◇第十四話 ナイトパーティーに潜む危機 ①
狩猟大会後に予定されていたナイトパーティーは変更なく開催された。とはいえ、私はドレスを汚してしまったため仕方なくパーティー会場の警備の方に回った。そう、仕方なくだ。
今回の事件の事後処理で人員不足となっていたため、仕方なく加わらせてもらえた。
けれど……困った。私があの時キャッチしお借りしたあの剣を持ち主に返せていない。後で聞いたら、これは近衛騎士団騎士団長のものだったらしい。確かにあの時私を呼んだ声は彼のものだったかもしれない。
けれど、知った時にはもう彼の姿はなく、返せていない。これがなかったら仕事が出来ないのでは、とも思ったけれどきっと予備もあるだろう。でも、これはどうしたものか。
仕事中に返せるかと思って自分の分とお借りした剣の二つを今腰に提げているけれど……どうしよう。
見たところこの剣はすごく繊細な模様が彫られてるし、切れ味も良かった。だいぶ手入れがされているし、剣自体がきっと高級なものなのだろう。……鞘から抜いた時、鞘をぽいっと投げちゃった件に関しては、謝りたいけれど。でも、スカートを掴んで走るためにはあれは邪魔だった。仕方ない。
「子息達の取り調べは第一騎士団が、そしてウチは森の中の調査を言い渡された。お前も加わっていいぞ」
「……狩猟大会では私用で〝警備〟から抜いていただいただけですので、騎士団員としての仕事はきっちり致します」
「お前なぁ……そんなに外されたのが気に食わなかったか」
副団長のその呆れ顔に何となく腹が立つが、今はナイトパーティー中で会場内の端にいる。気は抜けない。
「はぁ、本当ならお前はこのパーティーにも参加してたんだろ? いいのか?」
「問題ありません。今は調査に団員を回しているので人手は一人でもあったほうがいいでしょうからね。きちんと特別手当をいただきます」
王城に設けられたパーティー会場は、いつもながらにとても煌びやかで素敵な音楽も流れてくる。きっとお父様はこのナイトパーティーに参加して殿方と顔見知りになってほしかったことだろうけれど、こうなってしまっては仕方ない。
さて、困ったな。お父様にはどう手紙を送ろう。……やっぱり、陛下の冗談を入れた方がいいかな。
「抜け目なしかよ。ったく、せっかくドレス着たのに血まみれにしたとか、お前流石だよな」
「……一応騎士団員ですから」
それに関しては、私はこれ以上はノーコメントだ。せっかくの綺麗なドレスだからだいぶ緊張して、しわにならないように、汚さないようにと気を付けていたのに台無しにしてしまったから、だいぶ心が痛んだ。
本当に申し訳なかったとは思ってる。
「お前がそれでいいならなんも言わんけど、お前の両親それ聞いたら泣くぞ?」
「……さぁ?」
「親孝行してやれ」
副団長には言われたくない。ついこの前魔王城に向かわされた事はまだ覚えてるからな。
あれは本当に恐ろしかったんだから。
「……で、それは?」
「……近衛騎士団長からお借りしたものです」
当然、副団長も私の腰にある剣に目がいく。見た目が洗礼された繊細な模様の剣だし、いつも近衛騎士団長が腰に下げているのだから副団長だって見ているはずだ。
……すぐに返すべきだと思って持ってきたけれど、これはさすがにアウトだっただろうか。私のを外側にして隠しているつもりだったんだけど。
「やべぇな、お前。借りるとか度胸あるな」
「飛んできたんです。その動物から一番近かったのが私だったので」
「まぁ、さすがにドレスに剣はないわな。でも俺、ケーキ用ナイフで仕留めたって聞いたんだけど?」
つい数時間前の事なのに何故知っているんだ。報告はされているだろうけれど私がケーキ用ナイフで仕留めたという件に関しては一体誰が言ったんだ。
「まぁ、それしかなかったんで」
「……マジだったんだ。やるなお前」
この口ぶりだと、副団長はこの話を聞いても信じてなかったという事になる。まぁ、国王陛下には無茶だと言われたし。無茶は父親と似てるらしいし。
けれど、これは誇る事じゃなくて怒られる事では?
これだと……明日にでも先輩達にからかわれるだろうな。このネタで。恐ろしい……
まぁでも、先輩達が賭けたお金でご飯食べに連れてってくれるんだからいっか。いっぱい食べよう。で、青って予測した人いるのかな? 確かガストン先輩は緑色だったっけ?
「で、陛下にお声がけされたんだって? 何喋ったんだよ」
「……副団長、交流会で出たケーキ、すっごく美味しかったですよ」
「……は?」
陛下との会話を話すのはいろいろと面倒だからあまり喋りたくない。両親の事ばかりだったから、そういう話はあまりしないでほしい。父と比べられるのはあまり好きじゃないから。
「生クリームたっぷりの甘酸っぱいチェリーケーキ、最高でした。じゃあ、見回り行ってきます」
「ちょっと待てテレシア!」
逃げるが勝ち。……の、はずだった。
私達に声をかける人が一人。そして、私も副団長も顔見知りの方がもう一人いた。
「こんばんは、お仕事中のようだけれど、少しいいかしら?」
大体50代くらいだろうか。とても素敵で豪華なドレスを身にまとう女性と、この方の息子だと思わされる歳の顔つきが似た男性が立っていた。確かこの男性は、第二騎士団副団長だっただろうか。
「貴方は外してもらえるかしら」
そして、ウチの副団長を退席させると私ににこやかな表情を見せる。自己紹介をされてこの二人が親子で伯爵家の方々だという事が分かったけれど、このマダムとはお話するのが初めて。一体どんな話を持ち出されるのだろうか。
「元近衛騎士団のマーフィス男爵の娘さんよね。騎士団員をしていただなんて初耳だわ。女性だというのに騎士団でやっていけるだなんて、さすがマーフィス男爵の娘ね。あの会場での立ち振る舞いも見事だったわ。騎士としての志も持っているようでとっても立派ね」
「いえ、私よりも経験が豊富で優秀な子息に比べれば私はまだ未熟者です」
ちらり、と彼女の右斜め後ろに立つ第二騎士団副団長は私を不機嫌な顔で見てくる。なるほど、私のところにいらしたのはお母上の指示だったという事ね。
ご夫人は私の両手を握りつつそんなお褒めの言葉を並べるけれど、私にそれは響かなかった。何となく、おままごとをしているご令嬢を見ているような目をしていたから。そう思ってならない。
「ウチの息子は第二騎士団の副団長を務めているの。あなたと同じ王城騎士団ね。会った事はあるかしら」
「……勤務中に、何度かご挨拶をさせていただきました」
「そう! うちの息子は剣ばかりで色恋に中々目を向けない子でねぇ。もう少し女の子と触れ合った方がいいと思っているの。テレシアさんは息子と共通点もあるし、職場も一緒だし、歳もさほど離れていないわ。だから、顔を合わせた時にはお話してあげてちょうだい?」
「……かしこまりました」
彼女は一体、何を思ってそう提案しているのだろうか。私はご令嬢であっても底辺の男爵令嬢で、騎士をしている。そんな私に、第二騎士団の副団長とお近づきにでもさせるつもりなのだろうか。
恐らくこれは陛下とお話した事が原因だ。マダムが私が着ていたドレスに気が付いたのかは分からないけれど、陛下との会話が聞こえなかったとしてもあんな柔らかい表情で話をなさっていた事に驚いた事だろう。
そして、その話し相手であった私を利用出来るのではとでも思ったか?
これだから嫌なんだ。社交界というものが。呆れてものも言えない。
「そんなに硬くならなくていいのよ。確か、王城騎士団には専用の食堂があるのよね? なら、まずは一緒に食事を……」
「母上」
そう言葉を止めた第二騎士団副団長は、彼女ににこやかな表情を見せた。
お父上が待っているから行ってあげてください、と彼女をこの場から離したかと思えば……
「はぁ……」
そんなため息を吐いていた。そして、私を睨みつける。
それもそうだ、第三騎士団と第二騎士団の仲の悪さは最悪なのだから。
「俺は騎士団の名を汚す奴が大嫌いだ。お前のようなままごとをして調子に乗る女と慣れ合うつもりは全くない。あれは母上が勝手に言った事。今回の事は聞かなかった、いいな?」
「……かしこまりました」
第二騎士団は女性騎士団員を毛嫌いしている団員が多い。けれどそこまで言うか。相手は副団長な上身分も上だから従ったけれど、少々腹が立ったのは嘘じゃない。
私が今している事はただのおままごと。そして私は、この騎士団の名を汚している。
それをはっきり言われると、少し心が痛むところもあるけれど……志を持って仕事をしている事は確かだ。
けれど、副団長は顔をこわばらせた。彼の視線は、私が腰に提げている剣。
「……何故お前がそれを持っているんだ」
その一言は、今彼が腰に提げている剣よりもきっと鋭いだろう。視線からも、怒りを露わにしている事が分かる。
それ、というのはきっと私の腰に提げている近衛騎士団長の剣だ。彼は第二騎士団副団長だから、私よりも顔を合わせる機会があったはずだし、私よりも騎士歴が長い。なら、これが近衛騎士団長のものだとすぐに分かる。
「……交流会の際、お借りいたしました」
「借りた、だと……? 奪ったの間違いじゃないのか」
「……ただの騎士団員が近衛騎士団長の剣を奪うほどの実力を持っているわけがないではありませんか。狩猟大会の行われた会場である森から、交流会の会場へ3匹の動物が向かってきたことを目撃し、一番近くにいた私に団長が貸してくださったのです」
きっと、この件も彼の耳には入っていた事だろう。けれど、私が仕留めた事に対してはあまり信じていないようにも見える。
「幸い怪我人は出ませんでしたが、森から煙が立っていた事を目撃しました。陛下は護衛の近衛騎士団を数名森へ派遣させ、その代わり私を陛下の護衛に付けました」
「何、だって……?」
苦虫を嚙み潰したような表情を見せた彼は、一体何を考えたのだろうか。きっと報告は受けていただろうから、恐らく信じていなかったといったところだろうか。
けれど、私が近衛騎士団長の剣を持っていた事に、そこまで怒りを露わにするか。
確かに近衛騎士団長はこの国を代表する騎士であり、軍事力を管理するお方だ。そして、王族を長年支持する名家であり、名のある騎士達が何人も出る一族、ロドリエス侯爵家のご当主でもある。
王城騎士団員達の憧れである近衛騎士団長の座に、長年座り続けているお方。そんな方の、騎士であることを証明する大事な剣を、ただの団員が持っているのだからそれは怒るか。
「ご令嬢は口が達者だな。やはり、こんな女狐に騎士という名を与える事は間違っている。この国の恥と言っても過言ではない」
「……」
「それはお前が持っていいものではない。渡せ」
この方は私よりも長く騎士をやっている副団長だ。この圧倒的な重圧に一瞬尻込みしそうになる。
ここで渡してもいいのだが、団長様にはこれと一緒にドレスを台無しにした謝罪もしないといけない。
せっかくお忙しい中ドレスを用意してくださり、しかも私のところへ言いに来てくださった。更にはそのドレスが人気のブティックで購入したものなのだから、それを思えば申し訳なさで自分が押しつぶされそうだ。
そして一番は、この言いようが見過ごせない。例え身分も役職も上だったとしても、言っていい事と悪い事がある。
「私は王城騎士団所属の第三騎士団員です。そして、入団試験を合格し王城騎士団への入団を許可していただいたのは、他ならぬこの国の国王陛下です。その発言は、陛下への異議を申し立てる事になりますが、いかがでしょう」
「っ……」
「そして、この剣をお借りしたのはあなたではなく私です。でしたら、本人が直接お返しするのが筋ではないのですか」
「お前……っ」
今にも剣を抜きそうな勢いの怒りを感じる。けれど、ここはナイトパーティーの会場で、すぐ近くで貴族達が談話を楽しんでいる。そして、その中には彼の両親もいらっしゃる。であれば、大事にはしたくないだろう。
「早くこちらをお返ししたいのですが、団長は今陛下の護衛をなさっていますからね。もし異議を申し立てるのでしたら私と一緒に行きましょうか?」
「っ……」
「とはいえ、我々も任務中です。副団長殿もお忙しい身ですから、お仕事に戻られてはいかがですか?」
「っ……ちっ」
彼は、今にも人一人殺しそうな視線で私を睨みつけてくる。これはちょっと怖いな。
この方は本当に怖い人だなと思うけれど、でもやっぱり譲れないところはある。女狐だなんて初めて言われたけれど、あそこまで言われたら腹が立つに決まってる。
とりあえず早急にこの剣をお返ししたいところではあるけれど、今彼は陛下の護衛中だ。少し難しい。
けれど、そんな時だった。
「おいテレシアっ!!」
あぁ、お前もか……と、呆れてしまった。




