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第八話


ほんの一瞬、強い光が瞼を刺した。

私はそれに答えるようにゆっくりと瞼を開け目を擦る。


「ん…。」


今は何時だろう。

肌を撫でる風が少し冷たい。思ったより長く寝てしまったみたいだ。

早く戻らないと。夕食どきに姿を見せないんではみんなに心配をかけてしまう。

視界も頭も少しすっきりしたところで、眼前に何かあることに気づく。

ジャスミン?


「一一っ!!」


咄嗟に私は手で口を押さえた。

寝起きなのにこんなに速く動けた自分に拍手喝采を送りたい。

目の前に居たのはジャスミンではなく、瞼を閉じ規則正しく呼吸するラベルド様だった。


な、なんでラベルド様がこんな所に!?

全身がカッと熱くなり、寝起きの心臓には痛いくらいに鼓動が速くなる。


「ふ、う…」


必死に呼吸を整えるが、全然落ち着いてくれない。

それはそうだ。

寝息がかかりそうな距離に銀色の毛並のいい耳とよく手入れされた柔らかい茶色の髪を纏っているている整った顔のいい男が寝ているんだから。

早鐘を打つ心臓は胸の高鳴りと言うよりは警告をしているかの様で全身を巡った警告は金縛りのように私を暫く動けなくした。

と、ラベルド様の首元がキラリと光る。あぁ、私を起こしたのはチャームに反射した光だったのか。

ふと息がやっとできて、金縛りに合っていた私の体に自由が戻ってきた。

さぁ、とりあえず一旦距離を取らなくては。心臓がいつまで経ってもうるさくてまた動けなくなる前に。

起こさないように上半身をゆっくりと起こすと、ツンと袖が引っ張られる感覚。

見ると自分の尾を抱いて寝るラベルド様の手が尻尾と一緒に私の服を掴んでいるようだっだ。

掴まれた服の一掴みをゆっくりゆっくり引き抜く。

引き抜いたそれはしわくちゃになっていた。だいぶ力を入れて握っていたようだ。今は引き抜けるくらい緩んでいて助かった。

そうじゃなかったら掴まれていたところを切ることも辞さなかっただろう。


そんなことを考えていると、隣でモゾっとラベルド様がみじろぐ。

もしかして起こしてしまっただろうか。


「ん…」


瞼の動きに合わせて銀色の耳がピクピクと揺れる。

そんな様子をまじまじと見つめていることに気づき私は慌てて目線を外したが、この後どうしたら良いか分からず出来たのはラベルド様に背を見せることくらいだった。


「…あ、れ…?」


真後ろからラベルド様の声が耳に届く。

いつもとは違う、寝起き特有の少し甘ったるい声。

いつもとは違うラベルド様の声のギャップに今一度鼓動が速くなっていくのがわかった。

落ち着け私。


「…オルガ、殿…?」


ふと呼ばれた自身の名前に思いっきり肩をビクッとさせ、恐る恐る後ろを振り返る。


「お、おはようございます…」


返事しないのもなにか悪いような気がして咄嗟に出てきた言葉を紡ぐ。


「ッ!」


寝起きだろうにそれを感じさせない勢いでラベルド様はガバッと上半身を起き上がらせる。


「すいません、私…オルガ殿を探しにきて…それで…気づいたら…眠っていて…」


今までのことを確認するように1つ1つ言葉を並べるラベルド様。

察するに私を探しにきて気づいたら隣で寝てしまっていた事を説明してくれているんだろうが、箇条書きのような説明だ。

きっとラベルド様も今の状況がよくわかっていなく焦っているのだろうと思う。


「ふふ、2人してうたた寝をしてしまいましたね。」


此処は軽くフォローを。

そのつもりもなく眠ってしまったラベルド様の方が驚いている筈だ。

私の言葉に少し安心してくれたのか、伏していた目が持ち上がる。


「ご迷惑をおかけし…ッ!オルガ殿!?」


ガバッと目を見開いたラベルド様は両の手を私の頬に当て強制的に上を向かせた。

一瞬で私の視界はラベルド様の顔でいっぱいになった。


「ひゃっ!?」


驚きで硬直している私の顔をラベルド様の焦りを滲ませた瞳が覗いてきて余計体が動かなくなる。


「オルガ殿の綺麗な緑色の瞳が…」


私の瞳?


「一体何が!?こんなに瞳が赤くなって…一体何が…」


え、瞳が赤くなってしまったのか。仕方ないと言えば仕方ないとは思うが、私はまだまだ修行が足りない証拠だ。

目の前で狼狽えるラベルド様。

あぁ、これは体質なのに私が言わなかったばかりにラベルド様にこんな顔をさせてしまった。その点も改めて反省しなくては。


「大丈夫です…これは体質みたいなものなので…安心してください。」


私を頬を包む微かに震える手を安心させるように自身の手を重ねた。


「驚かせてしまって申し訳ありません。」


「本当に大丈夫なのですか…」


「はい。今の赤い瞳は…緋龍の涙によるものなのです。」


要領を得ないと言った表情で私の顔を見るラベルド様に私は続ける。


「私は緋龍の加護を直接取り込んでおります…その影響といいますか…感情が大きく揺れると…瞳が赤くなってしまうのです…。」


私は出来る限り目を伏せた。

そう、瞳が赤いということは感情が大きく揺れたと言うこと。それは悲しい感情でも嬉しい感情でも幅が大きければ色が変わってしまう。瞳の色の変化をラベルド様がどう捉えるのかは分からないが、少なくても私の感情に大きな波が来たことを言わずとも瞳でそれを告げてしまっている。

驚いた、くらいで思ってくれてると良いが。


「普段はコントロール出来ているのですが、急な事にはまだ対処できてないようで…お恥ずかしい。」


「なるほど…そうだったのですね、なんともなくて良かった。」


「お伝えしておらず申し訳ございません。自分で言うのは少し恥ずかしいといいますか…なんと言うか…。」


「いえ、こちらこそ取り乱してしまって…」


ふと、ラベルド様は私の頬に触れていた手をぱっと慌てて離した。


「すみません!驚いたと言え、女性の方にとんだ不敬をっ!」


「あ、そんな!私もびっくりはしましたけど、体質を言わなかった私のせいですし。」


私が苦笑いを浮かべると、ラベルド様も釣られたように苦笑いを浮かべた。


「…では、お互い様という事にしませんか?」


「はい、そうしましょう。」


そうしてしばし私たちの間を静寂が流れた。


「あの、そろそろ戻りましょうか…日もだいぶ傾いてきましたし…」


「そ、そうですね!」


そう言うとラベルド様は勢いよく立ち上がる。

それに釣られて私も立ち上がり服についた枯草を払った。


「あの、オルガ殿。」


「はい、なんでしょうか?」


「またここに来てもいいでしょうか?」


そう言うラベルド様は水平線に沈み始めた太陽の方を向いている。

優しいオレンジ色を纏い地平線へ溶けていく太陽はそれはとても美しく、思わず呼吸を忘れてしまう程だ。

此処から見る夕日は私も大好きだ。


「もちろんです。いつ何時でも。」


「ありがとうございます。」


それから私たちは冷えてしまった紅茶と齧ることのかなったクッキーを持って帰路についた。



一一一一一一一一一一一一一



月が南から西に傾き始めた頃、私はカーディガンを羽織り部屋を出た。


眠れない。

目を瞑ると昼間のことが瞼の裏で映画の上映をするように思い出され、鼓動が速くなって寝るどころか目が冴えてしまった。


気持ちを落ち着けようと盆にレモネードと昼間の残ったクッキーを皿に数枚乗せて中庭にやってきた。

眠れない夜はいつもこうしている。

幾分かすれば遠くに聞こえるさざなみが私を眠りに誘ってくれるだろう。


テーブルと椅子の端をスッスッとなぞる。私の操作に反応して大きいテーブルが1人にちょうどいいコーヒーテーブルとひとりがけのソファーへと形を変えた。

なにを隠そうこれはホワイト様が作られた魔道具。決まった操作をすると人数に合わせたテーブルや目的に合った椅子へ変換してくれる凄い品物だ。

そんなテーブルに盆を乗せ、下げていた小さいトートバッグから蜜蝋木にキャンドルホルダー、ライター、少し薄めの文庫本を取り出す。

蜜蝋木に火をつけてホルダーに乗せる。蝋燭に薪を足したような性質の蜜蝋木はチリチリと音を立てて小さな火で辺りを照らした。眠くなるまで読もうと買ってそのまま本棚にしまっていた巷で噂のファンタジー小説を引っ張り出してきた。流行に敏感なジンジャーはこの小説の話を私としたいみたいだけど私が未読なばかりにその話は延期中。表紙を開き冒頭数ページを読む。流石は巷を賑やかにしている作品…続きが気になるところだがなんだか今日の私はいまいちその波に乗れない。


ラベルド様達御一行がこの島へ来て約1週間。お互いに慣れてきたような気はする。毎日同じ釜の飯を食べているからだろうか、自然と会話も増えた。心配されていたラディさんも特に変わったところもない。気づいてないだけかもしれないけれど。

なんだかんだ色々あって目まぐるしいが毎日新たな発見があって楽しい。そうそう、ジンジャーの意気込みも変わらずで毎日違う服を着せられている。1日に作業着でいる事が多いがみんなでのご飯の時はその都度お着替えをさせられる…まぁ、それにも少し慣れてきたな。


火の揺らめきを見ながら日々のことに想いを巡らせているとふと背面に人の気配がした。

ゆっくり振り返るとそこには一。


「こんばんわ、オルガ殿。」


「ラベルド様、こんばんわ。」


ジンジャーか先生かと思っていた私は内心とても驚いた。ラベルド様に驚いたのは本日2回目だ。瞳が赤くなっていないと良いのだけど…。


「あの、眠れなくてですね…」


私が疑問を投げかける前にラベルド様は答えを返した。


「…私もです。」


「オルガ殿もですか…。眠れないので外の空気でも吸おうと出てきたら、ぼんやりと明かりがあったもので夏の虫みたいに誘引されてきてしまいました。」


「ふふ、面白い例えですね。」


「的確な表現です。」


苦笑いを浮かべたラベルド様を隣の席へ案内した。眠れない夜は明日はゆっくりしたいものだから私と同じ1人がけのソファーがいいだろう。

傍に置いてあった晩御飯の時に使った形のままの椅子を触り、同じソファーに変える。


「椅子にこんな仕掛けが…毎日座っていたのに知りませんでした…もしやこれもホワイト様が…?」


目を丸くしたラベルド様は椅子をまじまじと眺めた。


「ご名答です。」


「いや、本当にホワイト様のポテンシャルというか…センスというか…測りきれません…。」


「ええ、本当に。良ければ使い方お教えします。」


嬉しいと言わんが如くラベルド様の目がキラキラと輝く。


「その前に飲み物とお菓子お持ちしますね。」


「すいません、ありがとうございます。」


そうしてわたしはキッチンへ足を向けた。

向かう途中、ウマオイが長く鳴いた。


こんにちは、二会柚璃です。

読んでいただきありがとうございます!

本編次回の更新は10/25です。

人物など紹介ページ9/25に追加予定

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