◇第十二話 血濡れのドレス ①
森に配置されている警備兵は、森と会場との間に何人も配置されている。それなのにどうして森から出てきた? なら森にいる警備員は? そう思いそちらに目を向けると、一人の警備員が出てきた。また出てきた大きな動物と交戦している。なら、他の警備員は?
同じテーブルにいた令嬢達に逃げるよう伝え、私はケーキ用ナイフを何本か手にした。本当は剣が欲しいところだけれど、ここにそんなものはない。
あの動物は、足の速い肉食系動物。きっと興奮しているだろうからこちらにいる貴族達に噛みつく可能性がある。
私達が座っていた席が一番近い。けれど、一番最初に出てきた動物が私の方から別のテーブルに行き先を変えた。これはマズい、ドレスは……後っ!! それより怪我人を出すことが最悪だ。
私は、走り出した。いつもと違うヒールの靴ではあっても、あの動物が参加者に噛みついたら最悪だ。
動物の前に立ち、口を大きく開け私に噛みつかんとする動物を避け、上から体重をかけてケーキ用ナイフを突き刺した。命中し動きを止める。よし、これだけ小さい動物ならこのケーキ用ナイフでも十分いける!
一体警備員は何をしてるんだっ!!
そんな怒りに乗せ、次の一匹に視線を向けようとしていた時だった。
「マーフィスっ!!」
そんな声が、聞こえてきた。声の方に振り向くと、目の前に、何かが飛んできていた事に気が付いた。すんでのところでその細長いものをキャッチする。危なっ……って、剣っ!?
いや、そんな事よりもう1匹がこっちに……!!
焦りつつも剣を鞘から抜き鞘を投げ捨て動物目がけて突いた。まだこっちに来ている動物達に目を向けたけれど……白い騎士団服を着た方が二人視界に入った。一人は応戦している騎士団員の方へ、もう一人はあちらの馬車が並ぶ方へ走っていってしまった。
一瞬呆気にとられ、すぐに視界に入っていたもう一匹を突き刺した。
森の方からは……来ていない。さっきの騎士団員達は森の中に入ってしまったらしい。一体森の方で何が……そう思いつつ剣に付いた血を払う。
気が付けば、森の奥辺りに煙が立っている。森の中で火事でも起こっている!?
早く行かなきゃ、と思っていたのに……いきなり後ろから肩を掴まれた。
そして、私が行く代わり、2人が森に向かったのを確認出来た。白の団服を着た、近衛騎士団騎士団員達だ。
私も、と思ったけれど……
「マーフィス、そのドレスでは森の中で不利になる。別の者達を行かせたから問題ない」
「……えっ」
私の肩を掴みそう言ってきたのは、先ほどまで国王陛下の近くにいらっしゃった近衛騎士団長。ここまで来ていた事に、全く気が付かなかった。
「陛下がお待ちだ。その顔に付いた血を拭いて行くぞ」
「あっ……」
騎士団長から、ハンカチを渡された。血、顔についてたんだ……というよりさすがにハンカチをいただくわけにはいかないけれど、手で拭って伸びたら最悪だ。それに陛下に呼ばれているのだから血の付いた姿は……というところで、気が付いた。
顔に血が付いている、という事は……
恐る恐る、ドレスに目を向け……青ざめてしまった。ドレスに、血が付いている。しかも、切れている。目の前に、贈ってくださった方がいるのに……最悪だ。
いや、それより前に陛下が私をお呼び……? どうして私をお呼びなの……?
脳内が混乱していると、騎士団長がため息を吐きつつサッと頬をハンカチで拭いてから腕を掴んで引っ張っていった。強制連行……?
一体何故、こうなった……?
途中で剣の鞘を拾いつつ、会場の真ん中を歩かされ……陛下方の方へ。周りは、ご令嬢やご夫人達は避難誘導で避難をしてもらっている様子が見える。きっと王城の方へご案内するのだろう。
その時、気が付いた。何か、匂う。さっき森に煙が立っていたから火が出て焦げた匂いがこちらにまで流れてきたのかと思ったけれど、酸っぱいような、それでいて甘ったるいような匂いが混ざっている。これって、もしかして……あの匂い?
そんな私の予測に、近衛騎士団長も気が付いたようだ。けれど、近衛騎士団を送ったから心配はいらないとのことで、それよりも陛下がお待ちだと急かされた。とはいえ、こんな血の付いたドレス……最悪すぎて穴に入りたい。団服を持ってきておけばよかった、と今更後悔しても遅い。
ほら、と言われ陛下の前に。私、何か怒られるのでは……? 陛下となんて、入団式に少し近くでお顔を拝見させていただいたくらいだ。心臓がバクバクで落ち着けない。
「……王国騎士団第三騎士団所属、マーフィス男爵家一人娘のテレシア・マーフィスでございます。お見苦しい姿をお見せしてしまい申し訳ございません……」
言い切ったあたりで、あっと気が付いた。今私ドレスだ。騎士団服じゃない。なら胸に手を当てて頭を下げるんじゃなくて、両手でスカートをつままなきゃ。でも今剣持ってるからもう片方はつまめないし……
「なるほど、やはりそうか」
えっ?
そんな陛下のつぶやきに、一体どういうことなのかと混乱してしまった。やはりそうか、とは?
「面を上げよ」
「はっ……」
陛下の表情は……何を浮かべているのかは分からない。けれど、怒っているようには、見えない。
すると陛下は、先ほどの報告をするように言ってきた。
あの動物は一角兎。足が速く、しかも高くジャンプするから意外と厄介な動物である。
基本人を襲わない穏やかな動物のはずなのだが、私が見た限り興奮状態だった。外傷はなかったようだけれど、恐らく武器を向けられて逃げてきた、というところだろうか。それとも、私の予測が当たっていれば……
……けれど、今更ながらにケーキ用ナイフで仕留めた事はマズかったか。近くに武器がなかったとはいえ……後で怒られそうだ。
「先ほどのお主の対応、大儀であった。足の速い動物であったにもかかわらず参加者達に近づけることなく対処し被害を出さなかった事、主催者として礼を言う」
「も、もったいないお言葉です……」
え、うそ、ど、どうしてこんな事……?
陛下は馬車側の被害を騎士団長様に聞いていたけれど、被害は免れたという事を報告されると安堵しているようだった。
「ロドリエス卿、護衛の近衛騎士をもう3人送ってやれ。早急な収束を」
「規則ではございますが、陛下がそうおっしゃってくださるのであればそのように」
「あぁ。決まりではあるが私達の護衛が多すぎるのだ。送ったところでここには近衛騎士団長のお主もいる。それに彼女がいればお釣りがくる。森と会場の間はきっちりとガードを付けたのだろう」
「はい」
……ん?
今、陛下は何と……?
「今森にいるのは騎士団員ではなく狩猟を目的とした者達ばかり。こちらの会場の方角に獲物を逃がしてしまえばこういった事態が起こってしまう。そのための警備員達だったのだが……森で何かが起こっているようだ。お主があの場にいたことは幸運だったな」
「いえ……」
確かに、騎士団員であるなら周りを警戒し被害を最小限に考え対応するのが基本だ。けれど、その考えを持っていない、今回の大会で優勝するためだけを考えている者達であればこちらの会場に獲物を逃がしてしまう可能性もある。
警備がどうなっているのか気になるところではあるけれど、近衛騎士団員達が向かったのだから大丈夫だと思う。




