禅問答「不意打ちNTR」
「作麼生」
「説破」
あるところで、橘家の家庭の事情について描かれた厚い経典を読み終えた2人の禅僧が、不意打ちNTRの是非について問答をはじめた。
「不意打ちNTR。其は将に悪鬼の所業に非ずや?」
「否」
若き禅僧の片割れ――仁はすぐさま応えを返す。
「不意打ちNTR。其は複雑にして奥深い悦びである」
――と。
「倒錯である」
相対するもうひとりの若き禅僧――鯨楠が反論を述べる。
「そのように脳を破壊され悦ぶは一部の性倒錯者のみ。多くの無辜の読者にとって、不意打ちNTRは観劇のさなか、いきなり演者に殴りつけられるに等しい。其は将に人道にもとる悪鬼の行いである」
「腑抜けたことを」
仁は鯨楠にそう言い放ち、己の主張を展開する。
「読書とは作者と読者の『死合い』である。平穏な日常から一転する不穏。絶望から転ずる起死回生の幸福な結末。突如遭遇する密室殺人。背後の死霊。一寸先は闇――その何が起こるかわからぬ次の頁へのスリルと期待感こそが読書の妙味。作者の仕掛けに前知識なく挑む蛮勇なくしてなにが『読者』か」
「暴論である! ゾーニングも考えず、己のエゴを振りかざして徒に他者を傷つけ、悦に浸る。それでは小学生をハイエースして〇しまくった挙句、最後は練炭自殺してしまった大学生2人組と、どれほど違うというのか! 作者とはそのような非道が許される上級国民ではないのだ!」
「あの大学生2人組は許されてないから練炭自殺したのだ! そんな性犯罪者と不意打ちNTRを同一視するお主の方が暴論ではないか!」
白熱する禅問答。
仁はなおも言い募る。
「そもそも、『ジャンル分け』という行いがまず軟弱なのだ! ジャンル『NTR』ってなんだよ! それもう『このヒロインNTRされますよ』ってわかっちゃうじゃん! ネタバレじゃん! なんのスリルも得られないじゃん!」
「お主は年間何千何万と生み出されるこの日本の豊かなエンタメ作品群から、ジャンルの絞り込みなしで自分に合う作品を探せとでもいうのか?」
「ジャンル分けするにしてもネタバレに配慮をしろって話だよ! ジャンル『純愛』じゃなくてジャンル『純愛の確率80%』とかでいいじゃん!」
「良かねえよ! それだと20%の確率でなんかとんでもないこと起こっちゃうじゃん! 『NTRに純愛を1ページ混ぜてもそれはNTRのままだが、純愛にNTRが1ページでもまざれば、それはNTRになる』んだよォ!」
「それが良いんだろうが! 先が読めないスリルだよスリル! それともあれか? お主は『姫騎士が単身で悪の魔術師のエロトラップダンジョンに挑む』みたいな結末が100%みえみえの作品が読みたいとでも!?」
「……読みたいが?」
「………」
「………」
「………」
「……むしろ、お主は読みたくないの?」
「……読みたいが?」
問答の末、ふたりの僧の間に理解が芽生えた。
――しかし、
(悪の魔術師×清純姫騎士のイチャラブ快楽堕ちこそ至高)
(帰りを待つ恋人の元に、悪の魔術師から姫騎士のNTR遠視魔法が……)
真の理解にはほど遠かった。
この作品はフィクションです。
実在の人物・団体とは一切関係ありません。