◇第十六話 それはまるで夢のような ①
お父様が、首都に来てしまう。そうなってくると、私は隠し通すしか出来ない。近衛騎士団長とこんな関係になっていただなんて気付かれてしまったら……きっとぶん殴られるに決まってるから。
「おいテレシアぁ!!」
あの馬鹿は、どうしようもないな。さっきまで伯爵に土下座をさせられていたくせに、会場から出て私を追いかけてきたのか。
振り返ると、わなわなと怒りを放っていた。けれど、私としては怖くも何ともない。むしろ呆れてしまった。
「お前どうせ結婚相手を探すために今日ドレス着てたんだろっ!! それなのに自分のせいでまたそのざまだ!! このままじゃ一生独身でマーフィス家も潰れて寂しい人生を歩む事になるなっ!! 無駄な事ばかりやってるからだっ!!」
……無駄、ですって?
私がこの22年間生きてきた中で、無駄な事はあっただろうか。
もしあなたの言うその無駄が、騎士を務めたこの数年間の事を言うのであれば……腹立たしいにもほどがある。
「どうせ後悔するだろうよ!! 俺がせっかく婚約破棄を白紙に戻してやるって言ってやった癖に断った事を!!」
「貴方の方こそ、頼んでもいないドレスを用意して私を追いかけてくるなんて無駄な事しないで、結婚相手でも見つけたらいいじゃない。まっ、そんな自分勝手なやつに目を向けるご令嬢がいればの話だけど。ほら、早くしないと独身になるわよ?」
「てめぇ!!」
言う事を聞かなければ手を出すとは正にその事。顔を赤くした彼は、立ち上がりながら私の顔目がけてこぶしを振るうが……そんなものを止められないほどアホな騎士ではない。
私は彼が振るうこぶしを避け、腕を掴みまた背負い投げをかました。女性であっても自分より背の高い男性を転がすくらいなんて事ない。それに、これは正当防衛だ。最初の背負い投げは……公務執行妨害、とでも言っておこう。
「てめぇと言われる筋合いはないって言ったでしょ。もう婚約破棄は成立して赤の他人になったのだから、もう近付かないで」
「っ……」
顔面を目いっぱいぶん殴りたいところではあるけれど、それをやってしまえば顔の骨にひびが入ってしまうかもしれない。だからそれはやめておこう。まぁ、はらわた煮えくりかえってはいるけれど。
その時だった。
「テレシア」
ずっと探していた人の声が、この廊下に響き渡った。後ろから、聞こえくる。
振り返ると……近衛騎士団長の姿が視界に入った。
けれど、待って。今この人……テレシアって言った? マーフィス卿ではなく? テレシアって?
一瞬にして、身体の体温が下がった。人前で独身ご令嬢の名前を、同じく独身ご当主が、親し気に呼ぶ。こんな事、あってはならない事だ。しかも相手は、近衛騎士団長……さすがにそれはマズい。
「近衛騎士団長様、お探ししていましたっ! お借りしていたものをお返しいたします……!」
内心焦りつつも、こちらに歩いてくる騎士団長様に剣を見せた。
テレシアはやめてください、お願いですから。そんな必死な私を見て、一瞬だけれど笑ったような気がした。けれどすぐにいつもの表情に戻すと剣を受け取ってくれる。よかった、ようやく返せた……と安堵していた時だった。
「あぁ、貸したままだったな。予備があったから急がずともよかったのだが……」
「いえっ、さすがに剣は私が持っているわけにはいきませんので……」
「だがこれでは仕事終わりに会う建前がなくなってしまったではないか」
「……」
……なんて事言ってるのこの人はっ!! 仕事終わりに会う建前!? 近衛騎士団長と下っ端騎士団員が仕事終わりに会って何するって言うのよっ!?
待て待て、まずはこの馬鹿か騎士団長様どちらかを退場させないといけない。どうしたら……
「で、その男は誰だ」
「あっ……」
一瞬にして、この場の空気が変わった。まるで極寒の地に放り投げられたかのような、そんな感覚。そして、鋭く、重々しい槍が、その場を裂いた。
生きた心地の全くしない空気。私もだけれど、槍を向けられた元婚約者は青ざめ震えあがっている。
この男、終わったか?
「……元婚約者です。今はもう赤の他人ですが」
「なるほど。だが、彼はそのつもりはないようだが?」
「無視していただいて結構です」
騎士団長様の鋭すぎる視線にこれはマズいと即答したが……お前はそのままそこで大人しくしてろ。いいか、気配を出来るだけ消してそのまま黙ってそこにいろ、いいな。
「あの、もう話は終わったので私は警備に戻ります。団長様も早くお戻りになられた方が……あっ」
ガシッと私の腕を掴んだ騎士団長様は、笑顔を見せそのままどこかに歩き出してしまい引きずるかのようにして退場させられてしまった。
……怒って、らっしゃる?
どうしようどうしよう、まさかの魔王の到来……!? そんな焦りがにじみ出てしまい頭の中で混乱していた時だった。とある部屋のドアを開けた音がした。俯いていたから分からなかったけれど、それを開けたのは騎士団長様。そして引っ張られてその中に。
一体どういう……と思っていた時、腕を握っていた手が解けた。安堵したのも束の間、今度は両手首を掴まれドアに押し付けられてしまった。目の前には、騎士団長様。
「〝アレ〟が、君の元婚約者だって?」
「……ハイ」
凄んだ目で、じっと見てくる。恐ろしすぎて震えあがりそうだ。しかも、アレ、にだいぶ力が入っていたような気がする。
あんなに会場で騒がしくしたんだから、きっと団長様も目にしたと思う。土下座させられていたし、伯爵の声も大きかったから聞こえていたかもしれない。なら、団長様はあれを見てどう思っただろうか。
「元婚約者、という繋がりがある事すらおこがましい。アレの頭はただの飾りか?」
「えっ」
騎士団長様のその言葉に、意味が分からなかった。けれど、どういう事だろうという考える時間すら与えないかのように、唇を塞がれた。いつものような……いや、女子寮の、私の部屋でしたような、襲い掛かるようなキスだ。……私を食べようとしている。
つい口の隙間から声が零れてしまうけれど……身体が強張った。
ヒールの、足音が聞こえてくる。数人の談話の声も、一緒に聞こえてくる。
それは、少しずつ大きくなってきている。こっちに、来てる……!?




