第六話
「本日はラベルド様にご相談したいことがございまして。」
「どう言ったご相談でしょう?どんな事でも承りますよ。」
ジュノとの邂逅した翌日の午前。
ガラス工房にて私は相談事をラベルド様に切り出した。
どんな事でも承りますってだいぶ私のに対して冗談も言う様になったのね。
私が無理難題を吹っ掛けたら一体どうするつもりなのだろう。
まぁ心配しなくてももちろん、仕事のことなのだけども。
「ドラゴンティアのセミオーダーを考えているんです。」
「セミオーダーですか?」
「はい。小瓶の形はこの4つ、中身は4つの香り、ボトルに入れるガラス玉はこの12種類から2つ選べます。」
そう言いながら私は今日の為に作って置いた企画書をラベルド様の眼前に並べる。
「日常使いには留まらずもっと贈り物としての市場を作っていきたいと思っていまして。」
「だから瓶も小ぶりなのですね。」
「はい。書いていませんが誕生石を意識してガラス玉を作っています。友達なら送る方の好きな色や形で、恋人との同士ならお互いの誕生石を入れることも可能です。」
「なるほど…需要はあると思います。」
「本当ですか!ではお店での受注に関してはどうでしょう?面倒でしょうか?」
「そんなことはないと。形は決まっていますし選ぶだけですのでお客様も従業員もそんなに大変ではないかと思います。」
ラベルド様の返答にホッと胸を撫で下ろす。
小瓶の流通は深き緋の治療に欠かせない。
少し行き詰まり気味の治療に少し変化をもたらしてくれるといいのだけど。
「最初の受注はある程度数を絞った方が良いですね。」
「そうですね。」
初めての試み。
数を絞り市場の売れ行き、ニーズの見極めは大事だ。
まったく注文が来なかったら、陳列棚の場所の提供、宣伝等やってくださるラベルド様達にご迷惑をかけるだけ。
少ししゅんとした心持ちでいると、ラベルド様
が私の心とは真逆の明るい声をかけた。
「いいえ、オルガ殿。数を制限しないと4桁くらい注文きてしまいますよ。」
「え?」
ラベルド様のその声に思わず声が高くなる。
「オルガ殿が思うより、ドラゴンティアは人気なのですよ。オルガ殿の思う桁、1桁は違うと思います。」
「そ、そんなに…。」
「ええ、そんなにです。」
基本発注の数をこなしているだけで、ポーションの製造と似た消耗品としての心持ちだった。もちろん、嗜好品だとは重々承知した上で丁寧に仕事はしていたつもり。
治療の面でも数をこなすのが良いとも思っていたけれど、ドラゴンティアと言う名前で買ってくれてる方もいるのね。
それが新規さんなのかお得意様なのかはわからないけど、リピートして使ってくれるのは素直に嬉しい。
「前にも言いましたよね、自信を持っても良いと。オルガ殿はもっと自分を客観的に見るべきだと思いますよ。そこにあるのは明るい声が多い。」
「…ありがとうございます。」
それからはドラゴンティアの新企画について意見を交わし合った。
結構話が激化し弾んで、喉も渇いたので少し休憩を入れる。
「そういえば、ドラゴンティアの小瓶の蓋は小瓶がどんな形でも中身でも変わりませんよね…こだわりの、部分なのでしょうか。」
ラディさんが持ってきてくれたオリジナルブレンドのハーブティで喉を潤しながら雑談をする。その内容が仕事に付随する事なのは今はまぁ気にしないことにする。
「そうですね…こだわりといえばこだわりですね。」
ラベルド様をチラリと見ると好奇心が目に宿っていた。
ラベルド様はお得意様の商会様の息子であり、ゆくゆくは経営の中心を担う方…言っても大丈夫だろう。先生もラベルド様に対して余す事なく知って欲しいと言っていたし、ラベルド様たちが来る際の話でも止める様な事何も言っていなかった。
「こちらの小瓶の蓋は深き緋の治療の要でもあるのです。」
「治療に?」
ラベルド様の瞳に宿る好奇心が今一度キラリと光った気がした。
「はい。先代のホワイト様は魔法、武術、発明力、美貌…何をとっても凄い方でしたがその中でも特筆すべき事が、感情を見る力があったことです。」
「感情を見る…?」
「ええ、悲しければ青、嬉しいは黄色、興奮やワクワクは赤、恋愛的な感情はピンク、温かい気持ちは橙と言った様にその人が今抱く感情が色となって見えたそうです。」
「それが治療にどの様に?」
すっかり仕事モードに入った様子のラベルド様は、先ほどまで次々と口に放り込んでいた星型クッキーを皿へ置いていた。
「深き緋の治療にはパールヴァイスと言う浄化作用を持つ花が使われています。このパールヴァイスはその浄化作用の為か育ちが遅いのです。日々溢れる瘴気を吸収するには生育を早める事が必要でした。ホワイト様は様々な文献を読み実験を重ねて、生き物が多くいる場所に咲くパールヴァイスは生育が早い事を発見し、その生育に寄与しているのは感情だと言う事を突き止めたんです。感情の動きが特に多く多量な人間の感情に注目し、そして人の感情を濾しとるとこに成功しました。それを〝感情の雫″と呼び生育促進剤として使っているのです。」
「では、この蓋には感情を濾しとる術か何をかけられている…と?」
流石はラベルド様。
一回の説明でここまでご理解くださるなんて、ご理解が早くて大変助かる。
「ええ、その通りです。もっと細かく言うと大元の瓶…〝親瓶″への中継をしています。」
「中継…では、周りの感情を集めてそれを…大元の瓶へ送っていると?」
「ええ、様々な所ので湧き出た雫を数カ所に設置した親瓶へ集めて回収しているのです。フィルア商会様にも置いてもらっておりますよ。」
「えっ!?」
ラベルド様は大きな声をあげ、私をみる。
本当に?と言われてるのがわかるくらい目力が強い。
どうやらとても驚かせてしまったみたいだ。
「お店の端に少し大きな瓶が置いてなかったでしょうか?場所が変わっていなければ本店入ってすぐ右奥のダリアの花が書いてあるキャンバスの後ろあたりに置いてあるかと思います。」
ラベルド様は少しうーんと頭の中にお店を思い出している様子ですぐにあっと声を上げた。
「確かにそのに大きな花を一輪模ったキャンバスの裏に花の装飾が彫られたガラスのボンボン入れがありました、お店に深き緋の治療に関わっている物があったとは…ただの親の趣味のものかと思っておりました…。」
家の店のことなのに知らないとは恥ずかしい、と付け加えるラベルド様。
「ラベルド様も上手く感知できない、それでこそ〝親瓶″がきちんと動いてる証拠です。」
「そう言うものなのですか?」
少し絶望を混ぜた悲しそうな表情を浮かべたラベルド様が私を覗き見る。
気遣いをしている様に見えてしまったのかもしれないが、これはまごうとなき事実。
「はい、〝親瓶″は雫が見えない様に術が組まれて居るのです。〝子瓶″は周りに居た人の感情をそのまま濾しとります。それはどんな感情でも関係ありません。そのまま中身が見えてしまってはそれが何なのかをわかっている人に不安や不快感を与えかねせんので、あえて何も見えない様にしているのです。」
「確かに、暗い感情ばかり雫が溜まっていったら…嫌な気分になるかもしれませんね…」
「ええ、ですので見えない方が都合がいいのです。」
納得した様子でラベルド様はハーブティーを一口口にした。
「先代様はそんな細かいところまで気を使いながら治療にあたっていらっしゃったんですね…いや、今もそうですよね、なんといっていいか…。にしてもまさか家の秘密をオルガ殿から聞けるとは何だか不思議な心持ちです。」
「ふふ、確かにモヤモヤしちゃいますよね。」
「はい、でも自分の家でもまだまだ知らない事があるんだと再確認させてもらいました。…ところであの…その感情の雫を見学させてもらったりは出来ますか?オルガ殿の話を聞いたら好奇心が抑えられなくて。」
「ええ、もちろん。普段は先…シュルド様が主にやっております業務ですが私でも案内できますので。」
「本当ですか!ありがとうございます、楽しみです。」
ニコリと微笑むラベルド様。暗かった顔にいつもの笑顔が戻ってきみたいだ。
「今日の午後に…あ、本日は会議がある日でしたね。」
ふと部屋のドレッサーの横に張っている初日に受け取ったラベルド様の仕事の日程表を思い出して話を止める。
「はい、残念ながら…。」
そう言うラベルド様の肩は言葉通りに残念そうに下がっていた。
明るく前向きなラベルド様ばかりを見てきたから何だか新鮮…それとも、私に少し気を許してくださっている事から来ている行動ならちょっと嬉しいな。
「では、明日の午前にでもご案内いたしますね。」
「ぜひお願いします。」
嬉しそうに微笑むラベルド様をみて、何だかこちらも思わず笑みが溢れる。
あぁ、これが〝いい男の持つ魔力″というやつかもしれない。
それにしてもラベルド様の好奇心という勉強欲というかそれには救われる部分がとても多い。話題が尽きなくて迎え入れる側としてはとても安心してお話ができる、本当にあるがたい。
それはそうと、ラベルド様のいない午後の間何をしようか予定を立てるのを忘れていたな。
何をしよう。
考えるのが少し億劫なのでもう思い切って午後はオフにしよう。ラベルド様がお仕事している傍らオフとは少々罪悪感と言うか何と言うか感じなくもないけれど。
それからしばらく雑談をしていたら畑に寄ろうと言う話になり、畑で一汗流してその日の午前は解散となった。
一一一一一一一一一一一一
「んー!」
大きな樫の木の下で思いっきり背を伸ばす。
頬を撫でる風が気持ちいい。
ここは治療場の少し下、休憩出来る所として作られた場所だ。
とは言っても何か建物などがあるわけではなく、管理された大きな木の下にテーブルと椅子2脚がちょこんとあるだけ。
それでもここを吹き抜ける風と地平線が見える海、そして眼前に広がるパールヴァイスが最高の癒しを提供してくれる。
ここでお昼寝をするのが最高で、仕事の合間時々息抜きしにきているオフには最高な場所だ。
先生も好きな場所で時々居合わせるのだけれど、今日は居ないみたい。
さてと。
私は芝の上に引かれた大判のバスタオルの上に背中を預けた。と、木々の間から溢れた光が顔にぶつかり私はゆっくりと目を閉じる。
さらさらと木の葉が擦れる音が耳元に優しく届いてゆっくりと睡魔を呼び寄せた。
船を漕ぎそうになった時、ふと何かの気配を感じ目を開けた。
『オルガ』
「ん?あぁジャスミンごきげんよう。」
『何してるの?』
「休憩。」
私に影を落としていたのは、パールヴァイスの管理・手入れする準従業員フラワーナイト。見た目はエプロンを身に纏った妖精でその数今のところ112人。この島に何万と植えられたいるパールヴァイスの管理にはこの子達が不要不可欠だ。
個々に名前を持たず1人いるリーダーの指示のもと日々の作業をしているが、不思議な事にそれらはこちらからの要望ではなく自発的に行っている。故に〝準″従業員。
元々はこの場所にはいなかったらしいのだが、ホワイト様がこの島にパールヴァイスを植えた後気づいたら居着いていたのだという。
パールヴァイスの管理を共同で行っている存在感というのが正しい捉え方だろう。
『私も休憩する!』
そういうとジャスミンは起き上がろうとした私の額にタックルを決め私をまたタオルの上に寝かしつけた。
「いった!」
おでこと後頭部にほぼ同時に鈍痛が走る。
1人1人に名前はないが個性は十人十色。
頭にジャスミンの花をカチューシャの様につけているこの子を勝手にジャスミンとあだ名で呼んでいるこの子はほんと、見た目によらず力が強い。
「隊長に怒られない?」
『平気!』
「そう?ならいいけど。」
ジャスミンはエプロンを外しくるくると丸め枕を作り私の後頭部右側に寝転がった。
手際がいい…これはサボり常習犯だな。
サボりの常習犯らしくジャスミンはしばらくすると寝息を立て始めた。
ふんわりと風に乗ってジャスミンの心地いい香りが私へ届く。
あぁ…凄く癒される。
また睡魔が私の手を引っ張りはじめた。
目を閉じて私は睡魔に身を任せた。
一一一一一一一一一一一一一
おかしい。
絶対におかしい。
こんなにも〝普通″だなんて。
ここに来て5日。
ラムイア様から受けた『お兄様を守るための情報』を何一つ集められていない。
事前に入手した情報はあまりにも平々凡々だったので、手始めにオルガ様のお付きのジンジャーさんからオルガ様の情報を聞き出そうと様々な揺さぶりをかけたが、特に特出すべき事項がない。
それどころか、オルガ様の取り留めのない話を延々と聞かされ終いにはラベルド様との恋の応援を強引に取り付けられてしまった。
まぁ、それ自体はオルガ様の真なる秘密を聞けるチャンスかもと思い二つ返事で了承したのだけど。
あまりに手応えがなないので標的であるオルガ様にも直接接触を図っている始末だ。
関わるほど〝普通″な人だ。
治療島と言う奇特な環境にいさえすれど、本人がマッドサイエンティストでやばい実験などをしているわけでもなければ、ラベルド様への固執した執着もなく、またフィルア家に対してのあけすけな下心も無い。
今までラベルド様の周りに集まってきた女どもと言えば、ラベルド様を心身ともに縛りつけようとした子爵令嬢・フィルア家と言う看板を我が物にしようとした同業者の御息女・フィルア家の破綻を目論んでラベルド様の暗殺の命を受けたこれまた同業者の御息女など…びっくりするほどラベルド様の周りの女どもはまともなものが居なかった。
つくづく女運が無いなと思っていただが、さて
今回話題のオルガ様はどうだろか。
普通だ。
すごく普通だ。
よくよく考えてみなよラディ。
これは女運最低のラベルド様に巡ってきた千載一遇のチャンスなのでは?
こんなにも普通な女性は初めてだ。
顔も別に悪くないし、性格も温厚でラベルド様との会話も楽しそうにしている。
これは2人の間をくっつけるのが正解では?
私はいま初めての任務の新しい方向性に気づいた。
『いざという時はその場にいるラディの判断に任せる』とラムイア様は今回も言ってらっしゃった。
今まさに有事。
悩んでいる暇はない、行動に移さなければ。
ラムイア様には事後報告にはなってしまうが、後で鳩を飛ば大丈夫だろう、なにせ今は有事なのだから。
私は干し終わった洗濯籠を抱き抱え早足で歩く。
目的地はキッチン。
先ほどから甘い匂いがしてきているのでジンジャーさんが作業をしているはず。
この香りの様にいや、それ以上にジンジャーさんとオルガ様とラベルド様のこれからの事を甘く甘く煮詰めなくては。
息が上がる。
いつもの任務以上の胸の高鳴りに私は興奮を止められなかった。
こんにちは、二会柚璃です。
読んでいただきありがとうございます!
次回はラベルド様目線のお話の予定です。
次回の更新は6/25です。