第ニ話
「?」
カーテンの隙間から入ってきた風と共に何かが動いた音がして目を覚ます。
ぼんやりとした頭で音の元を探すと、床に母からの手紙が落ちていた。
アレが目覚ましの正体か。
先生が帰ってきたら次の日に私宛に届いた母からの手紙。
内容はざっくり言うと婚約相手の方に失礼のないように、家族みんな事がうまくいくことを願ってる的なこと、あとは最近の街の様子や流行り、スコーンが上手に焼けて食べさせたかった等ひたすらにあちらの日常がしたためてあった。
なんだか今日は母に起こされた気分だ。
サイドテーブルの時計を見ると5:40過ぎを指していた。
2度寝でもしたい時間ではあるが、今日起こるであろう事がふわりと頭をよぎってぼやけた頭が思考を始めてしまった。
今日は…ラベルド様達が来る日だ。
お客様用の離れはきちんと掃除はしたし、お布団は打ち直した。
お迎えする料理の準備もしたし、色んな茶葉を仕入れた。
滞在する3週間この島をよく知ってもらうために、島のあらゆる事を紙にまとめた。
勿論息抜きも大事だから、リクリエーションも複数企画した。
布団の中で悶々と確認する。
もう、何回確認したんだろう。
…何を隠そう、わたしはかなり緊張している。
婚約者様の存在を知らされたあの日から5日経った頃、母の手紙に引き続きなんとラベルド様から私宛に手紙が届いた。
手紙なんて届くとは梅雨にも思っていなかったので、とても驚いた。
間違えかとも思ったが藤色と白色2色のワックスを用いた封蝋の紋章は、いかにもフィルア家のものだった。
『オルガ・パールディア 様
初めまして、ラベルド・フィルアと申します。
突然のお手紙何卒お許しください。
この度は母の思いつきでオルガ様には多大なご迷惑をおかけしており大変申し訳ありません。
私が話を聞いた時には大陸への申請が済んでいる状況でございまして、撤回が難しいとの事でした。
オルガ様のご意向を無視したまま話が進んでいますこと重ねてお詫び申し上げます。
しかし婚約云々は置いておきまして、私個人としましては中々往来できないクライヴッドに行くことに今から楽しみで仕方ありません。
海岸の方の話ですと巷で言われているような場所ではなく島には花が咲き乱れ、海も澄んだコバルトブルーだとか。
また、いつも収めてもらっております小瓶を精製する際に使用される原料も島で調達されると聞いております。質の良いガラスが精製できるということはとても状態のいい採掘先があるのかと存じます。滞在期間中もし、行けるようなら是非採掘場など案内していただければ嬉しいです。
クライウッドは未踏の地なので、色々想像するだけで年甲斐にもなくワクワクが止まりません。
婚約のことはあまり気になされず観光に3人やってきた位の感じで受け入れてもらえれば幸いです。
当日は身の回りの世話役を1名と護衛を1名計3人でお邪魔いたします。
3週間と言う長いようできっと短い期間ですが何卒よろしくお願いいたします。
末筆になりますが、
当日オルガ様に会えることを楽しみにしております。
ラベルド・フィルア』
突然やってきた私宛ての手紙。
青いインクで綴られた文字はスッと私の中に入ってきて、ドキドキと心臓を高鳴らせた。
おかげで返信を書くのに丸2日かかってしまった。
それから2回お手紙のやり取りをして、そして迎えた今日。
会うのが楽しみな様なないような…よく分からない心持ちだ。
目も冴えてきたし、とりあえず早めの朝食でも食べに行こう。
私はカーディガンを羽織って一階の洗面所へ向かった。
歯磨きをして顔をバシャバシャと洗う。
ふかふかのタオルで顔を拭くと、鏡に映る緑の瞳と目が合った。
表情が少し硬い。
頬にそっと触れてそんなに緊張しなくても大丈夫と慰める。
緊張する気持ちはよくわかるけど。
キッチンに向かうと何やら作業しているジンジャーが居た。
「おはよう、ジンジャー。」
「あら、オルガ様おはようございます。今日はお早いですね。」
私に気づいたジンジャーは作業をやめてくるりと私の方を向いた。
「なんだか目が覚めちゃって。」
「ふふ、そうですわよね。」
ジンジャーはその気持ちわかりますと言わんが如く頷き、私に笑いかける。
「朝はパンでいいですか?」
「うん、ありがとう。」
「オルガ様、朝食の準備が終わるまで私のお仕事手伝ってもらえますか?」
「もちろん、何してたの?」
「此方です。」
そう言うとジンジャーは作業をしていただろうトレーを私に差し出す。
どうやら、クッキーを作っていたみたいだ。
「此方のマーブルの生地は丸く、此方のココア生地はハートにくり抜いてもらって、プレーンにはクッキーローラーをお使いください。」
「了解。プレーンのは後でアイシングしたいな。」
「承知しました。アイシング後程用意致しますね。」
朝食はココアの生地をくり抜き終わったくらいに出来上がりテーブルに並んだ。
焼かれた食パンが2枚とウインナー、スクランブルエッグ、トマトにポテトサラダ、ホットミルク。
バターとジャムが3種類それぞれパンの隣に鎮座している。
「いただきます。」
「どうぞ召し上がれ。」
焼きたてのパンにバターを塗って口へと運ぶ。
うん、美味しい。
「オルガ様、朝食後はお着替えお手伝いしますね。」
「え、自分で着替えられるよ?それに、まだ畑の手入れもしてないし。」
「今日はなんの日かお忘れですか?」
クッキーローラーを片手にずいとジンジャーが、顔を近づける。
「わ、分かってはいるけど…」
「でしたら尚更私にお任せください。ラベルド様の視線を独り占めできるよう、私のできること全てを投入してオルガ様をお着替えさせますわ。畑も本日は私の方で手入れしておきますのでご安心下さい。」
朝から声を張り上げるジンジャーにメラメラとしたものが見える。
幻覚ではないよね?熱くはないし…。
「…すごいやる気だねジンジャー。」
「当たり前ですわ。お2人の記念すべき大事な日ですもの。」
いつにない程やる気に満ち溢れているジンジャー。何がそんなに彼女をを駆り立てているんだろう?
「お手柔らかにお願いね。」
きっと何を言っても無駄だろうから、私は諦めて首を縦に振った。
朝食を食べ終えると、光の速さでジンジャーに食器を片付けられ部屋へと連行された。
「この日のために練っていたプランがございますが、どれに致しますか?」
ドレッサーの前に座るや否やジンジャーは3枚の紙を私の前に並べる。
青い縁取りの紙には『大人の色気たっぷり魅惑女子コーデ』、緑の縁の紙には『誰もが振り向く爽やか清楚女子コーデ』、オレンジの縁の紙には『あどけなさ残る庇護欲系女子コーデ』とそれぞれ表を打たれ、【こだわりポイント】・【彼はここにキュンとする!】など丁寧に解説してある。
きっとジンジャーの愛読書『月刊ファッション誌「さくらんぼ」』の影響だろう。
こんなものを用意してあるとはジンジャーの意気込みに感服せずにはいられない。
「うーん…」
さて、どれを選ぶべきか。
「緑の紙のにする。」
この中では1番普通な気がする、と言うか色気やあどけなさなんて私にはきっとないし…所謂、消去法。
「畏まりました。」
そこからはもう、なされるがまま。
体感的には30分くらいだろうか。
「さぁ、完成いたしました。」
ジンジャーの声に目の前にある鏡を覗き込む。
「いつもと違った雰囲気で、なお愛らしい…。オルガ様如何ですか?」
髪は両端に少し遊び毛を残して後ろで可愛らしく纏っていて、そこに裏地が白のラベンダー色のフリルリボンが結ばれ、垂れの部分が少し長めでクラシカルな感じに仕上がっている。
耳には先生から貰ったお気に入りのパールのピアス。
お化粧は下地とリップだけ…もちろん、あえてとの事。
服はミモレ丈のプリーツ多めな若草色のボウタイワンピース。袖は途中から花柄のレースが使われてシースルーになっている。足元は歩きやすい様にだろうショートカットのブーツだ。
着心地も、とてもいいんだけどこのワンピースに使われてる生地…見たことが…。
間違いない、先生が帰ってきた時に一緒に持ってきた生地だ。
なるほどなぁ…と少し遠い目で空を見つめる。
こうなる事を見越して先生は買っていたのか。
にしても、こんな素敵なワンピースをこの短期間で作ってしまうなんて…ジンジャーは凄いな。
他のプラン用にもつくっているのだろうから少なくても2着も作ってるはず。
意気込みがすごい。
「着心地もとても良いよ。ありがとうね、ジンジャー。」
「気に入っていただけで良かったです。布をご準備してくださったお母様に、どの布地も手触り良く、お色もオルガ様の好きなお色ばかりでとても作っていて胸が躍っておりましたとお伝えください。」
「え、布はお母さんからだったの!?」
「はい。あら、もしかしてご存知ではなかったのですか?」
返事の代わりにこくりと頷く。
「そうでしたか。ふふ、お母様と私からの餞別だと思ってくださいませ。他にも有りますから明日からもお楽しみにしてくださいね。」
「え、明日も?!」
「はい、色んなもの用意してございますので。」
私の驚いた声も聞いてか聞かぬか、ジンジャーはニコニコと微笑みながらドレッサーの周りを片付け始めた。
そうかこの布はお母さんからだったのね。
より、袖を通さない訳にはいかなくなったな…。
あぁ、明日からが心配。
オフショルなんかがあったらどうしょう。
私そんなの着れない!
「そろそろクッキーも焼けた頃かと思うので、キッチンに戻ります。」
「あ、うん。」
「粗熱をとって、アイシングの準備が出来ましたら、お声がけします。」
「お願いね。」
わたしが悶々と考えている間に片付けが終わったらしいジンジャーはペコリと一礼して部屋から出ていった。
時計を見ると7時を少し過ぎたころ。
ラベルド様たちはお昼前くらいに着くとの事だし…それまでわたしは何しようかな…。
それからはウェルカムフラワーの準備をしてジンジャーとクッキーのアイシングをして等々やっていたらあっという間に時間は過ぎて、もうラベルド様たちが来る時間になった。
門の前でラベルド様達の到着を待つ私と先生。
先生はいつものラフな感じではなく気合の入った出立ちだ。
ジンジャーは港までラベルド様達を迎えに行っている。
しばらくすると視界にゆらりと大きな船があらわれた。
ラベルド様たちが乗っている船だろう。
「ふぅ…」
心を落ち着かせようと短く息を吐くと、先生が笑った。
「そんな緊張しなくても大丈夫だぞ。」
緊張している私を笑いながら先生が慰める。
「オルガ、手のひらに″ラベルド″と書いて飲み込んでみたらどうだ?」
先生は私の顔を覗き込んでとても古典的な緊張緩和の方法を提案してきた。
「そ、それはなんか気分的にあんまり…」
文字でもラベルド様を飲み込むなんて、なんかちょっと。
落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせている間に船が港に着き、大きな碇が降ろされたのが見えた。
私の緊張もピークだ。
暫くして、ジンジャーが人影を伴って現れる。
初めにきっちりとした服装の長身の男性が現れ、その後ろに銀色のふさふさした耳が目を引く男性が、そしてその後ろにふんわりと長い白いワンピースを纏った女性が続いている。
お母様のバルディア様と同じラベンダー色の瞳にお父様のウィステウム様と同じ柔らかな茶色の髪。
そしてフィルア家の方々が持つ、夜の星のような、見たものをすっと引き寄せる魅惑のふわふわな銀色の耳。
あの方が…ラベルド様。
先生の言う通り〝いい男“だ。
3人は私達の前に来るとこちらに丁寧な礼をした。
「ご無沙汰しております、シュルド殿。」
「こちらこそ遠くまで御足労頂きありがとうラベルド殿。ご息災で何より。」
先生に習い私達も丁寧な礼を返す。
「お互い色々話したいこともあるかと思うが、とりあえず本日から使ってもらう部屋を案内させる。そのあとはみなで昼食にしよう。ぜひラベルド殿の武勇伝を聞きたい。」
「少し怪しい武勇伝でしたらいくらでも。」
「それは楽しみだ。ジンジャー、準備を頼むな。」
「はい。」
先生にランチの準備を任されたジンジャーは短く返事をして一礼しこの場を退場する。
あぁ、私を1人にしないで…!
「オルガは部屋に案内を頼む。」
「はい。」
今一度ラベルド様たちがご一行を見る。
パチリとラベルド様のラベンダー色の目と合うと、ラベルド様は柔らかく目元を緩ませた。
柔らかい目元に銀色のもふもふ…なんだか顔が熱くなってきてフイと少し目線を逸らししてしまった。
「お部屋にご案内します。どうぞこちらへ。」
「お願いします、オルガ殿。」
ファーストネームで呼ばれて心臓がバクリと大きく脈を打った。
目線をスッと上には戻すとラベルド様のラベンダー色の瞳が一層優しく微笑んでいた。
「はい。」
私は、平常心を装い一言短く返し部屋へと足を進めた。
「この度はクライウッドに来ていただきありがとうございます。」
「こちらこそ、このような貴重な機会を頂きまして。本当に今日が楽しみで仕方なかったです。」
「そう言っていただけて嬉しいです。明日からは島の色んなところご案内の予定をしております。少しでも滞在が良きものになるといいのですが。」
「それはもう!この土地を踏めただけでも十分な位です。」
ラベルド様と短い会話をしながら歩を進める。
初めて会話をする感じがしないのはきっと手紙の交換のおかげだろう。
緊張はしてるけども。
「本日はお天気もいいので、あちらのテラスでランチにしようかと思っております。」
ふと足を止めて、テラスの方に目を向けるとつられてラベルド様達も目線を動かす。
建物中央にある、大ホールの真ん前海の見える自慢のテラス。
「海が見えるテラスからなんてとても優雅なランチになりそうですね。」
ラベルド様は私の拙い会話もすっと拾ってくれる。
緊張で舌がおぼつかない今の私にはとてもありがたい。
「お庭もナチュラルで丁寧な作りですよね。花も適材適所でよく考えて植えられているのが分かります。」
ラベルド様はくるりと周りに目線を送る。
「ラベルド様は園芸の方にも明るいのですね。」
凄い、花の種類はこの世に五万とあるけど何が何か分かってらっしゃるみたい。
「いえ、知識としてだけで…興味はあるのですが実戦はあまり。」
ラベルド様は営業職。
一つの所に止まって畑や花壇の世話は難しいのは想像しなくてもわかる。
「お仕事柄難しいですよね…。」
「ええ、なかなか…。いっそ老後の楽しみでもいいかもしれませんね。その時はご実家がお花屋さんのオルガ殿に園芸のいろはをご教授してもらわなくては。」
私が花屋の娘だと言うことをご存知みたい。
それはそうよね、婚約者の素性くらい調べてきてるよね、普通…。
「私でよければいつでも畑へ伺います。」
来客棟をガチャリと開け中に入ると、私が今朝摘んできた花がラベルド様達を出迎えた。
「此方は小ホールになります。左手に見える部屋がサロンになっております。滞在中はご自由にお使いください。サロンの前に伸びている廊下をそのまま進んでもらいますと大ホールがございます。お食事は基本そこになります。お手洗いとお風呂、ランドリーはこのホールのあの扉の先の廊下を少し歩くとございます。お風呂は私達もそちらを使いますが、時間等ずらしますので何卒ご了承ください。」
「承知いたしました。」
「それでは次はお部屋にご案内致します。」
ホール右にある階段を登り各部屋を案内する。
今日からの為にジンジャーと頑張って綺麗に整えた部屋。そのどの部屋からも海が見えるのが自慢だ。
「何かご不明な事などありましたらその都度お声がけください。」
「ありがとうございます、オルガ殿。」
「では、私もジンジャーの手伝いに行って参りますのでこの辺で失礼いたします。準備が終わりましたらお声がけいたしますのでそれまでごゆっくりなさってください。」
「はい、楽しみにしております。」
一礼をしてキッチンを目指す。
私、変な対応はしていなかっただろうか。
平静を装っていたけど、内心バクバクで気が気じゃなかった。
ラベルド様…お手紙のやり取りで感じていた感じと全然変わらなかったな…。
言葉は柔らかくて、博識で、背丈も高くて、男前。
初めてお手紙をもらった時と一緒でドキドキして仕方ない。
にしても、あんなに〝いい男“なのに今の所フリーなのが不思議。
凄くお忙しい方だし、今は仕事しか…とかなのかもしれないけども。
それとそばに控えているいた女性…以前あった気が…。
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目の前のテーブルにはいっぱいの料理やスイーツ。
ジンジャーと私で今日の為に準備した料理だ。
事前にアレルギーや苦手なものは聞いていたからその辺はしっかり押さえてある。
長テーブルの所謂お誕生日席に先生とラベルド様が向かい合って座ってその横を私たちが囲むように座っている。
みんなで一緒の食卓を囲むのがこの島の私たちのルール。
一般的ではないが、旅先でも時々同席することもあるのだろう、護衛のウォタソンさんもメイドのラディさんも何の抵抗なく席についてくれた。
こんなに多くの人との食事は久しぶりだな。
「みな揃っただろうか、では改めて挨拶させてほしい。」
そう言って先生が話始める。
「ラベルド殿御一行この度は忙しい中クライウッドまで足を運んで頂きありがとう。滞在期間中はこの島のこと、普段取り扱っていただいている商品のこと余す事なく知っていただきたい。また、今後のことも前向きに考えてもらえればと思う。」
婚約の事の濁し方…先生少し後ろめたさを感じているのかもしれないな。
「あと、知っている顔も多いと思うが念のため紹介をしたいと思う。まず、私はシュルド•ヴァイス。所属は帝国直轄特殊調査班、この島の管理を任されている。皆から見て右にいるのがオルガ、私の直轄の部下であり弟子だ。左にいるのは自動人形のジンジャー、先代からヴァイス家に支えている家令だ。他にも関係者は居るがその都度紹介させてもらう。」
先生に紹介されてジンジャーも私もあたらめて礼をする。
「ご丁寧にありがとうございます。では、こちらも紹介したく存じます。まず、私はラベルド•フィルア。フィルア商会社長の次男であり仕入及び営業を担当しております。この度は弊社でも人気高いドラゴンティアの製造元であるクライヴッドに招待していただき誠にありがとうございます。商品の事、この島の事を知ってより濃い商品情報を今後の商品展開に生かしたいと思っておりますので滞在期間中はどうぞよろしくお願いいたします。また、滞在期間中は護衛のウォタソンと侍女のラディが私のサポートとして入ります。何卒よろしくお願い致します。」
ラベルド様は綺麗に礼をとり着席する。
「ラベルド殿ありがとう。では、自己紹介も済んだことだし料理が冷めないうちにいただこう。皆、グラスを。」
先生の音頭に合わせ、各自グラスを持ち上げる。
「お互いの今後の繁栄を願いまして、乾杯。」
「「乾杯」」
グラスに注がれていた自家製レモネードを喉に流し入れる。
冷たくて酸っぱくて甘くて美味しい。
陽気のいい日の飲み物はこれに限る。
それからは皆思い思いの料理を皿にとり賑やかなランチが始まった。
「んん!このキッシュとても美味しいです!」
隣の席に座っていたラディさんが目をキラキラさせながら感嘆の声をあげた。
「お口に合って良かったです。どの野菜も菜園で採れたものなんですよ。」
「そうなのですか!どうりでこんなにも美味しい…これもオルガ様が作られたのですか?」
「私は下準備だけ、あとはジンジャーがやっています。」
「そうなのですね…。ジンジャーさん後で作り方教えてくださいませ!帰ってからも食べたいお味です!」
「ええ。いいですよ。」
「ありがとうございます!」
ふふとジンジャーが微笑む。
良かった、従者同士も仲良くできそう。
「私は菜園の方が気になりますね。オルガ殿後程拝見しても?」
私達の会話を聞いていたらしいラベルド様が会話に入る。
急に話題に入ってこられたので少し驚いて肩がびくついてしまった。
「ええ、もちろんです。」
「ありがとうございます。」
会話も弾み、当初抱いていた緊張もゆっくりほぐれて賑やかなランチタイムを過ごせた。
「あぁそうだオルガ、皆様に例の物を。」
「はい。」
先生は思い出したように私に話しかけた。
「先代がこの島を丸々瘴気を中和する治療島にしていているから心配はないと思うが念のため瘴気を中和するティアチャームを渡しておく。お風呂と寝る時以外は身につけていてほしい。」
ラベルド様達一人ひとりに小さな雫型のチャームを手渡す。
形は一緒だけど、ガラス玉を少しずつ変えてある私の手作りのチャームだ。
「何かの液体が入っているようですね…」
ラベルド様は雫型のガラスに満たされている液をゆらゆらと揺らし興味津々で見つめている。
「それは緋龍の涙だ。身につけてあるだけで十分な効果が得られる。」
「本物の龍の涙なのですね…!」
「見るのは初めてですかな?」
「はい、ほんのり赤いのですね…。」
「ちなみにどのチャームもオルガのお手製だ。」
「これをオルガ殿が…素晴らしいです。」
「恐縮です。」
キラキラとした瞳をラベルド様から向けられる。
嬉しくて、照れくさくて、なんだかモジモジしてしまう。
「大事に使いますね。」
「ありがとうございます。チャームなのでお好きな所につけていただければと思います。ご希望でしたらピアスやカフスなどへ加工しますのでおっしゃってください。」
簡単に取り外しができるチャームは使い勝手がいい。その日の気分でつける所を変えられるのも魅力的だ。
皆さん何処につけてくれるだろう。
作った身としてはそこが気になるし楽しみ。
「渡さないといけないものも渡したし、一足早くて申し訳ないが私は退席をさせてもらう。あとは若いものでよろしくな。」
「え、は、はい。」
では、と先生は颯爽に離席した。
とてもスマートな流れだったので返事を返すことしかできなかった。
よろしくと言われてもどうすれば…。
「オルガ殿。」
「はい。」
私が思考する前にラベルド様が話しかけてきてくれた。
「こちらを渡しておきます。」
カサリと、内ポケットからラベルド様は綺麗に折り畳まれた紙を取り出して私へと差し出す。
私はそれを両手で受け止める。
「ええと、こちらは?」
「私の仕事のタイムスケジュールです。」
仕事のタイムスケジュール?
私が要領を得ない顔をしているとラベルド様が続ける。
「今日からの3週間時間を空けれるように頑張ってはみたのですが、予定がつかないところがありまして…。島を離れる様な用事はないのですが会議やお打ち合わせ等少々…オルガ殿にはご迷惑をかけてしまうのですが、何卒。」
紙を開いてみるとそこにはラベルド様のお仕事の予定が書いてあった。さらりとした内容と時間が書いてある。パッとみた感じだと全体の3分の1くらい表が埋まっている。
「いえ、こちらこそお忙しいのにこんなにも予定を空けていただいて…。こちらのご案内はラベルド様のご予定に合わせますので、気になさらずお仕事なさってください。」
「ありがとうございます、オルガ殿。」
ただでさえ家に戻る間もないお忙しいラベルド様だ。今回の為の時間捻出の調整はさぞ大変だったろう。
「あと、オルガ殿。」
「はい。」
「さっき話に出ていた菜園ですが…」
ラベルド様は遠慮した声色で私を覗き込む。
「はい、ご迷惑でなければ本日の夕方案内いたします。荷解きもまだかと存じますので…」
「本当ですか、ありがたい。」
ラベルド様はゆるりと目元を緩ませた。
あぁ、笑顔が眩しい。
「大ホールで16時頃で大丈夫でしょうか?」
「はい、もちろん。」
「畑ですので汚れても大丈夫な格好でお越しください。」
「承知しました。楽しみです。」
にこやかなラベルド様を見てふと思った。
さらりと話は進んじゃったけど、もしかしてこれってデート…?
次回オルガとラベルド様がドキドキ初デート?