第五話
「オルガ殿。」
ジュノと交流をしていたラベルド様がくるりとこちらを向き声をかける。
「どうかなさいましたか?」
「すいません。1人ではしゃいでしまって…」
どうやら私の前ではしゃいでいた自分に羞恥を感じたのか、少し目を伏せている。銀色の耳先が少ししゅんとなっていて不敬にも可愛いなと思ってしまった。
「そんなことございません。今後もジュノと仲良くしてあげてくださいね。」
「勿論!こちらこそ。」
ラベルド様は左手を胸に添え、間髪入れず答えた。
「そう言えば、もともとジュノ殿を紹介したいと言っていらっしゃいましたよね?」
「はい。」
「もしかして、溶鉱炉に使う火はジュノ殿のを?」
「ご明察です。」
さすがはラベルド様。
察しもご理解も深い。
「炉をすぐ温められて、周りの木や燃料を用意する手間もありませんし、環境にも労働的にも都合がいいのです。」
現実問題、炉を加熱するもの全てを用意するにはお金も労力もかかる。
オレンジ一つの代償で得られるジュノの炎1つはその点かなりメリットが大きい。
「ドラゴンティアの価格の手頃さはそういう所が寄与しているのですね。」
「はい。」
原価が抑えられる分それは価格に影響する。
ドラゴンティアは同じサイズの他の香水に比べると1割ほど安い。
勿論、グレードによっては値の張るものもあるがスタンダードな物は手にし易い。
とはいえ、香水は香水なのでそこそこのお値段はするのだけど。
「やはり現場は良いですね。見えていなかった部分もこうやって知れる。」
ラベルド様はいつもの柔らかい笑顔に元気を滲ませて笑った。
「是非この島の色んな事知って行ってください。でも、企業秘密な部分も有りますのでそこはラベルド様の中にだけで留めておいてくださいませ。」
「ええ、それは勿論。」
炉の話題も上がったので早速私たちはジュノを連れて炉の後ろ側へとやってきた。
「この炉の中には保温石が散りばめられていてジュノの炎の温度を最初の温度とほぼ変わりなく保つことができます。」
ジュノに声をかけると炉の後ろに空いたソフトボール台の穴へ近づきスーッと息を吸った。
ラベルド様を2歩ほど下がる様に促し2人でジュノの次の行動を見守った。
程なくしてジュノの口からオレンジ色の息が漏れ、細く開けられた口先からふっと炉に炎が吹き出された。
その瞬間周りの空気がぶあっと熱くなるのを肌で感じしっとりと汗が滲んだ。
「ありがとうジュノ。」
炎のお礼にオレンジを口の中へ放り込むと美味しそうに頬張ってジュノは嬉しそうに尻尾を揺らしながら空へと飛んでいった。
「龍の炎ってもっと熱いものかと思っていました。」
炉にくべられたジュノの炎をまじまじと見ながらラベルド様が言う。
ラベルド様に習って私も炉を覗き込む。
赤、朱色、黄金色…かと思えばシルバーや灰色なんかも顔を出す…瞬きする度に違った色を纏う不思議な炎が炉の中で渦を巻いている。
「本来ならもっと肌がヒリヒリする様な熱さです。この炉には調節してもらって低めに、従来のガラス作りの温度位にしてもらっています。」
「そうだったのですね。」
「はい、先代様が来る前からこの島ではガラス生産がされていて今尚それを習って生産しております。」
「なるほど…差し詰めオルガ殿は伝統工芸品の職人という事ですね、尊いお仕事です。」
「職人だなんて。4分の1人前にもなっておりません…半人前が当分の目標ですから。」
「始めて5年であんなにも素晴らしいものが作れているんですよ、もっと胸を張っても良いと思います。」
力強い目で私の方を見てラベルド様は言葉を投げかける。
真正面にこんなこと言われるのはなんだからむず痒いのだけど、とても嬉しい。
「嬉しいお言葉をありがとうございます。ラベルド様のお言葉で、今とても小瓶作りに取り掛かりたい心持ちになりました。さぁ、先ほどの続きをいたしましょう。」
ラベルド様は何かを言いたげだったが、いつもの様に微笑みを浮かべて私の言葉にこくりと頷いた。
一一一一一一一一一一一一一
「聞きましたよ、オルガ様。」
夕食が終わり、就寝までのゆったりした時間。
此処は大ホールではなく居住棟のリビング。
今はラベルド様達の入浴終わりを待っている所だ。
ゆったりした時間のお供はカットフルーツと炭酸が入ったデキャンタが1つとコップが2つ。
鎮座しているコップ達は時たまシュワシュワと音と泡を立てていた。
「ん?何を?」
「ラベルド様とそれはそれは仲良く親密に、腕を絡め、指を絡めあっていたと!」
ジンジャーはぴっちりとあわせた手を頬に付けてうっとりした眼差しでよく分からないことを私に溢した。
「…フィルターがいくつもかかっているみたいだけど、誰からの情報?」
まぁ、想像はついているんだけど。
「勿論、私の良き相棒イエローからですわ。」
あぁ、やっぱり。
先代様の作った不思議な折り鶴は3色ある。
白、青そして黄。
白はホワイト様、青は先生、黄はジンジャーが持ちお互いの連絡手段などに用いていた。
ホワイト様が亡くなってからは先生が白を引き継ぎ所持していたが、此処に来た際に先生から餞別として私が引き継いだ。
青と黄は仕えている時間も長いせいか主人の性格や趣味嗜好の影響を受けているようで、イエローはジンジャーに似てロマンチストな部分がある。
大方わたしの監視を頼まれたイエローが恋物語の様にドラマチックに報告書を書きジンジャーに渡したのだろう。
「そんなんじゃないよ、少し手を繋いだだけ。」
「まぁ!いつの間にそんなに進展なさって…」
「進展って…普通に手を繋ぐことくらいあるよ。ほら、紳士ならちょっとしたら段差でも女性の手を取るじゃない?」
一般的な紳士の行動を並べると、今日の私とラベルド様の間で起こったこともなんだかそれっぽく聞こえる。
紳士的な理由からの手繋ぎではないけども。
「それはそうかもしれませんが…イエローがそこに愛を感じたんですから、それは一般的な行動の範囲外かと思いますわ。」
「そう…なんだ?」
ジンジャーとイエローの他人の行動の中に感じるニュアンスは測りかねるから、なんと返せばいいのやら。
「まぁ、そんなに気に留めることじゃないよ。それより、イエローで私監視するの禁止!」
「それは無理でございます、オルガ様。私は本気でお2人の進展を応援しておりますので!」
「私の行末を案じてくれてるのはわかるんだけど、なんでそんなに?」
婚約の話は今回が初めてだから特に意識してくれているんだろうけど、そこまで熱中する事ではないのでは、と思ったがよくよく考えたら思い当たる節が一つある。
「オルガ様のより良い幸せが根本にはもちろんありますが、他にオルガ様にご家族ができてシュルド様が安心して経営移譲してくださる事を目論んでおります。」
「とても素直な御意見だね。」
先生からの経営移譲。
本来、弟子を迎えるのにはそういった意味合いは強いだろう。しかし、此処ではイコールではない。
先生はあんな形だがハーフエルフだ。見た目はヒューマンだがエルフの血が半分流れている。歳だってゆうに400は超え、人族の私の5倍は生きている。故に経営移譲する云々の前に私が母なる大地に帰るのが先だろう。
しかしながら先生は独身で後継者がいない状態。人生いつ何が起きるかはわからないから、もしものためにも私を側に置いているのだろう。
そして私が此処で家庭を持ち子供達が代々先生の弟子として補佐を務める事を少しは期待している事ではあるのだと思う。
「そしてゆくゆくは魔力供給をオルガ様にしていただきたいのです…」
「私より先生の方が量も質もいいよ。」
前々からジンジャーは自身を動かす魔力の供給を私からにして欲しいと時々口にしている。
「いえ、量や質ではございません!私はオルガ様に魔力供給していただきオルガ様と同じ若草色の瞳になりたいのです。」
ジンジャーは顔をぐいっと近づけて私を覗き込む。
瞳の色の変化、それが魔力供給先の変更にジンジャーがこだわっている大きな理由。
先代様から先生へ魔力供給が変わった際にジンジャーの瞳はシルバーから栗色へ変わったらしい。
どうやらジンジャーの瞳の色は魔力供給者に依存するみたいだ。
瞳が栗色になった時「鏡を見るとシュルド様が主だと嫌でも思ってしまう。」と痛烈に暴言を吐かれたと先生から聞いた。
「そうは言うけど、別に栗色の瞳が嫌いな訳ではないんでしょう?」
魔力供給のことは時々口にするけど本気で嫌がっている感じはしない。
「…嫌ですわ。」
「私は先生似の柔らかい茶色好きだけどな。まぁ、供給元を替えるのはそう簡単じゃないから気長に待ってて。」
そんな話をしていると、コンコンとキッチンへの扉がノックされ扉の向こうからラディさんの声が聞こえた。
「お風呂空きました。」
「はい、承知いたしました。」
「オルガ様、先程キッチンをお借りしましてババロアを作りましたの。お風呂上り良かったら食べてくださいませ。」
「本当ですか、嬉しい。ありがとうございます。お風呂上り頂きますね。」
「はい。」
短い会話をするとラディさんの気配が扉からスッと離れて行った。程なくしてカチャカチャと食器の音がした。
ラベルド様達に持っていく分を準備しているんだろう。
ババロアか、お風呂上がりが楽しみ。
「さぁ、お風呂の準備してくるかな。」
私はイチゴを一粒口に放り込み、コップに半分くらい残っていた炭酸で流し込んだ。
「シュルド様にもお声がけください。」
「了解です。」
さぁ今日も1日が終わる。
今日も今日とてお風呂に浸かりながら明日の予定立てタイムだ。
こんにちは、二会柚璃です。
読んでいただきありがとうございます!
次回の更新は4/25です。