不良騎士学生と空気と言われた令嬢
小等学園、中等学園、高等学園は現代で言うところの小学校、中学校、高校のイメージです。
ゆるっとした設定です。
リュシエンヌは目の前の美しくも腹立たしい男に今日も舌打ちをする。
なんでこんなことに……と思わなくもないが尊敬する先輩の言葉だから仕方がない。
「セイスティオ様、今日もサボりですか?」
「あぁん??今日も部活に出ろって言いに来たのかよ」
この男、セイスティオは伯爵家嫡男でありながら不良と呼ばれている。
ちょっと悪い所がかっこいい!!などと言う婦女子がこの態度を増長させてる気がする。
そんな彼と私は17歳で高等学園に通っている。
ひとつ上の先輩に憧れて騎士部に入ったらセイスティオもいた。
騎士は男性にしかなれない。女性だと言うだけでその資格がない。
悔しさに唇を噛み締めていたところに、正式な部員には出来ないけどマネージャーをしてくれたら時々手合わせをしてくれると言われ入部した。
その言葉を言ってくれたのは私の尊敬してやまない先輩である。
先輩に頼まれなければセイスティオを引っ張って部活に連れていくなどということはしない。
セイスティオは騎士クラスの首席で家柄も悪くない上に外見もいい。
つまりモテる。
しかし不良という言葉の通り不真面目で部活にも遅刻欠席は多かった。
初めは、部員に連れてこさせていた。
しかし不満が出てきたのでマネージャーがその役割を担うことになった。
初めは先輩マネージャー達がローテーションで連れてきていた。
その様子を見てセイスティオのファンが妬んで嫌がらせが始まってしまった。
やっと落ち着かせたが『普通の女子生徒』にはこの役割は無理だとなった。
そこで白羽の矢がたったのが私だった。
地味で影が薄く存在感がない。
無表情がデフォルトで、いつも忘れられるので『空気令嬢』などと呼ばれている。
リシュエンヌには友人もいない。恋人もいない、婚約者もいない。
たった一人幼馴染がいるが過去に決別している。
だから嫌がらせも上手くいかず不発が多い。
嫌がらせがしたくても本人の存在感が無さすぎて上手くいかない。周りに手を回そうにもそもそもひとりでの行動ばかり。
紆余曲折あってリシュエンヌはセイスティオのお世話係に任命されてしまったのだ。
大きめな訓練場に入ると大きな声で迎えられた。
「リシュエンヌ先輩!今来たんすか!」
そう声をかけてきたのはひとつ下のクロティルドという男子だった。
セイスティオと実力は均衡している将来有望な子な上に存在感の薄いリシュエンヌをすぐに見つけられる稀有な人間だった。
この子も初めは酷かったなぁと思い出す。
昨年入学したてのクロディルドは自分に自信があった。ありすぎた。
その辺の先輩よりも強かったから注意も聞きやしない。そこで宛てがわれたのがリシュエンヌだった。
リシュエンヌは女性としては相当強い。だがクロディルドは軽視していた。
教育係としてついたリシュエンヌを小馬鹿にしていた。
そこで練習試合をした。
入学したてのクロディルドはリシュエンヌをまだ見失うことが多かった。
こんなに影が薄い人間がいるのかと思うほどに。
それでも練習試合で見失うなんて有り得ない、はずだった。
軽く打ち合うだけで女なんて木剣を落とすだろう。そんな気の抜けた一撃をリシュエンヌは弾いた。
驚きに目を見開いたクロディルドにしっかり目を合わせた直後客席に目線を逸らした。
つられて客席を見たのは一瞬だった。そのはずだった。
クロディルドの視界からリシュエンヌは消えた。
慌てて見渡すとこつんと横から木剣を頭に当てられた。
「勝負ありですね?」
無表情にそう告げたリシュエンヌを呆けたように見た後にクロディルドは口を開いた。
「か……」
どんどん赤く染まる頬
「かっっっけぇぇっす!!!!先輩、俺と付き合ってください!!こんな女性初めてっすよ!俺、先輩に落ちました!」
破顔しながらそう宣った。
もちろん、お断りしたが彼の態度は一変した。
リシュエンヌに従順になってしまった。
遠い目をして過去を思い出しているとセイスティオが頭を掻きながらクロディルドに近づく。
「あぁ??まだ付き纏ってんのかよ」
「あんたにはかんけーねぇっす!」
ふたりは何故か犬猿の仲で必ず勝負から始まる。
クロディルドのあれは一時的なものだろうしセイスティオはリシュエンヌに好意を抱いてはいない。
ただ単に自分をだしに勝負しているだけなので持ち前の影の薄さでリシュエンヌはマネージャー業に戻った。
そう、セイスティオがリシュエンヌに好意を抱くはずがないのだ。
ずくりと胸の奥が痛む……
実の所、リシュエンヌは貴族であるが領地を持たない弱小の子爵令嬢だ。
母の親友である伯爵夫人が領地に家を建てて良いわよ。と言った事で伯爵家の屋敷の隣に邸宅を構えた。
王都は子育てに向かないわ。なんて言ってリシュエンヌと母は仕事で忙しい父を置いて伯爵の領地で暮らしていた。
伯爵家にはリシュエンヌと同じ歳の令息がいた。
所謂幼馴染というやつだ。
領地の小等学園は平民も入れるほのぼのとした場所だった。
生まれた時から一緒だった幼馴染がリシュエンヌは大好きだった。
大好きだったからこそ悲しさは大きかった。
リシュエンヌは昔から影が薄い。
だけども、幼馴染だけはリシュエンヌを見てくれていると思っていたのだ。
それは放課後のこと。
女生徒に呼ばれ用事を頼まれたリシュエンヌが教室から離れ、ふと忘れ物を思い出し教室に戻った時のことだ。
「リシュエンヌって空気みたいだよなー」
そんな声が聞こえた。
平民の数人と幼馴染がいた。
きっと幼馴染はそんな事ないって言ってくれる。そんな淡い期待は無惨に砕かれた。
「ん??空気??」
幼馴染は少し考え込んだ。そして何かに気がついたように声を出した。
「そうだな、うん。リシーは空気だ。俺にとってリシーは空気だったんだ」
その後はよく覚えていない。気がついたら自宅のベッドで泣いていた。
まだ12歳だったリシュエンヌはこの心の傷に耐えられなかった。
すぐに中等学園に入ることが決まっていたが父のいる王都の学園に行くと言い幼馴染と距離を置くことにした。
中等学園に入った数ヶ月後幼馴染も王都の学園に入った。転校生など珍しいので少しの間騒ぎになった程だった。
誰もいない教室で『リシー』と呼ばれ、私は無表情のまま、他人に接するように彼と対峙した。
「お久しぶりですね、セイスティオ様」
「なんでそんな呼び方……」
「……もう幼子ではございませんから。貴方もリシーなどと呼ばないでください」
綺麗な青い瞳がはっきりとショックだと告げていた。
今更……と思う。
セイスティオとの幼馴染でいた期間など終わったのだ。
表情を崩すことなくリシュエンヌは鞄を持ち教室を出た。
それからセイスティオは人気者になり、リシュエンヌは地味で目立たない空気令嬢になった。
高等学園で同じ部活に入り、先輩からお世話係に任命されるのは予想外だった。
バタバタと走る音がする。更衣室から誰かが走って出たようだ。
振り向くと着崩れた状態でクロディルドが一直線に自分に向かって来ていた。
「どうし」
どうしたんですか?と告げる前に他の声に消された。
「てめ!クロディルド!誰かに言ったらぶっ殺す!!!!」
セイスティオの激高した声に驚く。クロディルドの後ろからこれまた着崩れた状態でセイスティオが追ってきていた。
「いや、無理っす!!あのセイスティオ先輩が、まさか!」
「言うなっつってんだろ!!」
ふたりは言う言わないと言い合っていた。
面倒事なら他所でやってくれと思っているとクロディルドが興奮した様子で告げてきた。
「無理無理!俺だけじゃこの情報は消化しきれないっすよ!だってあのセイスティオ先輩が愛を囁くなんて」
驚きすぎて洗濯用の桶を落としてしまった。
拾おうと手を伸ばしたところでクロディルドに手を握られる。
「聞いてくださいっす!俺の教育係である尊敬してやまないリシュエンヌ先輩に打ち明けたいんす!」
「??えっと??」
「セイスティオ先輩ってば」
「やーめーろー!!リシュエンヌにはぜってぇ言うな!」
バシとクロディルドの手を叩いて繋がれた手が離れた。まぁいいかと桶に手を伸ばす。
『私には言うな』か……とショックを受けているとは思わないのだろうな
無表情だし……
「お相手は幼馴染で可愛くて可愛くて仕方ないらしいっすよー!」
え、と声が漏れた。顔をあげるとセイスティオが、ぐっと怯んだ。小さく勘弁してくれと呟いていた。
「セイスティオ先輩ってばその人のこと『空気みたい』って!おれひでぇって思ったらなんて言ったと思います??」
「もう、ほんとーに!やめろ!!」
セイスティオがクロディルドを止めようと大声を出すから色んな人の注目を浴びている。
それはいいらしくセイスティオはリシュエンヌだけを見ていた。
「なんと!!『あいつは空気みてぇだから、存在がなければ俺は生きていけない。息すらできねぇ』だって!!!」
真っ赤になったセイスティオは声にならない悲鳴をあげた。
「くうき……って、そういう……?」
唖然と呟いたリシュエンヌにセイスティオは頭をかいて大きくため息を吐いた。
「しょーがねぇだろ!!そういう存在なんだから、俺が自覚したら次の日から避けられるし、追いかけても逃げようとするし、でも諦められなくて婚約の申し込みはもう五年続けてんだよ!くそ!!」
息ができなきゃ大変だ。とよく分からない感想が出た。
「だから……中等学園にも転校を?」
「んあ??当たり前だろ??」
リシュエンヌとセイスティオの態度がおかしいとクロディルドはやっと気がついた。
「ま、まって、え?!まさか」
「あぁ??んだよ?!」
照れているらしいセイスティオはキッとクロディルドを睨んだ。
「その幼馴染って?」
セイスティオは当然という顔で答える。
「んなもんリシュエンヌしかいねぇよ」
どよっと見物人が騒いだ。
空気令嬢が人気騎士の溺愛する幼馴染??と言われリシュエンヌはしゃがみこみ顔を伏せた。
「セイちゃん、ちょ、どーして」
その姿を見てセイスティオがリシュエンヌの背中をさする。
「リシーが逃げるからだろ。とりあえず落ち着け」
何故かおかしくなってしまって私は笑いすぎて呼吸が出来なくなる。
私がツボると蹲り笑い出すのはセイスティオにはお見通しだった。
落ち着けと背中を擦るセイスティオの手は優しい。
あの頃のままだ。そう思うと今までのことが馬鹿らしくなって余計に笑いが止まらない。
「え??『セイちゃん』??『リシー』???」
「あん?!てめぇがリシーって呼ぶな」
混乱しているクロディルドに食ってかかるセイスティオをみて少し落ち着いた。
「セイちゃん、ステイ」
「んだよ、俺はこいつが『絶対に言わないんで、悩み聞くっすよ』って言われたのを信じたのに。こんの馬鹿なんか信じたのが間違いだった」
何がどうしてそういう話題に??と思ったら説明してくれた。
リシュエンヌとの距離が縮まらないことに焦れたセイスティオは何度目か分からない婚約の申し込みをした。リシュエンヌの父は『リシュエンヌが承諾しない限り話は進めない』と一貫した答えを貫いた。
思い出して大きな溜息になった。それが更衣室内で、セイスティオにボロボロにされてはいたものの、別に嫌ってない先輩の姿に純粋に心配して声をかけたのがクロディルドだった。
「どしたんすかー?」
そんな軽い質問だった。
「ん、あーーー、お前も悪い。なんであいつに懐くんだよ」
そんな意味不明の言葉はあまり聞こえなかった。
シャワーを止めて着替えていると続きをポツポツと語り出した。
「絶対に言わないんで、悩み聞くっすよ」
「あいつが避けるんだよ。俺はあいつが可愛くて可愛くて仕方ねぇし、ずっと構いたいのに。」
「え!先輩の恋バナっすか?!」
「……もう五年くらい婚約の申し込みをしてる。外堀も埋めれねぇし、あいつは相変わらず可愛いし、変な虫つくし。」
「結構重いっすね……」
「あいつは、……空気だから」
「ん?は??可愛くて仕方ないのに空気??ひでぇこと言ってねぇっすか?!?!」
「なんだよ、あいつが空気で何がひでぇんだよ。幼馴染でずっと一緒で、そんなの、空気みてぇって思うっつーの、あいつは空気みてぇだから、存在がなければ俺は生きていけない。息すらできねぇ。重いっつーんだろ?けど、あいつは俺にとって空気なんだよ。」
クロディルドはあせあせと服を着こみ、バンと扉から勢いよく出た。
セイスティオがぽかんとすると大きな声で告げた。
「こんな激重感情、俺の胸の中だけには仕舞えないっすー!!!!」
誰かに告げるつもりだと悟ったセイスティオも焦って飛び出した。
そしてリシュエンヌに知られてしまった。
「セイちゃん、可愛い幼馴染がいたんですね」
うっせぇと頭をぐしゃぐしゃにしてやる。
「セイちゃん……喋りたくないんですか?」
「……ちげぇ。てか、いい加減婚約受けろ」
上目遣いでリシュエンヌがこちらを伺う。可愛い。
「私は婚約なんて初耳ですけど」
「はぁ????もう多分30通は送ってるぞ??つか、直接言いたくてもお前俺と話さないし……」
「セイちゃん」
「なんだよ」
「私が好きなんですか?」
ぐっと口篭る。
「違いました?」
「リシー、分かってんだろ?」
「……言ってくれないなら受けません」
「ずりぃ……リシーの事は好きじゃねぇよ。愛してるし、大好きだし、俺を生かしてくれる存在。好きなんて軽いもんじゃねぇ」
「可愛くもない空気令嬢なのに??」
その言葉にセイスティオは盛大に顔を顰めた。
「お前はかわいーの!!だけどその空気令嬢ってやつ嫌い。お前は俺だけの空気なのに……むかつく」
そう言うとむすっとする
リシュエンヌは可愛いのはこの人ではと思ってつんつんと頬を人差し指でつつく。
「……小等学園のころ、セイちゃん放課後に私を空気って言ってましたよね」
「おま、きいて?!」
「私、存在薄くていてもいなくてもどうでもいいって思われてると思って泣いたんですよ」
大きく目を見開く。そんな誤解をされているなんて……
「な、俺がリシーをどうでもいいって思うわけねぇだろ?!」
「言われなきゃ分かりません」
「言う前に避けた癖に……」
拗ねるように言うとリシュエンヌは滅多に崩さない無表情を辞めて微笑んだ。
「でも違ったなら良かったです。婚約の申し込みは父に受けるよう伝えますね」
そこでざわっと音がした。
ショックというのを隠そうとしないクロディルドや他の部員とマネージャーだけでなく他の生徒たちもいた。
自分達の世界に入っていた。忘れていた。
「あ……あぁー、まぁいいか。よし、どうせなら。」
そう呟くとリシュエンヌの肩を抱いて宣言をする。
「リシーは俺の婚約者だからぜってぇ手を出すなよ。五年かけて手に入れた俺の女、なんかあったら許さねぇからな!」
呆れたようなリシュエンヌの視線だったがセイスティオは浮かれている。
最愛の可愛い幼馴染が婚約者になるのだ。
浮かれないわけがない。
「私に何か出来るわけないでしょう……空気令嬢ですから。何かされる前にすり抜けますよ」
「リシーは可愛いから心配なんだよ。俺のって言えるようになんだからこのくらいさせろよ」
そう告げると周りから見ればほぼ変わらない表情のリシュエンヌの頬が緩んでいる。
可愛すぎて抱きしめた。
他のやつには見せたくない。
その様子にまたざわっとする。
もう周りなんかどうでもいい。自分の腕の中に愛してやまない幼馴染がいるのだから……
やっと手に入れた俺だけの空気令嬢
セイスティオはリシュエンヌに避けてたこと怒ってましたが、可愛い幼馴染に怒りは長続きがせず、です。
違うサイトで違う作品として出していたリメイク作品。
似たような作品があったらそうかもしれません。




