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「セルナ、せっかく早起きしたんだから少し一緒に散歩しない?」
「いいの? 疲れてるんじゃない?」
「はははっ! 何言ってんだよセルナ! 俺を誰だと思ってる?」
「ダルハザン帝国の兵士」
「元、ね」
わざわざ訂正し、タッカーはがははと笑った。特に意味はないけれど、私もタッカーにつられて笑った。
私とタッカーは、家の近くを少し散歩することになった。歩きながら周りを見回してみたり、大きく息を吸い込んだり、吐いたり。タッカーは、外の世界を思い切り堪能しているようだった。それにしても、綺麗な歩き方だ。背筋もいい。元兵士だからか。とても気品があるように感じられる。言っちゃ悪いがバルデン王国軍には、ここまで気品のある兵士はいない気がする。でももしかしたら、ダルハザン帝国にもいないのかもしれない。タッカーの唯一無二のものである可能性もある。不思議な男だ。
「タッカーは落ち込むこととかないの?」
「いきなりどうしたの?」
「いや、タッカーいつも笑ってるから」
「それじゃあまるで俺が馬鹿みたいじゃん!」
タッカーはまたわっはっはと声を出して笑った。そういうところを言っているのだけど。
「あるよ」
さっきとはうって変わって、今度は真面目な調子で、タッカーは答える。
「そっか。そうだよね。そんな時、タッカーはどうするの?」
「歌う!」
「歌?」
「そう! 歌を歌うんだ。ダルハザン帝国のさ、お気に入りの民謡があって、それをよく歌うんだ。この歌は祖国でもそこまで有名ってわけではないんだけど、だからこそ歌うんだ。どうしてかわかる?」
「普通に好きだからじゃないの?」
タッカーは首を横に振った。
「それももちろんそうなんだけどさ、もっと大事な理由があるんだ。それはね」
「それは?」
「ひとつは、この歌を知る人を少しでも増やすこと。こんなにいい歌なのに、俺が誰にも教えないま死んだらこの世に知ってる人がまたひとり減ってしまうからね。だから、俺が生きているうちに1人でも多くの人に広めたい」
「素敵だね」
「ありがとう」
タッカーはにっこり笑った。
「よかったらその歌、私にも歌って聴かせてほしいな」
「あ、そうだね! そういえばまだセルナの前で歌ったことなかったね、ようし!」
タッカーが大きく息を吸い込んだ時、近くの草むらから物音が聞こえた。
「待って、タッカー、誰かいる!」
タッカーは歌うのを断念し、素早く私を庇う態勢になった。
「誰だ! そこにいるのは! 出てこい! 何者だ! 一体何が目的なんだ!」
しばらく沈黙が続いたが、ようやく観念したのか、草むらから1人の男が出てきた。
正体はボージだった。