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綺麗なブドウ畑から、ブドウが一房残らず姿を消していた。ボージと彼の父、母、妹、弟は全員畑に身を突っ伏しながら声を出して泣いている。よく見ると、あんなに綺麗だったブドウ畑にはゴミや動物の死骸が散乱していた。
私の頭には咄嗟に、例の強盗たちの姿が浮かんでくる。
「誰が…! 誰がこんなに酷いことをッ!」
年老いたボージの父親は、悔しさの滲んだ涙声で叫んだ。村のみんなも集まって、深刻な顔でボージたちを見つめている。ボージの1番下の弟は、何がなんだか分からないような不安な面持ちだった。それでも小さな頬には、大粒の涙がつたっていた。
「ああ…! お父さん、どうしましょう…! 明日は王宮にブドウを献上する日だというのに!」
「ブドウは1個も残ってないのか、どうなんだ、ボージ!」
「ないよ、父ちゃん。仕方ないからさ、王宮へは別の果物を…」
「大馬鹿者!」
年老いた父親は、眼の色を変えて怒鳴った。さすがのボージも、これには怯む。
「国王は、ワシらのブドウを毎回楽しみにしてくださっておる! ブドウを献上できないということは、今までワシらを信用してくださっていた国王を裏切ることだ!」
「お父さん…!」
横で聞いていたボージの母親は泣き叫んだ。人だかりの中からも、沢山のすすり泣く声が聞こえてくる。その中から、村長が前へ進み出た。
「ボンセさん」
年老いた父親は顔を上げた。『ボンセ』というのはボージの家の名前だ。この場合は年老いた父親のことを指す。
「すみません。村長」
「謝ることなんか何もありません。これは泥棒にやられたということは明白です。村のみんなはむろん、貴方の味方だ。国王にも事情を話せば、分かってくださるでしょう。何せ慈悲深いお方だ」
「はぁぁ…!」
ボンセは手を合わせ、天を仰いだ。
ボンセは村長と一緒に明日、王宮へ出向くことになった。私たちは村のみんなで、荒れた畑の整備を手伝った。ボンセ家の痛みは、村の痛みだ。当然のことである。
しかし、ボンセ家はどうしてこんな目に遭わなければならなかったのだろうか。
「俺のせいかもしれない」
家に帰るとタッカーは神妙な面持ちで呟いた。
「そんなことないよ! だってタッカーがあの時助けなかったら、ボージのお父さんは殺されちゃってたかもしれないんだよ?」
タッカーには、私の声が届いていないようだった。