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1.捕虜として

 永きに渡り、戦争を繰り返してきた人間と魔族。

 人間には勇者と呼ばれる特異な力を持つ者が生まれ、魔族には魔王と呼ばれる魔法を自由自在に操る者が生まれた。

 勇者と魔王は同じ寿命を生き、同じ時間に死ぬ。そして、新たに生まれ変わり、歴戦の戦場では五分五分の勝負をしていた。


 両陣共に勢力は拮抗。

 それゆえに戦争は平行線を辿り、終結しないと誰もが考えていた。


 しかし、勇者が戦死した。


 死因は出血死。

 戦闘中に致命傷を負い、撤退後死亡。

 追い打ちをかけるように勇者の剣を紛失。

 魔族側には勇者が死んだ真実は明るみにならず済み、この情報は人間側上層部のみが知る結果となった。 


 勇者が死に、先が読めない展開。

 勇者ありきの作戦も全てご破算になり、上層部は阿鼻叫喚。

 ハッキリと分かるのは、戦争に終わりは無いという事。


 国の代表とも呼べる勇者が死んでも戦争は終わらなかった。それでは戦争はいつ終わるのか、誰もが考えつく平凡な答えは和解だろう。けれど、現実は非情だ。


 どちらかが滅びるまで戦争は終わらない。


 勇者を失った今。いつか負けると知っていても、今生きている人達のために虚勢を張り続けなくてはならない。

 

 当然このまま手をこまねいては、いられない人間側は至急対策を立てる必要があった。


 もちろん新しい勇者の捜索だ。

 しかし、存在するかもわからない勇者発掘に、限られた人材すべてを回すわけにはいかない。最悪な場合を考え、十分あり得る可能性にも手を出さなくては、そう、偽装の勇者だ。


 世界には一人や二人、まったく同じ姿の人がいる。

 その仮説を信じて、目立たず迅速に、あり得るはずの奇跡を求めて奔走した。


 本物の勇者は求めない、けれど似ている人なら、と。


 代役の勇者がいれば、劣勢気味の我が軍の士気も少しは上がる。

 いずれ探し出す勇者までの繋ぎとして時間を稼げる。


 早急に上からの命令を……いや、人間が生き残る希望を見つけなくては。


 そうして私は今日も勇者の代わりになる替え玉を探し各地を回っている。

 

 捜索の合間、挨拶がてら安全な中立国に腰を据えている妹に会いに来ていた。


 そんなとき――……奇跡が起きた。


 勇者と瓜二つ。

 よもや本物では? と見間違えるくらい、そっくりな人間が見つかった。

 あまりの衝撃展開に目眩を覚える。

 何度目を擦っても変わらない姿に心底安心した。

 

 これで人間は少しだけ延命できる。

 そう思った矢先。

 

「ふざけんなっ! 俺を戦争に巻き込む気か? いつもいつも、いい加減にしろ! 戦争なんて、もううんざりなんだよ!」

 

 



 昔日の思いは色褪せず、いつも頭の中を彷徨っている過去。


 俺の人生は生まれたときから不幸だった。

 物心つく前には両親ともに戦争で死に、唯一の家族の兄でさえ、戦争へ無理矢理連れて行かれ幼い頃から一人。

 それでも必死に生きて生きて生き抜いて……大っ嫌いな戦争から遠くに行こうともがいて十五年。 


 人間や魔族が争わない中立の王国【アサド】に来て、ついに人生が好転しだす。


 生まれて初めて好きな人ができた。

 疲れ切った心を溶かす雪解けの季節が、俺にも巡ってきたのだ。


 なのに、また戦争か!

 因縁深く戦争が少しずつ俺に近づいて来る。

 まるで呪いだ。

 俺の周りには常に戦争が絡んでくる。

 だから戦争が嫌いなんだ。

 何が楽しくて戦争に巻き込まれなくちゃならない。

 

「とにかく、ここは中立。勇者の代わりを探したいなら戦場なりなんなり探せばいい。きっと喜んで協力してくれるさ!」

 

「ちょっと待っ――」


 そう怒鳴り、扉を閉めて沈黙を貫いてやった。

 何度も扉を叩く音が室内に響いたが、しばらくすると諦めて帰って行った。


 俺は椅子にどっしりと腰かけ、ため息を漏らす。


 やっとの思いで手にいれた生活を易々と捨てられない。


 もうこんな生活が一ヶ月も続いている。

 俺が仕事から帰ってくるところを狙って話しかけてくるから厄介だ。


 人間が滅びるとかなんとか言ってるが、俺には……この国には関係無い。

 戦争が嫌で争い合うのが堪らなく嫌でここまで来たのに。


 ……それに、ここでの生活を通して魔族は悪い奴じゃないって分かったからな。

 見た目は少し人間とは違うけど、話してみればみんな気の良い奴らさ。


 それでも人間と魔族は戦争をする。

 見た目が違う、能力が違う、そんなつまらない理由で。


 お互いに争い合うなんて、本当は誰も望んでないのに。

 

「……戦争なんて終わっちまえ」

 

 小さな願いを呟く、誰もが望む都合の良い想いを……。

 すると静寂を切り裂くように再び扉が叩かれた。 今度は優しくトントンと。

 

 さきほどの態度とは打って変わって、一体どういう了見だ。


 疑問に思いながらも、また一言強く言ってやろうと扉を開く。

 

「いい加減にしろよ! 俺は――……ルナさん?」


「……ムンくん、どうしたの? 機嫌悪いの?」


「あ、いえ、その! お、落ち着いて、おち、落ち着いてます! 機嫌も、もう悪くありません!」


「そう……?」


 合間が悪すぎますよ、ルナさん!

 来るって知ってたら、もうちょっとましな格好で出たのに!

 それにしても……くぅ~~、今日もかわいいなぁ。


「輪とした顔立ちにピンっと尖った耳。腰まで伸びて、綺麗に手入れされている金髪。華奢な体だが女性からしたら、まさに理想像的だろう。なにより、鋭い目つきの奥にある優しげな緑眼。ワンピースも恐ろしいくらい似合ってる」


「……お姉さんをからかって楽しいですか」


 漏れてたっ!?

 ……いや、別に嘘や悪口を言ったわけじゃない。

 

 いっそ開き直ろう。

 取り繕うのは苦手だし、すぐバレてしまう。


「すみません、つい本音が……」


「っ!? ほ、本音? ――嘘をついても私にはお見通しなんですから……! ムンくんも知ってるでしょ、私はエルフで、相手の目を通して心が読めるんだから!」


 心を探るために柔らかな手で頬を包んでくる。

 あれをするつもりだ。

 そのまま顔を引き寄せ、おでことおでこがくっつくまで近づける。

 

 目と目があい、ルナの緑眼はキラリと光る。 

 おそらく思考を読み取られた。

 何度されても慣れない感覚だ。

 

 とにかく、これで俺の言葉は嘘じゃないと証明されるだろう。


「え……?」


 心を読み、事の真意が分かったルナは次第に赤くなっていく。

 すぐに両手を動かし、照れた顔が露わにならないよう、しっかりと覆う。

 しかし、隠れ切れていない真っ赤な耳が髪の間から見え隠れしている。


 好きだ。


 そんなルナが俺は好きだ。

 魔族を好きなんて、人間として間違っているかもしれないが、それでも好きなんだ。


 幼い日から人間の悪意に触れてきたからか、人間を心から好きになれなかった。その反動で魔族でありながら優しいルナに惚れてしまった……のかもしれない。


 何はともあれ、誰かを好きになれたんだ。

 いつかこの気持ちを伝えたい。

 そして、こんな生活がいつまでも続いてくれたらな、と心から思う。


『魔王軍が攻めてくるぞー!』

 

 俺のささやかな願いは容易く打ち切られた。


 王国中に警報が鳴り響く。

 それは戦争の幕開けを意味していた。


 中立国にあるまじき事態に国中は大混乱。

 まだ本格的に始まっていないにも関わらず、戦争はすでに地獄の風貌を身に纏いつつある。


 自分自身、戦争を避けてここまで来た身だ。

 ……怖い……苦しい……もう嫌だ。

 およそ感じる感情が溢れ出す。

 

「警報が聞こえないの! あなたも逃げなさい。……意地っ張りの頑固者!」


 そんな中、ローブを羽織り、フードで顔の隠れた少女が話しかけてくる。

 な、なんだこのガキ。

 初対面で生意気だな。

 この非常事態にずいぶん肝っ玉が据わってる。

 極限状態でみんな興奮して気が立ってるんだ。

 ぶっ飛ばされても文句言えないぞ。

 

「……言葉遣いがなってないガキだな。お前も避難しな、ここは戦場になる。なんなら一緒に行ってやろうか?」


「ガキじゃないわよ、失礼ね。……でも、一緒に避難するのは賛成よ」


「じゃあ、ルナさんも」


「う、うん」


 見知らぬ少女と想い人の手を取る。

 端から見たら家族さながら避難しているように見えているだろう。


 ……気に食わないが、ちょっと落ち着いてきた。こんなガキに冷静にさせられるとは思ってなかったが、その点に関しては感謝だな。


 正常に稼働しだした脳を使って、今逃げるべき場所を考えた。


 宣戦布告も無しにいきなりこれだ。

 おそらく完全に落とすつもりだろう。

 そもそも、中立であることを無視して攻めてきてるんだ。魔王軍はなりふり構っていられない。


 この国を皮切りに本格的に侵略するつもりだ。


 ……いや、今は先の事を考えている場合じゃない。どこに逃げればいいか考えろ。


 国指定の避難所はダメだ。

 いずれ落とされて、捕虜にされるのがオチ。


 つまりは国外しかないわけだけど。 

 俺には長距離の移動手段が無い……。

 でも、今の俺には守りたい人がいるんだ。

 何もできず、守れなかったら俺は自分を許せなくなる。


「他のみんなは正門離れて逃げてる。たぶん、その方向から魔王軍が攻め込んできてるんだ。奴ら中立なのを歯牙にもかけてない。この国を落とす気なんだ。だから、裏門から国外に逃げるのが無難だと思う……けど、この子の親の意向を無視して勝手に連れて行くわけにはいかないし……」


「たしかに、親御さんも心配してるだろうしね……」

 

「あぁ、危ないけど先に避難所で親を――」


「ちょっと、まだ勘違いしてるの? 私は子供じゃないの。それにルナまで……どこまで鈍感なの」


 少女はフードを脱ぎ、素顔が露わになる。

 いの一番に目に入ったのは、特徴的な耳だ。

 なんと、少女はエルフだった。ルナと同じだ。

 中立国なんだから不思議じゃないけど……。

 

 しかし、ルナにとっては違ったみたいだ。

 

「シャンお姉ちゃん!」


 どうやらルナの姉らしい。

 兄弟でこんなに発育というか……、これ以上は尊厳を踏みにじる、やめておこう。


「ルナ元気そうで安心したわ。それと、勇者似のあなたから嫌な雰囲気を感じたのだけど……。まぁ、時間が無いし後から問い詰めるとして。一言、言わせてもらうわ」


「?」


「反省しなさい。この事態はあなたが引き起こしたのよ」


「は? そんなわけ……」


「ピンときてないみたいだけど。私からの提案を断り続けてきた。その代償よ」


「え? 何それ知らない」


「――は?」


 ドスの効いた声で言われても、本当に知らない。

 エルフなら魔族の中でも珍しいから忘れるなんて、ありえない。

 しかも、何度も会っていたらしい。


 最近あったかなぁ? 何かの提案をしてきた子供なんて……っあ。

 

「まさか勇者の替え玉をずっと頼んでた、しつこい奴か!」


「やっと気づいたの……? あの時はフードなんて被ってなかったんだけど」


「ごめん、ちゃんと顔見てなかった。背ちっちゃいから」


 それに魔族であるエルフが勇者を探してるって意味わからないし、結びつける方が難しい。


「……いちいち気の触る奴ね。まぁ、良いわ」


「それで、何で俺が反省しなくっちゃならない。勇者の替え玉を断ったくらいで」


「あなたにとってのくらいが、人間にとっては大損害なの。今回の戦争だって、あなたが快く受け入れてくれたら起きなかったのよ! ルナもこの国も巻き込まれずに済んだ!」


「っ!?」


「シャンお姉ちゃん、言い過ぎじゃ……」


 心が収縮し、罪悪感に苛まれる。

 人生で最も避けてきたものを俺自身が起こしてしまった……?


 なぜ、そうなった。

 俺は戦争を引き離そうとしてたのに。


 俺が勇者に似ていたからか……?

 勇者のフリを断り続けてきたからか……?

 それに協力しないから、この国、ルナさえも危険に晒したのか……?


 それもこれも全部……全部……


 俺は戦争がついて回る現状、自分が引き起こしてしまったもの、全てに怒りが爆発した。


「全部、俺が悪いのか! そっちが勝手に巻き込んだくせに! ――だったら俺が……俺が……何とかしてやるよ!」


 俺は正門に向かって走り出す。

 逃げ出す人々でごった返している群衆を掻き分けて逆走する。

 呼び止めてくる二人を無視し、ひたすらに走る。

 初めて心の底から腹が立った。

 戦争が俺を求めてるなら、お望み通り真正面から向き合ってやる。

 

 勇者の名を利用して、この戦争を終わらせてな!


 正門に辿り着く、しかし、未だに門は破られていない。交戦した形跡もない。

 正直、とっくの昔に破られているものだと考えていた。

 

 しかし、この状況は好都合。


 上手くいけば、お互いに被害を出さずに収められる。


 俺は城壁の鋸壁部分に立った。

 周りの兵士はいつ攻め込んでくるかもわからない魔王軍に怯えていたので、すんなりここまで辿り着けた。


 俺は肺の隅々まで空気を行き渡らせ、拡声魔法で声の大きさを限りなく上昇させる。魔王軍へ聞こえるように。


「魔王軍に告げる! 進軍を停止し、撤退してください。これ以上の侵攻は勇者の名において見過ごすわけにはいかない!」


 俺は勇者の発言力に驚嘆する。

 ただでさえ遅い魔王軍の進軍を勇者の発言で完全に停止させたのだ。

 それに度肝を抜かれたのはこの国の兵士も同じだ。

 まさかの友軍登場に緊迫していた雰囲気が解けていく。

 ほっ、と胸を撫で下ろす兵士もいる。


 一人の英雄が与える影響力を俺は侮っていた。


 これからは俺の一挙手一投足が世界に影響する、気をつけないと。


「本当に勇者であるならば、勇者の剣を見せていただきたい。偽者の勇者相手に逃げ帰ったでは示しがつかない。まぁ、無い袖は振れんだろうがな!」


 魔王軍の軍勢の中から、敵将と思われる筋骨隆々の男が自信たっぷりとしたバカでかい声で答える。

 拡声魔法を使った様子もない、素でそれか……大した肺活量だ。

 それに、まるで俺が本物の勇者でないと分かってるみたいだ。

 確かに俺は見るからに剣の一つも持っていない。

 疑うのも当然だろう。

 だが、関係無い。

 なぜなら完全に吹っ切れてるからだ。

 頭のタガが。


「見せれば退いてくれるんですか?」


「……は?」


 当たり前のように吐き捨てた言葉は敵将を困惑させた。


 俺は澄み渡る青空に向けて手をかざす。

 一同は勇者の行為を不思議そうに見つめる。

 敵将も例外ではない。

 

 しかし、いつまで経っても変化が無い。


「やはりハッタリ――」


 痺れを切らした敵将が言葉を発した次の瞬間、何かが空中を切り裂き勇者の前に現れた。


 勇者の剣だ。


 剣を鞘から抜き、剣身を剥き出しにして見せつけるように掲げる。


「世界に一つしかないとされる神鉱石【シャラコラ】の特徴とされる輝くエメラルドグリーンの剣身。柄には王家の紋章……本物……? ありえない……。あれは本物だ!」

 

 敵将は勇者の剣を本物だと断定した。

 だったら本物なのだろう。


 しかし、これは何が起こってる?

 その場の雰囲気でやったら勝手に勇者の剣が目の前に舞い降りた。

 冷静に考えたら意味が分からない。

 俺は一般人だぞ。

 勇者だったらいざ知らず……じゃあ俺勇者なのか?


 ……どっちみち変わらないか。


「これで信じてもらえましたか?」


「信じざるを得ないか……。勇者だと」


「――なら、ここはこの身一つで退いてもらいます。捕虜として」

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