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第一話


それは後に「大地の危機」と呼ばれる出来事。

ことが起こったのは今から600年ほど前。


この世界の一番高い山:ターニプ山の火口の遥か上空「黒霧の渦」。

そこに住む暇を持て余した邪龍:キュウカムベルチが地上にちょっかいを出した。


龍から見たらちょっとした暇つぶしであったが、

邪龍が歩くところは灰になり、悲鳴があふれ、山林は焼かれた。


破壊を繰り返す邪龍を倒すため、各国は腕に自信のある勇者や騎士を集め討伐に向かわせた。


--結果は惨敗。


キュウカムベルチの振り撒く瘴気が逆鱗に剣を刺すことを許さなかった。

そんな中、各地の長を集めた国際会議で次の邪龍討伐にと白羽の矢が立ったのは

「浄化の緋龍」とそれを守護する一人の「美しき銀のエルフ」。

緋龍とエルフは、三日三晩邪龍と争い、勝利を収め世界に平和をもたらした。


しかし、その戦いで緋龍は負った傷から瘴気が漏れ出すようになってしまった。

第2の邪龍となるのを防ぐため、長たちは様々な意見を協議し結果、龍の信仰がある大国:ダディラン大陸の最東部の浮島を龍の治療を施す場とする事を決めた。

浮島の人たちに龍の治療への協力を仰ぐと、信仰のこともあり、本土への移住は混乱なく速やかに行われた。


浮島を引き渡す際、大陸の王はエルフに「紅き探究者シーカー」の称号を与え龍の治療と浮島の管理を命じた。

エルフと龍は誰一人踏み入れない環境で瘴気を癒す方法を模索した。

以前のような生活ができると信じて。


後に浮島は「泣いているクライ・ウッド」と呼ばれ、大陸が管理する関係者以外立入禁止の土地となり、エルフと龍の軌跡は通称「緋と銀の物語」として後世に語り継がれた。



---時は今。

此処はダディラン大陸最東部

ブロッサー地方--「泣いているクライ・ウッド」。

外周約5km程度のこの浮島は物語が本当である事との証明とともに緋龍がまだ完治していない事の証明でもあった。

そんな関係者以外立ち入り禁止のこの土地には2人の探究者シーカーと従者、そして龍が住んでいた。



「オルガ様。」


私を呼ぶ声に振り向くと栗色の瞳が私を見つめていた。


「ジンジャー、どうしたの?」


「鳩が届いておりまして、シュルド様があと2時間ほどで帰られるそうです。」


「ん、予定より少し早いね。ジンジャー今から晩御飯の準備お願いできる?今日は先生の好物でね。」


「承知致しました。」


「私は切りのいいところまで終わったら、薬湯の準備をするよ。」


私は手元のガラス瓶をちらりと見る。

貴族から庶民まで愛される香水「龍のドラゴンティア」の新作に使われる"特殊"な小瓶だ。

後20分もやれば区切りはつきそう。


「それはシュルド様が喜びますね。」


「花でも浮かべてあげようかな?」


「ふふ、シュルド様はそのような柄ではありませんよ。」


「相変わらず毒舌ですこと。」


ふたりでふふと笑い合って、そしてこの島の主人を迎える為各自持ち場に戻った。


----------


先生を迎える準備を終え、花壇に水やりをしていると、港の方から見慣れた背格好の人型が見えた。

海に沈む夕日が背景になっていて顔が見えないけど間違いない。

私はその人型に向かって急いで走り寄る。


「先生!おかえりなさい。」


「あぁ、オルガただいま。」


大量の手荷物と夕陽を背負っているのはクライ・ウッドの管理長であり私の先生シュルド・ヴァイス。

2週間ぶりのご帰還だ。


「お仕事の方はいかがでしたか?」


先生の両手を塞ぐたくさんの紙袋を受け取る。


「ああ、今回も順調だ。」


「それは良かったです!」


「特に今回はドラゴンティアの新作かなり人気だったぞ。今回の倍の注文をもらってきた。」


「倍ですか!明日から忙しくなりそうです…。」


「まぁ、納期はまだ先だからゆっくりやってくれ。そうじゃないとグリパーがパンクする。」


「ふふ、確かにそうですね。そろそろあちらにも人手を手配なさった方がいいのでは?」


「そうだな…求人とりあえず出してみるか。」


「グリパーさんにもいよいよ部下が…考え深いです。」


先生と2週間ぶりの会話、聞きたいこと話したいことが沢山あって止まらない。

気づけばもう家の前。

カラカラとドアにつけた鈴を鳴らして家へと入る。

晩御飯の支度をしていたジンジャーは、鐘の音が聞こえたのだろう美味しい香りを連れてキッチンからでてきて、主人を迎えた。


「シュルド様おかえりなさいませ。」


「ジンジャー留守番ご苦労。」


旗から見れば主人と従者の関係には見えないが、この2人にはこれが普通。


「いえ、おかげさまで二人での楽しい時間を堪能できましたわ。」


「それは何よりだ。」


先生はジンジャーへの返答もそこそこに鞄や手荷物をガタガタと下ろし、羽織を脱いでコート掛けにかけた。


「オルガ様からのご要望で、本日はシュルド様がお好きなものを晩御飯にご用意させていただきました。」


「お、それは楽しみだな。もちろん肝心なものもか?」


「お酒はシュルド様が持ち寄られると思っておりますので準備しておりません。」


「はは、さすがだな。」


先生たちのやり取りを横目に私は、食卓とは別のテーブルに紙袋を置く。

たくさんあるうちの一つが倒れて中からオレンジがコロコロと顔を出した。


「先生、お風呂準備してあるので先に入ってください。」


「本当か!ありがたい。体のあちこちガチガチでな…オルガの入れてくれる薬湯が恋しかったんだ。」


「そう言ってもらえて嬉しいです。着替えも用意してありますのでそのままで大丈夫ですよ。」


「何から何まですまん。ではお言葉に甘えて。」


湯屋に向かっていく先生を見送って、テーブルいっぱいの荷物を整理する。

たくさんのオレンジに、アザリーア町特製のブルーチーズ、フナウサギの干し肉、白黒葡萄の葡萄酒、ポムグラント特選米の清酒…他にもいろんな形の瓶が何本か。きっと中身はお酒だろう。

ジンジャーの言う通りお酒の準備は万端ね。


それと、先生が壁に立てかけたこの縦長の袋の中身は…布。

若草色、桜色、瑠璃色のものと淡い色合いのものが多い。

町に入るときの服用?でも今かえってきたばかりだし…それにどうみても男性に使うような布ではない。

洋服の仕立てのご注文?


色々と思考を巡らせていると、ふとドアがガタガタと揺れた。

私はテーブルのオレンジを一つ手に取り、外に出る。


「ジュノ、見回りお疲れ様。」


扉の向こうにいたのは私達の住む家より一周り小さい位の緋色の龍。

月明かりに鈍く光る赤い鱗は如何にも強そうで、切れ長の赤い瞳は私たちの腹の底まで見られている様な鋭い視線を放っている。

如何にもダンジョンのボスとして出てきそうな風貌だが、私に顔を寄せてスリスリする姿は子犬のように愛らしい。

この子はこの森の番人であり私の家族のジュノ。


「先生が返ってきたよ、はいお土産!」


私がぽいとオレンジを空に投げるとジュノはくちばしで上手にキャッチしてもぐもぐと食べた。

食べ終わるともう1個と急かすようにキューと可愛い声で鳴く。


「あとは明日ね。」


ジュノは不満そうに私を見つめたので、機嫌を直すように頭を撫でた。


「お仕事が少し増えたから、しばらくは外の時間は減るかもしれないけどよろしくね。」


ジュノはまたキューと短く鳴いた。

そして、バサっと翼を広げて飛び私の頭上を何回か旋回した後寝床へと飛んでいった。



——————



「あぁ、やっぱり自宅は最高だな。」


「シュルド様は基本引きこもりですものね。」


先生がお風呂から上がり、テーブルにお酒が並んでプチ宴会が始まった。


「引きこもりだとは人聞きの悪い。俺はこの島の管理を王に賜っているのだぞ。」


「そうではありますが月に1度くらいしか外には出られませんし。」


「島からはって意味だろう…外には毎日出てる。」


「最近は小瓶作りもオルガ様のお仕事ですし…」


「オルガの方が装飾のセンスがあるのだから仕方ないだろう…。」


「そう言っていただけて恐縮です。」


先生の空になったグラスに葡萄酒を注ぐと、お前も飲めと空のグラスを私に持たせ並々と注がれた。

溢れないように口元に運べば、ふんわりと優しい葡萄の香りが鼻から抜ける。


「…これ、お酒ですよね?」


「そうだぞ、今淑女の間で人気の酒だそうだ。」


パッケージを見れば確かに果実酒と書かれているがアルコールをあまり感じさせないお酒だ。

これはガバガバいけてしまう。

女性人気なのもわかる。


「あら、でしたら私にも頂けますか?」


「ジンジャーは酔わないだろう、そう言うところも含めて酒は美味いのに。」


先生の2週間の道中記を聞き、葡萄酒の瓶の底が見え始めた頃思い出したように先生が声を上げた。


「あぁ、そうだ。オルガ、来月の中頃に来るお客様用にティアチャームを作ってもらいたい。」


「お客様ですか?」


こんな辺鄙なところにお客様が来るなんて。

いつ以来だろう。


「いつも贔屓にしてもらっているフィルア商会の次男坊だ。知っているだろう?」


フィルア商会ー

大陸でも珍しいコボルトの女亭主が切り盛りする商会で、うちのお得意様である。

商品は魔物向けから人族向けと幅広く、日常品からニッチなものまで品数が多いのが特徴だ。

特に本店は他大陸の商品を積極的に仕入れ、連日流行に敏感な方たちが通っているお店だ。


「フィルア商会様の次男様と言うとラベルド様でしたでしょうか?」


「そうだ。ん?オルガは会ったことはなかったか?」


「はい、お会いしたことはないですね…。」


先生のところに来て5年。

フィルア商会様には挨拶に伺ったことはあるけれど長男のラズベル様、長女のラムイア様にしか会ったことはない。

コボルトのお母様とヒューマンのお父様を持つお二人はヒューマンにはないモフモフのお耳と尻尾をお持ちで撫でくりまわしたい衝動に駆られたのをよく覚えている。

そんなフィルア家の次男ラベルド様は色んな大陸を渡り歩き商品を見極め店に卸す、とてもお忙しい方だと聞いている。


「そうかそうか…まぁよろしく頼むな。」


「承知しました…でもなぜこの島に?」


お取引も随分前からあるし、私の作るものに何か不具合でもあったのかしら。


「まぁ現地見学だな。それと…」


「それと…?」


先生はグラスをコトッとテーブルに置くと、暫しグラスの中を見つめた。


「…それと…オルガとの顔合わせだな。」


先生は頬をポリポリと掻きながら照れくさそうに顔を上げた。


「顔合わせ?」


「あぁ、その…婚約者として、な?」


「えっ?」


先生は今度は手をモジモジとさせ私の顔を覗く。


「あの、そのな、酔った勢いと言うか。」


なんですか!その学生の付き合うきっかけみたいなノリ!

突然のことで言葉が口から出ていかなくて、頭の中で叫んでいると先生が続けた。


「社長がな次男に女の子の影がなくて心配だって言うものだから…私も異性との出会いが少ない弟子の将来が心配だって話をしたら、じゃぁ2人くっつけば良いのでは!って話が盛り上がってな…」


「はぁ、…なるほど…?」


「急なお話ですわね。」


先生の話に流されそうになる私をジンジャーの声が引き止める。

チラリとジンジャーをみると目を細めて先生を見ていて少し怖い。


「まず、ご両親にはお話を通してあるのですか?」


「…それが済んでいるんだな、これが…」


先生はニヤニヤと私とジンジャーに笑いかける。

まさか、私の知らないところで両親も公認の婚約者が出来ていたとは。


「…シュルド様にしてはきちんと対応なさってるのですね。」


ジンジャーは、瓶に残っていた葡萄酒を全て先生のグラスに注いだ。


「当たり前だろう。オルガの今後が関わっているからな。」


「まぁ、わたくもオルガ様の今後は心配はしておりましたが…」


「え、そうなの…?」


ジンジャーの思いもよらぬ言葉に驚く。

そんな心配されていたなんて。

確かに21になっても浮いた話の1つもあがっこともないのは確かに心配しちゃうかもしれないけども!


「ラベルド殿には何度か会った事あるが、話も面白くていい男だぞ。何処ぞの男より断然いい。」


「シュルド様。」


先生とジンジャーのやり取りを見ながら、うーんと考え込む。

会ったことのないラベルド様。ご活躍も凄いし先生の評判も良いし、悪い方ではきっとないのだろうけど…。

先生は困った顔をしていた私を柔らかい表情で見つめた。


「オルガそんな心配しなくても大丈夫だ。単なる顔合わせだからな。…お互いの気持ちも尊重したい。」


あぁ、なんだかんだ顔合わせは確定事項みたいだ。


「3週間程ほど滞在の予定だからな。その間に親睦を深めてみてくれ。」


合わないなと思ったら白紙にしてもいいと先生も言っているし、まぁ…私がどうこうと言う前に相手が違うと、思うかもしれないけれど。


「わかりました。とりあえず会ってはみます。」


先生は私の返事に安心したような嬉しいような笑顔を浮かべる。


「よし!オルガのお墨付きももらったし、明日からは忙しくなるな!もう寝よう!」


なんだかご機嫌になった先生は一気に葡萄酒を飲み干し、高らかに宴を終了する宣言をした。

呆気に取られている私を気にも留めず、先生はお休み〜と陽気な足取りで部屋の方へと消えた。


「オルガ様、此方の片付けは私がしますのでお風呂をどうぞ。」


「ありがとう、ジンジャー。」


「明日からは忙しくなりますから早く寝て疲れをとってくださいね。」


ジンジャーの声色も心なしか楽しそうに聞こえる。


「うん…」


予定外の大型な用事が増えてしまった。

お風呂に浸かりながら明日からの仕事の予定をもう一度練らないといけなさそうだ。




初めまして、こんにちは!

二会ふたえ 柚璃ゆずりと申します。

オルガ達の騒がしい日常を是非是非よろしくお願いいたします!

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