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Cres.-青春前奏曲-

音楽が大好きすぎて、唐突に書きました!

ただ、ギターは弾けないので、変な部分がありましたらお知らせください……。

 鼓膜が破れるかと思った。その施設に入ったときの、第一印象だった。細かいひびが入った入ったコンクリートの壁が、地響きに同調するように、震わせている。

 俺はその場の静寂を切り裂いた、ドラムのビート音を耳にした。スキンヘッドで、タンクトップ姿の肉付きの良い男の人の周囲を発端に、熱気は幕を開ける。

 次に炸裂したのは、アンプを通じて絶叫を上げた、ギターとベースが狂騒するコンチェルト。ベースの轟音は、ダボダボのジーンズを震わせている。そして響くハスキーな声に、会場のボルテージが上昇していった。

 GLAYの、「誘惑」だ。

 サビの叫びと共に、俺よりもずっと背の高い観客達が、一斉に沸いた。周囲の人たちに埋もれて、俺はどう対処したらいいのか訳が分からなくなる。歓声と絶叫が交差するライブ会場のムードに付いていくことなど、当の俺には不可能な事だった。

 「誘惑」は好きな曲なのだけれど、歓声にボーカルの叫びやビート音がまみれて、俺の耳に届くことは殆ど無かった。というより、観客同士に顔を挟まれているから、耳栓をされたように聞こえないのが現状でもある。

「に、兄ちゃん」

 俺はギターやドラムスの轟音にかき消されていく声のボリュームを上げた。だが、兄ちゃんに聞こえることはない。こんなにも凄まじい音響を体験したことはないし、俺自身が自分の声を聞き取れていないから、兄ちゃんが聞こえないのも無理はない。

 気付いた頃には、「誘惑」の演奏は終わり、俺の周囲からバンドを讃える歓声が沸き上がった。四方八方から飛び交う歓声に、俺は思わず頭をキョロキョロさせてしまう。

 数分間のインターバルを終えると、ライブハウスには一瞬、沈黙が流れる。でもそれも束の間で、その静寂は閃光を掻き消すようなギターの旋律に、切り裂かれた。

 ああ、という感嘆が、乾いた唇から漏れた。兄ちゃんの部屋で、聞いたことがある。前奏は、ギターのソロパート。そして、訪れるベースとドラムスの激しい三重奏。

 胸の奥まで響き渡るのが、分かった。ELLEGARDENの、「スターフィッシュ」だ。

 ステージから放たれる、七色のスポットライトが壁や俺たちを照らす中、シンクロする歌詞に、俺は胸を締め付けられるような感覚に陥った。ここに来てからは、驚くことばかりだ。初めてのライブハウス。体感するギターやベースの重奏。震動する室内。

 いつしか俺は、曲よりもその場の空気に体を浸し、ボーカルの声などに耳を傾けていなかった。でも、俺が偶然にもその顔を見たとき、俺はその空気から解き放たれた。

「初めまして!」

 「スターフィッシュ」の声は、兄ちゃんよりもう少し年増の、耳にピアスがいくつもはめられ、髪を脱色していた男の人のものだった。でも、そのとき聞いた声は、彼の声ではなかった。

 もっと幼く、瑞々しい声――。

真田凛さなだりんと言います! 『六角リンゴ』のゲストで、紺屋こうやさんから呼ばれて来ました!」

 静寂を迎えていた会場に、ざわつきが蘇る。

「あれ誰?」「可愛い―!」「まだ小学生じゃね?」

 観客の声から、ざわめきは収束を迎えない。何せ、重そうな赤いギターを肩に掛けて立っているのは、俺と同じか下くらいの年齢の、女の子だからだ。

 色とりどりのスポットライトに照らされている彼女の黒髪は白い光を帯び、マイクスタンドの前で彼女は笑顔を保ち続けていた。

 彼女が綺麗なアーモンド型の瞳を閉じた刹那、彼女の手元の弦が爆ぜる。分身するような電波音が、鼓膜を突き抜ける。そして、彼女の口元から、宝石を溶かしたような声が漏れた。

 ビートルズの「REVOLUTION」。

 彼女の声が、「誘惑」や「スターフィッシュ」の残響を伝って、増幅していくような気がした。コーラスの、声音も、電子音も、俺の心を震わせていく。それは、同年代に対する同情なんかじゃない。芯まで響く、そんな歌だ。

 不思議な声だった。ジョン・レノンの声にはとても似つかないし、ギターの演奏もまだ雑だ。なのに。

 俺の心は、震えていた。ドラムスの震動を受けている、乳白色の会場の壁と同じように。髪の毛一本一本まで、その声音とギターの共鳴を拾い取っているみたいだ。

 でもやがて、彼女の声は収束を迎える。喧騒がいなくなった後も、俺は彼女のいなくなったステージを見上げたまま、立ち尽くしていた。



「どうだった? 俊悟」

 ライブ会場から出て、乾いた外の空気を吸っていると、兄ちゃんが俺の肩を叩いてきた。

「あんまり見えなかった」

 俺は口を尖らせて言った。

「まあ、悪かった。もう少し前に行かせてやれば良かったな」

 兄ちゃんは歯を立てて笑った。

「でも、あれだけ」

「ん?」

「ビートルズの『REVOLUTION』は、凄かった」

 兄ちゃんは「ホントだよな」と相槌を打って、俺の頭を撫でた。

 兄ちゃんから缶ジュースを買って貰い、ライブ会場裏のベンチに腰掛けると、兄ちゃんは友達と談笑をしに再度ライブハウスへ消えていった。プルタブを引き、缶内の空気が爆ぜる音を耳にすると、俺は缶を口につける。口腔内で炭酸が弾け、

「あ、それ新製品」

 缶の尻を押され、俺は盛大にむせた。

「あ、大丈夫?」

 俺は喉元を押さえて、呼吸を整える。

 やがて、呼吸が落ち着くと、俺は目線を上げて声の主を見た。

 そして、硬直してしまった。

「え? どうしたの?」

「あ、いや……」

 俺はたじろいで、思わず声を詰まらせた。だって。

 眼前にいるのは、肩に真っ赤なギターを掛けていた、あの少女だったから。

「きみ、会場にいたよね?」

 彼女にっこりと笑って言った。

「うん」

「やっぱり―!」

 彼女は落ち着きがない性格を露呈しているかのように、驚いたかと思うと独り言をし始めた。紺屋さんがどうのこうのとか、今日の曲がどうのこうのとか。時折、聞き慣れない言葉(音楽用語なのだろうか)まで発してきたものだから、俺も頭を悩ませてしまう。

「ちょ、ちょっと落ち着け」

「ねえ!」

「は、はい!」

 俺は声を跳ね上げた。

「聴いたの?」

 彼女は俺の目を、上目遣いで覗く。

「……ライブ?」

 彼女は首肯した。

「聴いたよ」

「のあー!」

 彼女は絶叫して、小さな頭を抱え込んだ。

「何で聞いたかな―!」悪いのかよ。「ギターテクは酷いし、風邪引いて声は出ないし、練習しすぎて指先が血まみれだし―!」

「だから落ち着」

「ああ―!」

 収集が着かなくなって、俺はもう何も言えなくなる。何だこいつ。いきなり話し掛けてきたと思ったら、今度は叫び出すって。

 俺は乾いた喉に炭酸を流し込んで、空になった缶で慌てふためく彼女の頭を叩いた。

「落ち着け」

「うー」

 彼女は何かを訴えるような目で、俺を睨む。

 でも、俺は彼女よりも、細かい傷が入った真っ赤なギターの方に目が行っていて、彼女は俺を訝しんで言った。

「ギターは好き?」

 彼女の声に、徐々に明るさが灯る。

「兄ちゃんがやってるから」

「きみも、やりたいの?」

 いたずらな眼差しに、俺は思わず肯定してしまう。

「なら、ぼくが何か弾いてあげるっ」

 俺は目を丸めて、思わずベンチの背に体を委ねる。

「何で」

「聴きたくないの?」

「いや、そんなことは」

「はい、じゃあ決定。何が聴きたい?」

 何か、こいつ想像以上に自分ペースに持っていく奴だな、と俺は思案した。朗らかな表情を保つのはいいけど、展開が早すぎて着いて行けやしない。

「何でもいい?」

「弾ける範疇ならね」

 彼女は俺の隣に身を寄せて、ギターの弦を弾き出した。アンプから炸裂する音よりもずっとやさしい音がした。

「じゃあ」

 彼女が俺の目を覗くと、彼女の流水のような前髪が揺らいだ。

「……イーグルスの、『DESPERADO』」

 彼女が淡く、微笑む。

 それが、奏での合図だ。

 路地裏のライブハウスの片隅。ふと俺は、世界の色がオレンジに染め上がった――そう、思った。そのくらい、哀愁があるように思えてくるのに。

 彼女の声が、柔らかな弾音に共鳴して、優しい音色に仕上げていた。

 瞳を閉じていた彼女の口元から漏れている声に、俺は淡い息を吐いた。「REVOLUTION」の時もそうだけど、歌が上手い訳なんかじゃなかった。時々音は外すし、演奏も歪。でも、

 何だか、引き込まれてしまう。そんな、歌だった。多分、完璧になったら全て崩れそうな、そんなバランスの奏で方。アンバランスが、逆に独創的な奏でを演出しているんだ、と俺は勝手に決めつけていた。

 気付くと、俺の周囲には終演したライブから帰路を辿る人達に溢れ、誰もが感嘆とした表情で耳を傾けていた。

 路上ライブを聞いているみたいで、俺は苦笑してしまう。

 やがて、曲は小さく縮んでいき、路地裏の湿った空気に溶け出すように儚く消えた。彼女が目を見開くと、彼女を讃える歓声に一角が沸き、彼女は再度朗らかな笑みを見せた。

「すげえ!」

 俺は思わず、声を張り上げて言った。その声に、彼女は頬を少しだけ染めた。

「どうだった?」

 彼女は問う。

「凄い!」

 ためらいなく、口元から零れた言葉に、彼女は恥ずかしそうに頬を染めた。

 勿論、そう讃えたのは俺だけじゃなかった。周囲にいた数人の大人たちも、彼女の演奏を終えて拍手をしていた。誰の表情も、雲から差し光る陽光みたいな笑顔のまま、彼女を賞賛していた。

 それから、大人たちが去るまで、彼女は声援に応え続けていた。それは、ステージの上で勇ましくギターを抱える彼女とは、似てもつかない姿だった。

 ステージに上がれば、こんな彼女でも、立派なロックンローラーなんだ。

 俺はそう嘯いた。今隣で、笑顔を見せている彼女はどこにもいる、普通の女の子であるし。

「君は、凄いね」

「きみ、なんて止めてよ」

 彼女は口元に手を当てて苦笑した。

「ぼくは凛、って名前があるの。世界で一番尊敬できる人が付けた名前だから、そっちで呼んで」

「世界で一番尊敬できる人?」

 オウム返しに問う俺に、彼女は誇らしげに言う。

「パパだよ。パパはね、脱サラしてギタリストに転職したの」

 何やってんだ父親。

「でも、今は海外で活動してる。無名のバンドだけど、太平洋の向こうで、ギターを掻き鳴らしているんだ」

 ビルとビルの狭間から浮き出ている夕暮れを見た凛は、遠くに呼びかけるような口調で言う。

「ジョン・レノンは、音楽の力で世界を変えたんだよ」

「はあ」

 いきなり話が飛ぶものだから、なかなか着いていけない。

「ぼくがさっき弾いた『REVOLUTION』は、その思いが詰まった曲なんだ」

 凛はギターの弦を少しだけ弾いた。吹きさらしの道に、「REVOLUTION」の前奏部分が少しだけ紡がれた。

「パパは、『音楽で世界を変える!』って家を飛び出したから」

 笑ってるけど、笑ってられる状況じゃあないだろう、おい。

「もう一度、訊くよ」

 彼女は首を向けて、大粒の瞳を俺の前に据えた。

「……きみは、ギターが好き?」

「……」少しの躊躇の後、「好きだよ」

「なら」

 と言って、彼女はギターを肩から下ろし、小さな太股の上にギターを置き、小さく息をついた。すると彼女は、

「きみにあげる」

「え」

 俺の口元から、不意に裏声が出る。

「パパは、このギターを『将来、お前だけのギタリストになってくれる奴に渡せ』って言ったの。だから、これはきみのもの」

「……確証はあるの?」

「あるよ」

 彼女は空気を吹き飛ばすような声で断言する。

「人生には、決めなくちゃいけないことがいつか来る。それが、今だから」

「でも」

「遠慮なんて、いらない。これは、保険だよ。将来きみは、ぼくだけのギタリストになって」

 彼女はそう言って、俺にギターを受け取るよう促す。ギターを手にしようとしていた指先は、不思議と震えていた。

 俺がギターの弦に手を触れた時、弦が俄かに弾かれ、小さく音が鳴った。彼女は、どうしたらいいのか躊躇う俺に、笑顔を向けた。

「契約は成立」

「契約って……」

 俺は苦笑した。

「嘘じゃないよ。きみには、本当にぼくだけのギタリストになってもらうの。そうだ、一番最初に演奏したい曲を、決めさせてあげる」

「何か凄く上から目線じゃない?」

 苦笑して言う俺に、凛は取っ付いた。

「じゃあ」

 俺はギターを肩に掛け、少しだけ息を吸い込み、言った。

「『REVOLUTION』を」



「俊悟! 俊悟!」

「あ、ええ?」

「ええ? じゃない!」

 下がっていた首を掴まれ、俺の頭が強制的にぐい、と天井を向く。眼前にあった凛の瞳は、珍しく怒っていた。

「きみは緊張のかけらもないの!?」

「わ、悪い……」

 俺は小さく欠伸をつく。パイプ椅子の上で、俺は床に横たわっていた赤いストラトキャスターのネックを掴んだ。アンプに直結されていない弦が、微かな音を立てる。

「……夢、見てた」

「夢?」

 ゴシックロリータという凄まじいステージ衣装を纏った彼女は、怪訝な声で問う。

「凛に、このストラトを貰った時の夢」

「ああ、あの時」

 凛は指先でストラトのネックを撫でた。

「……あれから、もう五年だね」

 凛はストラトに問いかけるような声で言う。

「きみは、ぼくとの約束を忘れてなかったね」

「そりゃ、あれから凛にしごかれたし」

 俺は苦笑して、ギターをチューナーに繋げた。

「上手くなったろ?」

「当然だよ」

 彼女はまるで自分のことのように、誇らしげに言う。

「きみは、ぼくのギタリストなんだから」

 彼女は笑って見せて、スカートのフリルを揺らし立てかけてあったミリタリーカラーのムスタングにシールドを繋げた。

 凛の笑顔は、年を追っても変わらないな、とつくづく思う。あの純真無垢な笑顔を見るたび、世界に溢れた悪行が吹き飛ぶような気がして、それはそれで悪くない。

 それに。

 その笑顔を見て、少しだけ恥ずかしくもなってくる。俺ももう、十七歳になった。やっぱり、このくらいの歳になると、嫌でも側にいるおんなのこのことを、意識してしまう。

「ほら、ぼーっとしてないで」

 凛が、指先の皮膚が固まった俺の手を、握る。胸の奥がとくん、と揺れた。

「行こう」

 彼女を先導に、俺はストラトを肩に掛けて、スポットライトが煌めくステージに向かった。黄金色にも見えるステージに一瞬、足が竦んだけど、歓声を受けたらもう、躊躇うこともできない。

 ――ステージに立てば、誰でもロックンローラーだ。

 過去の自分の言葉を反芻して、俺は真紅のストラトにシールドを繋ぐ。そして、凛が淡く俺の目を見て微笑んだとき、ステージ上で待ちくたびれていた派手なメイクをしたベーシストや、猫背でロン毛のドラムスの視線を一瞥し、俺は右手をかき鳴らした。

 前奏曲は――

 ビートルズの、『REVOLUTION』だ。

いかがでしたでしょうか。

この後、俊悟と凛がどんな歌を紡いでいったかは、作成者の僕もあまりよく分かりません。

というより、これを書くきっかけとなったのは、人生初のライブハウスへのライブを見に行ったときでした。

作中の「スターフィッシュ」は、ライブ会場で演奏していた友人が実際に弾いた曲です。ステージで見たいつもと違う友人の姿を見て、唐突に書き殴りました。

「REVOLUTION」は本当にお勧めの曲です。個人的にはビートルズの中で一番良いと思う。何かに駆け出したくなるとき、そんなときに聞いてみてはいかがでしょうか。


では、こんなところで。

俊悟と凜の物語を、少しだけでも「読んで良かったな」と思っていただければ、これに変わる喜びはありません。

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― 新着の感想 ―
[一言] スレ主の通りすがりです。 本文はとても読みやすかったです。テンポ良く、スラスラと読み進めることが出来ました。誤字脱字が見当たらなかっただけに、改行ミスが多少目立ちましたが。 一つ、台詞で…
[一言] 読みやすくて、表現が綺麗に出来ていて想像がしやすかったし、なんか気持ちの良い作品でした。 悪いところなんて、無くてビックリです! 誤字もないし、羨ましいです!
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