◇第十五話 ナイトパーティーに潜む危機 ②
大きな罵声で私を呼ぶ男性が一人。
呆れつつもその声の主を見た。大股でこちらに来ては私を睨みつけてくる……元婚約者。けれどそんな睨む視線はお隣の第二騎士団副団長に比べれば可愛いものだな。
第二騎士団副団長は、面倒だと去っていったけれど。さすがにこれは恥ずかしすぎるから私も一緒に去りたいところだ。
「こんなところにいたのか、手間とらせんなっ!」
……手間とは?
「あんなに汚したんだ、貧乏なお前にドレスの替えなんて用意する余裕なんてないに決まってるよな」
何やら勝ち誇ったかのように私に近づく彼は私の腕を掴もうとしたが、私は避けた。この行動が気に食わなかったらしい。そんな顔を向けてきた。
「何かご用でしょうか。申し訳ございませんが今は仕事中ですので、もし私個人についてのご用であれば勤務外にお願いいたします」
「そうだろうなと思ってお前のドレス用意してやったんだ。だから早く来い」
……は?
いきなり変な事を言われ、つい口をぽかんとさせてしまった。今、彼は何と言った?
私が頼んでもいないドレスを勝手に用意して、さっさと行って着ろと?
「私にドレスは必要ありません」
「そんな団服着たところでどうせ出来る事なんてただここに立ってる程度だろ。今回の交流会の騒ぎだって近衛騎士団長がいたからこそ怪我人も出すことなく終わった。〝お前は女〟なんだから、その自覚を持てよ」
「……」
何とも上から目線な態度だ。自覚を持て? 何様のつもりでいるのかしらこのお坊ちゃんは。私より3つ上の年上のはずなんだけれど。
「この前の婚約破棄は、相談なく勝手にしてしまっただろ。あとから考えて、お前に可哀そうな事をしたなと思っていたんだ。お前は底辺の男爵家令嬢、騎士団にいて社交界に顔すら出さず縁すらない。お前の知り合いで自分と近い歳の子息は俺くらいだろ。だから、この婚約破棄は白紙に戻してやる」
可哀そうな事をした? 白紙に戻してやる?
この男は本当に、一体何様のつもりでいるのだろうか。
そもそも、私には男性の知り合いは何人かいるのだが。思った事は全くもってないが、騎士団には貴族の子息達が何人もいる。
例えば、ウチの副団長も伯爵家の嫡男だし、12歳も年上だがこれくらいは貴族の中では稀なケースではない。……面倒くさがりで何でも押し付ける副団長を結婚相手にだなんて死んでもごめんだが。
このお坊ちゃんはそれを分からずに言っているようだが、そんな奴が伯爵家嫡男だなんて、伯爵家の未来が心配になってくる。
「もうそんな年なんだから、結婚も考えるべきだろ。マーフィス男爵家の事を思えば、さっさと結婚した方がいいだろ? さっきの安物のドレスよりいいやつを用意してやったんだから、早く来……っ!?」
そんな時だった。
私も、この元婚約者も、思いもしなかった人物がいきなり登場したのだ。
「こんの馬鹿息子がっ!!」
「ぶっ……」
私の目の前にいたはずの元婚約者が、吹っ飛んでいった。本当に、吹っ飛んでいった。そして、殴り飛ばしたお方に引きずられて私の目の前に戻ってきた。
そんな光景を、私はただ唖然としているだけしか出来なかった。私達の事を見ていた周りの人達も、ヒソヒソ話をぴたりと止めている。
「すまなかったっ!! テレシアっ!!」
胸ぐらをつかまれ引きずられてきた元婚約者を転がし、そして後頭部を掴んで頭を床に付け半強制的に土下座をさせた……元婚約者のお父上。しかも、そのお父上まで、元婚約者に並び土下座をし始めた。
隣の元婚約者、鼻は生きているだろうか。だいぶめり込んでいるような……
「この馬鹿が大変迷惑な事をしてしまい申し訳なかったっ……!! 私が目を離したすきにこのような事態をこの愚息がしていたとは、保護者として謝らせてほしいっ……!!」
迷惑な事、というのはどの事を言っているのだろうか。婚約破棄を白紙に戻してやるというところなのか、そもそも婚約破棄をしてしまった事に対して言っているのだろうか……
いや、そんな事よりも何故、元婚約者の父である伯爵がここまで、貴族達の集まるこの会場でこんな事をしているのだろうか。上位貴族である伯爵であるならば、もう少し時と場所を選ばなければいけなかった。
となると、恐らく一刻も早く私に詫びを入れないといけないとでも思ったのだろう。何故? 思い当たる節は……
「……伯爵。父は何と?」
「……」
顔は下げているから表情は分からない。けれど、何となくどんな顔をしているのかは分かる。いや、震えてる。あぁ、やっちまったか……と、悟ってしまった。
「ウチの、可愛い可愛い愛娘を侮辱した罪は、お前達が思っている何億倍も重いぞ……」
「……で?」
「今すぐにでも会いたいところだが、十分に剣の手入れをしてからそちらに赴いてやる。首を洗って待ってろ。鈍っているかもしれないから余計なものまで切ってしまうかもしれないが、文句を言うつもりはないよな? と……」
「あぁ……」
だいぶ、お怒りと見えた。その可愛い愛娘というところをやめてほしいところだが……そうも言っていられない。こちらに来るですって? なんて恐ろしい事をしでかしたんだこの親子は。
「お互い、生き残れることを願っておきます」
「テレシアっ!! 見捨てないでくれっ!!」
「いや、お父様と騎士団時代からの付き合いだったんですよね。何とかしてくださいよ」
「……」
顔を上げた伯爵は……絶望したような、顔面蒼白な様子だった。
お父様とまぁまぁ仲が良かったらしいこの方は、騎士団時代にもお父様にはだいぶお世話になり、困った時にも助けてもらったそうだ。確か、借金の肩代わりまでしてもらって頭が上がらないとまで言っていたような。
その恩返しと言って、男爵家で縁談も貰えなかった娘の縁談話をした。そしてあの婚約が成立した。
だから、この元婚約者に婚約破棄を言い出された時、本当にそんな事をしてしまっていいのかと思いそっちにお父様へのご報告を任せた。伯爵もご存じだと思っていたから。
けれどまさか、こんな事になっていたとは……
とはいえ、恐ろしいお父様を首都に召喚するだなんて恐ろしい事態を起こすきっかけを作ったのはそちらだ。私としては本当に迷惑極まりない。今の私の現状がバレてしまったらと思うと……恐ろしくて仕方ないな。何てことしてくれてるんだ一体この親子は。
「……伯爵。見捨てるなと仰ってますけど、それは婚約破棄を白紙に戻せという事でしょうか」
「っ……」
もしそういう事であるならば……私は助ける気は全くない。大衆の面前であれば許してくれると思ったか。あいにくと私にこの手は通用しない。
私も彼との結婚は乗り気ではなかった。そもそも、お父様に言われて仕方なく忙しいスケジュールの隙間に時間を作りようやく婚約者である彼に会いに行っても、嫌味やら愚痴やらを聞かされる時間に早変わりする。
それに、どうせ結婚したところで剣の道を捨てさせられるに決まっている。それだけは、本当に嫌だった。だからどうするかと考えていたけれど、婚約破棄を言い出してきて嬉しく思っていた。もし剣を捨てて結婚しなくてはいけないのであれば、独身でいても構わないと思っていたから。
「婚約破棄を言い出したのはそちらですよね。それを白紙に戻せだなんて、勝手すぎじゃないですか?」
「そ、れは……」
それは伯爵も十分に分かっているはずだ。虫のいい話ではあるけれど、自分達の命が助かるためには婚約破棄を白紙に戻した方がいいと判断したのだろう。
言い淀んでいる状態を見て、これは正解だろうな。
「っ……おいてめぇ!!」
頭を床に押し付けられていた馬鹿嫡男がそう言ってくるが、口を開けばこんな罵声しか出てこないとは困りものだな。彼は私を怒らせる天才か?
「てめぇと言われる筋合いはない。伯爵、勝手にドレスを用意するようなこの馬鹿の再教育をお勧めします。あと、陛下がお父様にお会いしたかったようなので、謁見中にでも首都から離れる事をお勧めします。まぁ、お父様が逃がしてくれればの話ではありますが」
絶望している伯爵を助けられるほど私に余裕なんてものは一切ない。自分の身は自分で守れ。これは父からの教えだ。きっと伯爵もお父様から聞いた事はあると思う。
それにこの方だって元々騎士だった。家督を継ぐことになり引退したようだけれど。だから、例え剣が出てきたとしても一度防ぐくらいは出来るだろう。その後どうなるかは知らないけれど。
それよりも……このざわざわと視線が痛いこの状況を何とかしてほしい。上位貴族の伯爵家ご当主と嫡男が、ただの男爵家令嬢であり女性騎士である私に土下座だなんて、もう明日から社交界に出回る事だろう。
「では、私は仕事があるのでこれで失礼いたします」
「テレシアっ!!」
「伯爵、ご武運を」
「テレシア~~~!!」
手を伸ばして呼ばれているのは分かっているけれど、恥ずかしいにもほどがある。こんなところで叫ばないでほしい。それよりも自分が生き残るために何をすべきか考える方がいいような気がする。
面倒なやつらを視界から消したい思いで、私は会場を出た。見回りも業務に入っているのだからこの会場内にも警備の団員達も複数いるから問題ない。




