいのか全く分からない。それにどう保管した方がいいのかすらも。
どうしたら、いいんだろう。
「やはり仕事中とはいえ名残惜しいな」
「あっ」
そして、軽いキスを一つした後に抱き上げられ、部屋にあるソファーに降ろされた。私の頬に触れる手は、とても優しくて温かい。
「だが、この先は終わった後の楽しみにしておこう。君は休んでから仕事に戻ってくれ。私は先に戻る」
「……はい」
キスを一つ残し、行ってしまった。
途端、静寂が訪れる。そうだ、今は仕事中だ。こんな事をしている暇はない。けれど、近衛騎士団長が国王陛下のそばを離れていいのかと聞きたくなる。
……何残念がってるんだろう。自分は。
とりあえず、私も落ち着いたらすぐに見回りに戻らなきゃ。
残念、という気持ちはあるけれど……さっき褒めてくれたことが、嬉しくて舞い上がりそうにもなっている。私は子供かと言いたくなるくらい。
でも相手が近衛騎士団長様なのだから仕方ない。私達とは比べ物にならないくらいの、雲の上の方なのだから。しかも、そんな方から剣まで貸していただけた。こんなもの、下っ端の騎士団員には贅沢すぎる。
そう、贅沢すぎるんだ。贅沢すぎるにも、程がある。
そう思うと、この部屋から出たくないと思ってしまう。この部屋を出れば現実に戻ってしまうから。もう少し、この幸福感に浸っていたいと思ってしまった。




