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第七話



「本日もありがとうございました、ラベルド殿。」


「こちらこそ良いお話が出来ました。」


今日は長く取引して頂いている、ライド呉服店のオレン殿とのお打ち合わせだ。

ライド呉服店は『家族で探そうお気に入り』をキャッチコピーに紳士淑女から子供向けまでさまざまなサイズ展開している。また、地域の工芸品の布や刺繍リボンなど手芸用品も豊富に取り揃えていて裁縫に日々取り組む女性たちにも人気だ。


「こちらこそ、蒼桜貝の貝殻…あぁ今から届くのが楽しみです…。」


また、製品を取り扱いつつ、原料を仕入れ自社独自の加工品を作るのもとてもお上手で、お店へ行く度目新しいものが増えていて裁縫に疎い私でもとても楽しめるお店だ。

固定客が全体の7割を超えるそうだが、新規の客の囲み方も目を見張るものがあって日々密かに学ばせてもらっている。


「あ、そう言えば今泣き島に行っていると聞きましたが。」


無事お打ち合わせが終わったところで、オレン殿が私にタイムリーな質問を投げかけた。


「はい、社長からお聞きに?」


「ええ、会うたび色んなお話をしてくださいますので。」


オレン殿はお取引のある所でも古株で、母様からの信頼も厚い。

また、女性客の多いお店を経営されているオレン殿にどうやら色々話を聞いたり相談をしている様で…特に私のことを。なのでオレン殿は私の周りの色ごと事情はよくよく承知していらっしゃる。

全く私のプライベートな問題を何だと思っているんだと最初そこ母様に悪態をついたものだが今やもう慣れた。それに身内以外にこう言った話を聞いてもらうのも意外と良いものだともわかったしな。


「今回のお相手は如何ですか?毎回手を噛まれている様ですが…」


からかった笑顔を浮かべながらオレン殿は私を覗き見た。


「そうですね…いい意味でとても普通の方ですよ。あぁ、それと驚いたことにラムイヤの網にも引っかからない様で。」


「おお!本当にそんな事が!ラベルド殿それはもう、運命では?」


「え?」


「いやぁ、それはもう運命でしょうなぁ。」


オレン殿はしきりに頷き納得した様子で目を細めた。当の本人の私は置いてけぼりだ。


「運命、ですか?」


オレン殿の思いがけない言葉に思わず聞き返してしまう。


「そうです。ラベルド殿にもやっと運がついてきた…いや、千載一遇のチャンスとはこのこと。」


「はぁ…」


自分でも女性運が悪いのは承知している事実だ。

と言うか…母様が連れてくる相手がいつも…と思わなくはないが事実は事実か。

ところで、はてオルガ殿が運命の相手だと決めるには些か早急すぎる気はする。


「まだ知り合って数日です。そう決めるのは早計なのでは…」


「何をおしゃいます、ラベルド殿。今までを振り返ってご覧なさい。ラムイア殿が5日調べて網にかかっていない方がいらっしゃいますか?」


画面越しでも分かるくらいぐいっと体を乗り出してオレン殿が私に問いかける。


「それは…」


ラムイアの意外な能力が判明した1番最初の出来事…通称『芽吹き事件』。

それ以降ラムイアは私に縁談が来るたび独自のルートで相手方のことを調べあげ必要に応じて対処してくれた。独断で行なってはいたが、事後報告は必ずしてくれていた。大体私が縁談の話を母様から聞いた後5日くらいには第一回目の報告が上がってくる。

そう、今回の縁談も数日すればラムイアから事後報告があるのかと思っていたがこれが私がこちらへ出発するまでなかった…異例ではある。

直接本人の周りで調査等出来なかった事もあるのかと思って様子を見ていたがいまのところ音沙汰なし。


「確かに奇有なことではありますが…まだ相手のことを推し測りかねます…」


オレン殿に率直な意見をぶつける。

オルガ殿は今まで私が関わってきた女性の中でいい意味でずば抜けて普通だ。

本人も仕事に対しての情熱も目標もしっかりしていて応援したくなる人柄で…まぁこれは頑張っている人を応援するのが、私自身好きなのもあるが。

まぁあとは…笑顔も可愛らしいし、あの若葉の新緑の様な柔らかい瞳には何故だかこう…惹かれるものは…ある。


「ふふそうですか…まぁ、今そうだとしてもすぐに分かる時が来ると思います…私の勘ですが。」


「…」


オレン殿の勘、これ以上に説得力のあるものは中々ない。それを裏付けるほどにたくさんの実績が彼にはある。

オレン殿の言う事が本当だとすれば、女性運最悪なこの私が人並みの恋愛をできると言っておられる。

もっとわかりやすく言うと、オルガ殿と恋仲になると言う事だ。

オルガ殿と…。


「その方との、今後のことは前向きに考えてみます。」


まぁ、ここは無難に返事をしておこう。

此処で違うと断言するのもなんだか違う気がするしな。


「ええ、それは絶対に。」


曖昧に返した私の返答に声色を深めてオレン殿は返事を返した。


「さて、私はラベルド殿の将来の奥様用にドレスの仕立て準備を始めないといけませんね。」


「え!?」


さっきとは打って変わって、いつもの明るい声でオレン殿は画面越しに私にウインクをする。

私を見つめるその顔は遊びに出かける子供の様に喜びと興奮を混ぜ合わせたキラキラした表情で、とても楽しそうだった。


「ラベルド様が人並みの恋愛をし結ばれる。バルディア殿と長年見守ってきた身としましてそれほど嬉しいことは有りません。このオレン、自分がでできる中での最高の仕立てをするとお約束します。」


「あの、オレン殿…」


「今日から忙しくなりますな。では、お話の途中で申し訳ありませんが、退出させてもらいますね。」


良い日々を、とオレン殿は言い残し魔鏡石の通信を私の返答を待たずにぷつりと切ってしまった。


しばし静寂が流れる。


「お疲れさまでございました、ラベルド様。」


私の隣で別な作業をしていたウォタソンがいつもの調子で私に声をかける。


「こちらの資料や手紙の返信まとめ終わりましたので後程ご確認くださいね。」


「あぁ、ありがとう。いつも助かるよ。」


ウォタソンの脇に積み上がった書類の束をちらりと見たながら背中を椅子に預けた。少し休みたい気分だから、今すぐには確認できなさそうだ。


「いえ。それにしても本日のご商談だいぶ盛り上がってらっしゃいましたね。」


「…そう見えたか?」


「はい。」


ウォタソンはサイドテーブルに置いてあった盆をとり、私の眼前にある中身が空になったカップを回収する。


「ウォタソンはオルガ殿の事どう思う?」


私の問いにウォタソンはいつもと変わらない顔で私の顔を見やった。


「最終的に決めるのはご本人同士ではないですか。私の意見など取るに足りません。」


「なんだよ、連れないな…相談くらいのってくれ。」


「…ラベルド様の恋愛相談に?」


意地悪い笑顔を浮かべるウォタソン。

分かっているとも。

毎度恋愛相談とは程遠い、本気の相談になってしまう事は。


「そ、そうだ。オレン殿に検討すると言ってしまった手前、少しは前向きに検討はしないとな。自分以外の評判を聞くのも相手を知る上で結構大事だろう?」


「まぁ、確かにそうですが、相手を知るのにはやはり自分で直接会って話す事が1番な気がします。」


「意外と真面目に答えてくれるんだな。」


「意外とは心外です。」


そんな話をしていると部屋がノックされ、手提げのバスケットを持ったラディが部屋に入ってきた。


「ご商談そろそろ終わりかと思いましてお茶とお菓子を持ってきたのですが…早く終わっていたのですね。」


ふふ、とラディが怪しい笑みを一瞬浮かべたのを私は見落とさなかった。


「ラディ?」


訝しむ私を横目で見てラディは抱きしめていたバスケッドを私の眼前へ突き出す。


「紅茶がぬるくなる前にオルガ様とティータイムしてくださいね。」


オルガ殿とティータイム?

要領をえない私を無視してラディはグイグイとバスケットを私に押し付けそそくさと部屋を出ていった。


「ちょうどよかったですね。」


「なにがだ?」


「オルガ様と会う理由が出来たじゃないですか。」



一一一一一一一一一一一一一



突拍子なことで思わずバスケットを受け取ってしまったが、オルガ殿と言われてもなぁ。

その場にいたウォタソンもティータイムに誘ったが丁重に断られた。

それにラディなんだか何かを企んでいそうなそんな表情だったような。

考えすぎか…?

まぁ、とりあえず受け取ってしまったことには仕方ない。オルガ殿をお茶に誘おう。

して、ガラス工房に来たのだがオルガ殿の姿はない。畑を覗いてみてもいない。

居そうな場所の心当たりはこれくらいしかないんだよな…どうしたものか。

ふと、あるものを思い出して着ていたジレの内ポケットを探る。


「あった。」


内ポケットから出したのはオルガ殿に貰った赤い折り鶴。この子「チェリー」の事を研究するべくいろんな事を試してみたりしたが、オルガ殿との手紙のやり取りは初めにテストと称して1度送ったきりだ。

連絡手段としても用いて居たと言っていたしこの子に頼めばオルガ殿の所に案内してくれるかもしれない。オルガ殿の所まで、と念じながら折り鶴の頭を折ると、チェリーは自ら赤い羽を開き少し伸びをした。そして羽をパタパタと動かしてふんわりと私の手を飛び立った。


「そっちだね。」


私についてこいと言わんが如くチェリーは私の前を飛ぶ。少し進んでは止まり後ろにいる私を確認している。

心配性というか、ちゃんとついてきてるんだろうなと私に注意を促しているかのようだ。

その様子は小動物を見ている様でなんだかとても可愛らしい。


木々の間をチェリーの後をついて行く。獣道を歩いてくのかと思えば草木がきちんと整備されていて歩きやすい手入れされた道だ。木々の間を吹き抜けていく風が汗をかいた肌を掠めて心地いい。

少し喉が渇いてきたところでパッと目の前が開けた。


初めに大きな木が目に入った。遠目でも分かるくらい立派な木だ。目線を左に向けるとそこには白い背丈の短い花がたくさん風にそよいでいた。バスケットを置き、しゃがんで見てみると肉厚な白い三角形の花びらが八方に広がっていて太陽の光を淡く反射する…なんだか星を思わせる花だった。

多分これはパールヴァイスだ。こんなにもたくさん、この島に咲いているのはこれを置いて他はない。此処はきっと緋き竜の治療場の近くなのだろう。にしても…。


「すごく綺麗な場所だ。」


淡く白く光るパールヴァイス。

深いコバルトブルーの海。

生命力を感じる緑の木々。

絵画を思わせるような光景に思わず感嘆が漏れる。


『そうでしょう!』


「わっ!」


独り言に返答が返ってくるなんて思ってもなかったので肩を大きく揺らし素の驚いた声を上げてしまった。バスケットを手に持っていなくてよかった、間違えなく落としたいた。

声の主を探そうと周りを見渡すと眼前に拳大の羽根の生えた人…妖精がひょっこりと現れた。白い花のカチューシャが目を引く彼女がどうやら声の主のようだ。


『初めまして!私はフラワーナイトのジャスミン』


「は、初めましてジャスミンさん。」


自らをジャスミンと名乗る妖精はニコニコと笑いながら私の周りをくるくるとまわる。


『堅苦しくしないでいいよージャスミンって呼んで!』


「ありがとうジャスミン。」


色んな土地を渡り歩いてきたが、妖精は初めましてだ。彼らは基本的に姿を見せたい時にだけ姿を見せる高貴な存在という認識なのだが意外とフレンドリーなんだな。

それに身につけているのはエプロン?最近エプロンを着ての作業が多かったから少し親近感が湧いた。

とりあえず、言動を見るにこちらに敵意はなさそうだ。


『ラベンダー色の瞳に…銀色の獣耳…それにもふもふのしっぽ!ねぇ、あなたってもしかしてラベルド?』


「そうだけど、なんで名前を?」


『やっぱりそうなのね!他の子から聞いてる!会えて嬉しいよ、オルガの婚約者様。』


最後の4文字を強調しながら、ジャスミンはニコニコと喋る。


「…こちらこそ。」


少し濁しながらジャスミンの挨拶に答える。


『オルガを探しにきたんでしょ?案内する!』


先ほどまで姿の見えなかったチェリーもいつの間にか加わり2人と1枚でオルガ殿の元へと歩を進める。目的地は察するにあの大きな木下なのだろう。


『その箱いい匂いがするね』


ジャスミンは私が持ってきたバスケットの上に乗る。重さが増えた感じない。妖精って重さがないのか…?


「紅茶とお菓子が入ってるんだ。オルガ殿とお茶をしようと思って。ジャスミンもいっしょにどうだい?」


『本当!?嬉しい!お呼ばれする!』


嬉しそうにするくるくる回るジャスミンの隣には鋭い目線を向けるチェリー。目があるようにはみえないが、人や物•色も認識いるみたいだし私が見えないだけで実はあるのかもしれないな。


「もちろん、チェリーもね。」


チェリーはパタタと羽を小刻みに振った。

誘ったはいいが、紅茶やお菓子をチェリーどうやって食べるんだろうか。

凄く興味がある。


そんなこんなで木のそばまでやってきた。


『オルガお昼寝中だから静かにね』


「え、そうなんだ。出直そうか…起こすのも悪いし。」


『大丈夫!もうすぐ起きると思うからラベルドも少し休憩して行って!此処でのお昼寝はとーっても気持ちいいんだよ!』


私の返答を待たずにこっちこっちとジャスミンに手を引っ張られる。すごい力だ、振り払えない。

一体どこにそんな力が…?


『静かにね』


ジャスミンに静止され、下に目線を落とすとそこには探していたオルガ殿がいた。

瞼を閉じ、髪も睫毛も吹かれる風に身を委ねていた。


『ラベルドもどーぞ!』


私の足元でジャスミンがポンポンと地面を叩く。立っていても仕方ないので眠るオルガ殿の隣に腰を落とした。

寝顔を覗こうとは思ってはいないが、自然と目線がそちらに動いてしまう。

穏やかに寝息を立てる彼女に心なしか少し鼓動が早くなった気がした。

そして、木々から溢れる光が彼女の髪の上で煌めくので、思わずその光に手を伸ばしそうになりハッとする。

何をやっているんだ私は!

色んな感情が込み上げできて顔がカーッと熱くなる。そんな顔を誰にも見られたくなくて慌ててオルガ殿に背を向けて寝転がった。白のワイシャツが汚れそうだがそんなのは気にしない。


『とっても気持ちいいでしょー!』


私の顔のそばで呑気なジャスミンの声が聞こえた。


「そうだね、とっても風が心地いいよ。」


内心のバクバクを悟られないようにいつも以上に落ち着いた言葉でジャスミンに返事を返した。

実際、そよそよ吹く風も木から溢れる木漏れ日も最高でとても心地よかった。それにジャスミンの声の方から香る香りはまさしくジャスミンの香りで少しずつ鼓動を落ち着かせてくれた。


「ジャスミンの髪飾りはジャスミンなんだね。」


『そう!とってもいい香りでしょう!』


「うん、とっても心が落ち着くよ。」


ジャスミンと話していても背中にもちろんのことながら人の気配があって…気配を感じるごとにまた鼓動が速くなる。

なんだか…なんとも言えない心持ちだ。

にしても、なんでさっきはあんなことを…。

1人悶々と自問自答するがこれだ、と言う返答はなかなか出てこない。

とりあえず、オルガ殿早く目が覚めてくれますようにと思いながら私は瞼を閉じ、風に身を任せた。


こんにちは、二会柚璃です。

読んでいただきありがとうございます!

本編次回の更新は8/25です。

人物紹介ページ作りたいと思っていたり…します。


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