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 バレンシア家まで久しぶりに歩いて帰った。どうして久しぶりかというと、テレスの婚約者になってからは毎回、バレンシア家と王宮の往復に、馬車が用意されていたからである。歩きながら、思わず涙が溢れそうになった。それは馬車に乗れなかったからでは、もちろんない。テレスから婚約を破棄されたという事実があるからでもない。テレスが私を愛していないことを思い知らされたからであった。

 しばらくぶりにこんな長い距離を歩いたせいで、段々と息が上がってきた。体力と引き換えに、私は何を得られたというのだろうか。王宮から家までの距離なのに、今の私には無限のように感じられてならなかった。早く家に帰りたい。帰ってぐっすり眠りたい。それ以外のこと、特に今日起こった複雑な問題については、考えたくなかった。


 屋敷に戻ると、父と母、それにタッカーは私をあたたかい笑顔で迎えてくれた。きっと通達も行っているのだろう。父は何も言わず、私を抱きしめてくれた。私はただ泣くことしかできなかった。


「お父さま…」


「お父さん、でいいんだよ」


 父の優しいひとことに、私は溢れる涙を、止めることができなかった。それまるで、決壊したダムのようだった。


「セルナ、泣くのはおよし」


「お父さん、ごめんなさい」


「謝らなくたっていい。セルナがイザモアをいじめてなかったことなんて、家族はみんな知っているんだから」


 母も、優しい好青年のタッカーも、しみじみと頷いた。


「よし、気分転換に引っ越ししようか」


「そうね! セルナ! 荷物運び手伝いなさい! タッカーもね!」


「はーいおばさん!」


 タッカーは無邪気に、部屋の奥まで走っていった。タッカーの母への呼び方が「お母様」から「おばさん」に変わっている。恐らく、母がそうするように言ったのだろう。


 結局のところ、私たちバレンシア家は、屋敷から元の小さな家に戻ってきた。


「あれ、タッカーは戻らなくてもいいの?」


「あ、はい、ええと」


 タッカーは、私に対する口の利き方で迷っているようだった。


「砕けた口調でいいわよ。私たちもう友達なんだから」


「ありがとう、セルナ!」


 タッカーの顔はぱあっと明るくなった。眩しすぎるくらいの好青年。金髪だし、顔もイケメンだった。


「僕はね、ダルハザン帝国の騎士だったんだ」


「えぇっ! 嘘でしょ!?」


 ダルハザン帝国とは、私の住む国バルデン王国と、私が小さな頃に一戦交えたことがある。今では停戦中だが、未だに隣接する両国は常に緊張状態にある。タッカーにそんな過去があったなんて。


「そしてバルデンに捕虜として捕らえられ、使用人として至る所で仕えてたんだ」


「そ、そうだったのね」


 なんと返答していいか分からないほどの、壮絶な過去だ。やっぱり、人には色々な過去があるということか。


「でも、過去は関係ないさ! 俺、ここのおじさんにもおばさんにも優しくしてもらえるし、それに」


 タッカーは無邪気な顔をして私の目を見た。そして言った。


「セルナとも友達になれたんだからさ!」


 私の心に、不思議な感覚が沸き起こった。この気持ちって、いったいなんなんだろう。

 単純な言葉では言い表せない、ポジティブな感覚。それは私が、テレスに対しても、他のどんな人間に対しても感じたことのない感情だった。

 語彙力の乏しい私には、ふわふわとしたこの気持ちを言語化することなどできそうもなかった。

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