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第四話



「では、小瓶の作成を始めたいと思います。」


此処は畑から100mほど離れた所にある、私が普段使う小さなガラス工房。


「今日もよろしくお願いします、オルガ殿。」


ラベルド様が来て早4日。

今日は卸している小瓶の製造体験だ。

昨日と一昨日は今日使う石灰石やソーダ灰、珪砂の採掘現場を案内し採掘してきた。

普段はジュノが手伝ってくれるのでなんともない作業なのだが人の手だけでやるのは魔道具をもってしても手間取る作業だった。

ジュノほんといつもありがとう。


「始めに昨日までに取ってきた材料をある程度の大きさに砕いてこの粉砕機に入れて細かくします。」


私は防護メガネと防塵マスク、エプロンをつけたラベルド様の前で石ノミとハンマーを使って砕くお手本を見せた。


「破片が遠くに飛ばないよう優しく且つ力強くノミを叩きます。粉砕機に入れますから多少大きくても綺麗じゃなくても問題はありません。怪我にだけは十分に気をつけてください。」


「はい。石を砕くなんて小さい頃以来です。」


「彫刻か何かを?」


「いえ、石絵の具を作ったことがありまして。」


「石絵の具、私もやったことがあります。細かさで色味が違うのがとっても不思議ですよね。」


「ええ、色味も石絵の具は独特な感じですよね。色味に加えて私はざらざらした質感とか普通の絵の具ではないところがとても印象的でした。」


さすがは商人の息子。

きっと小さい頃からいろんな所へ行って見聞きし体験してきだのだろう。

それがこういう時に彼の役に立っているのだからフィルアご夫婦は経営のみならず教育の面でも優秀な方なんだと思う。

そんなご両親に営業を任せられているラベルド様は今までどんな所でどんなものを見てきたんだろう。

私は王都の周りとクライウッドしか行ったことがないから、機会があれば聞いてみたいな。


「ラベルド様は多方面に精通していらっしゃいますね。」


「両親の教育の賜物でしょうか。」


謙遜する言葉を溢しながらラベルド様はカンカンと石ノミをリズミカルに叩く。

そのうちパキッという音と共に石灰石が割れ、ころりとテーブルに転がる。


「これでは大きいですか?」


「もう二回りくらい大きくても大丈夫ですよ。」


2人でカンカンと石を砕く。

気を散らさないように最低限の会話を心がけているので、自然と沈黙が多くなる。

こんな時には頭の中で色んな思考をするのが常。

ふと思うのは初日にラベルド様から受けた注意喚起だったが、あれから特にどうということは起こっていない。

会話も特に誘導尋問されている感じもしないし、行動とて特に気になるところはない。

初日から変わった事というと、ラディさんがジンジャーと一緒に食事を作る様になったと言うことくらいだ。

もしかして、いきなり本人にではなくジンジャーから情報を集めていたりするのかもしれない。

それか…私が感じとれていない事もまぁ、考えられる。


「オルガ殿はどうしてこの島に来ようと思ったのですか?」


突然のラベルド様の投げかけに、肩がビクッとビクついた。

一間おいてラベルド様に目線を向けると、私に目を向けるでもなく手元に目線を落としたままだった。


「ここに来た理由ですか?」


驚いた心を落ち着かせる様に息を吐きながら、ラベルド様に習うように私も目線を手元に落とし、作業を続けながら質問に答える。


「はい、いつか聞いてみたいと思ってはいたのですが、今ふと聞きたくなって。」


「ふふ、そうなのですね。ここに来た理由…としては…先生が実家の店の常連さんというのも有りますが、1番はジュノに会ったからでしょうか。」


「ジュノ…」


「この島にいる緋龍です。」


「深きディープレッドのお子…ですね。」


「はい、あんまり知られてはいませんがよくご存知で。」


「お取引は長いですので…。」


「…そうですよね。それならご存知かとは思いますが、私の実家ではこの島の深き緋の治療に使われているヴァイスと言う花の手入れを承っていました。年に何度か島へ出入りしていまして私が12の時に初めて父に同行してこの島の土を踏みました。そして3回目で、初めてジュノには会いました。」


私は作業する手を止めて、目を閉じると瞼の裏のスクリーンに鮮明な記憶が映し出された。

始めて会った時その全てに目を奪われて、父さんに声をかけられるまで微動だにできなかったほど、強烈な出会いだった。


「龍ですし体は大きく勇ましかったですが、仕草がとても可愛らしくて…何より母の目覚めを健気に待つ姿に心打たれました。それからは花屋として持っている知識や経験でジュノの母親を目を覚まさせたいと思うようになり…今ここに…。」


ホワイト様や先生が何百年も取り組んでいる治療をたかが数十年の私の人生の中で達成する事は中々に夢物語だろう。

それでも、ジュノの幸せを願ってやまない。

本来魔物の中でも上位に位置する龍は多種族の言葉を理解し、またそれを扱える。

しかし、ジュノは理解こそすれどそれを言葉として扱っていない。

ホワイト様が色々調べたが原因の特定ができず、最終的に心の問題かまたは親からの指導不足で発声の仕方が分かっていないのではないかとの結論をだした。

戦いが終わり600年を過ぎ、森も街も国も復興しているが今尚此処は爪痕がチリチリと焼け続けている。


「私の命あるうちに目を覚まさせたい…なんて夢見ています。」


「とても壮大な夢なのですね。」


呆れられてしまっただろうか。

それとも変な事を言う女だと思われてしまっただろうか。

自分のこんな気持ちを言葉にあまりした事がなかったので少し不安になり目線を手元に落とした。


「私もこの世界の端から端まで自分の軌跡を残したいと言う壮大な夢を持っています。」


私が目線を上げるとラベルド様は窓の方へ目線を注いでいた。


「元から色んな知識を得たり体験するのが好きでした。色んな体験、知識を得る度自分の中にその色が移って染みて…その感覚がたまらなく好きなんです。この仕事を始めてからその気持ちに拍車がかかって…いつしか全世界を回りたいって思う様になったんです。」


力強い声色と共に窓の外へと向けられた目線が一層濃くなった様に見えた。


「今のご職業はまさに天職という言葉がぴったりですね。」


「本当に、天職以外の言葉が見当たりません。」


ラベルド様は私の方に目線を移し、いつもの様に優しく微笑んだ。


「夢を叶えるのにはお互いとても厳しい道のりだと思います。でも、この気持ちを無視して道を歩けないから仕方ないですよね…無視をさせてくれないですから。」


「そうですね…」


今の仕事が好きだとは聞いていたが、一般的な好きとは少し毛色が違うみたいだ。

私も人のことは言えないのだけど。


「ラベルド様、作業始めたばかりですが外にいきませんか。」


「外ですか?」


「今話題に出たジュノに会っていただきたくて。実は今日紹介するつもりでしたので。」


ジュノは人見知りで、来島された方の前に滅多に姿を出さない。と言うか来られる方も半日〜1日位が多いのでジュノがその人に慣れる前に帰られると言った方が正しい。

此処数日の内でだいぶジュノもラベルド様達には慣れた頃だろう。

それにガラスを溶かす炉にはジュノの炎が必要不可欠だからどの道今日紹介しなくてはいけなかった。


「会えるのですか!是非!」


目がキラキラと輝き出したラベルド様は、厳重な装備をテーブルに置く私の動きを習い、装備を外した。

工房を扉を開け数メートル歩いて足を止める。


「一見怖いかもしれませんが、とてもいい子なのであまり怖がらないであげてください…ジュノにもその気持ちが伝わってしまいますので。」


「善処します。…でも、緊張はしかたないですよね?」


私の間隣でラベルド様は足を止め、少し困った表情を浮かべ私を覗き込む。

ラベルド様の首元でキラリと光るチャームが少し眩しい。


「ええ、それはもちろん。ジュノもそうですから。」


「それはよかった。」


ふーっと1つ息を吐いて、私は空に向かって両手を差し出した。

あぁ、今日もとてもいい天気だ。


「ジュノ!」


私が少し大きめの声で名を呼ぶと何処からか風が吹きはじめ、遠くからバサッバサッと音が聞こえてくる。

瞬きを一つすると大きな影が目の前を通り過ぎて、そして少しずつその影を濃くしていった。

影につられて姿を見せたのは深い緋色の鱗を持つ龍。

龍は私達から10mほど離れた先にその大きさを感じさせない柔らかな動作でふわりと降り立った。

私は1歩踏み出てくるりと後ろを振り返る。

ラベルド様はジュノの方を見て微動にしない。

その開かれた目には怯えや恐怖の色ではなく驚きや緊張、好奇心が見てとれた。


あぁ、あの時の私と一緒だ。


「ラベルド様。」


声をかけるとハッとした様子で私に目線が移った。


「行きましょう。」


スッと手が伸びる。

伸ばされた手はラベルド様の手ではなく私の手だ。

…んん!?

なにを思ったのか私の手は自然にラベルド様へ伸ばされていた。

砕けすぎた行動をとってしまった後悔と男性に対してとても失礼なことをしているのでは!?と気づいた時にはすでに遅く。

この手は空を掴むだけ…と思ったその瞬間、手に温かいものが重なった。


「はい。」


ラベルド様は特に気にされている様子はなく、ごくごく自然に私の手を握った。

男の人特有の大きくてゴツゴツした手。身内くらいしか男性と手を繋いだ経験のない私は自分からした行動なのに内心とても狼狽えて一瞬体が固まる。


「緊張してしまっていたので、オルガ様が声をかけてくださってとても助かりました。」


「そんな。」


硬直している体を置き去りにし、口だけに意識を集中させてどうにか動かして言葉を絞り出した。

どうやら緊張のおかげで私の軽率な行動はどうやら帳消しになっている様だ…一安心。

一方で鼓動はうるさく鳴り、手から鼓動が伝わりそうでとても不安だ。

自分の鼓動を悟られない様にできるだけふんわりと手を掴み、その手を引いてジュノに近づく。


「ジュノ、こちらはご贔屓にしてくださっているフィルア商会のラベルド様だよ。」


ジュノはラベルド様に顔を寄せてジーッと見つめる。ラベルド様の私の手を握る握力が少しだけ強くなった気がした。

しばらくするとジュノのは自身の頬をラベルド様に寄せた。ちょうど猫が主人に甘える様な仕草。

ジュノは猫ではなく、龍だけれども。


「撫でてあげてください。ジュノはこう見えて結構甘えん坊なので。」


そう言って私は繋がれたままだった手をゆっくりと解いた。


「は、はい。」


ラベルド様は空いた方の手をゆっくりと伸ばす。

手はどの様に触れたらいいのか考えあぐねている様子で少し空中を漂っていたが、そのうちジュノの鱗にそっと触れた。


「温かい…」


ポツリとラベルド様が言葉を溢した。

文字通りの温かい言葉で私も思わず笑みが溢れた。

撫でられるのが嬉しいのかジュノはキューと鳴いた。


「ジュノ殿気に入ってもらえたのでしょうか?」


「はい、とっても。」


私がそう答えるとラベルド様は柔らかく微笑み、ジュノに言葉をかける。

ジュノは嬉しそうに尻尾をゆらゆらと揺らし、ラベルド様の尻尾は先が少しだけ風に揺られているかの如く揺れていた。

仲良くなった2人を見ながら私は治らない鼓動を抑える様に先程までラベルド様と繋いでいた右手に左手を重ねた。



こんにちは、二会柚璃です。

読んでいただきありがとうございます!

次回の更新は来年の2/25です

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