馬場雅春警部補
「今帰った」
「お疲れ様です」
警部とともに警視庁の自分の持ち場に戻ると、まるで執事のように扉の前で馬場警部補が出迎えてくれた。
「上着お預かりします。あ、それともうすぐ帰る頃だと思って飲み物用意してあります」
警部は肩にかけていた上着を馬場警部補に渡し、重い足取りで自分のデスクに向かった。
「ああ、すまん。それより佐竹と小島は?」
「まだ、帰っていません」
警部補はハキハキと答えた。
「あれ、ここに束ねてあった書類は?」
帰ってきてからやろうとおもlていたのか警部のデスクに溜めてあった雑務は既に警部補がこなしているように思われた。
「某が済ませておきました」
「相変わらず気が効くな」
「いえいえ」
ニッコリと微笑む馬場警部補。しかしその微笑みには何か裏があると私は勘づいていた。
私のデスクには予想通り、大量の紙の束が載っていた。
思った通りだ。
彼は警部の上に置いてあった書類を自分を含む部下四人に分割してそれぞれのデスクに置いていたのだ。
そしてその紙の束の上には決まって”文句を言ったら殺す”という付箋が貼ってる。
馬場警部補がこの人口管理班のナンバーツーである以上、誰も警部に本当のことを言えない。
言ったとしたら、後でボコボコのタコ殴りだ。
馬場雅春警部補、彼は原警部と違い優秀だ。
彼は警察官としての威厳や態度はもちろん、任務も的確に果たしている。
正直な話、彼がいなければこの班は壊滅していた。いわばこの班の立役者といっても過言ではない。
そんな彼にも欠点がある。彼は原警部を敬愛している。
なぜあんなひょうきんな警部を好いているのかわからないが、事実彼は警部がこの班に移動となった時、自ら志願してこの班に来た筋金入りの変わり者だ。
だから今日も警部の分まで仕事をして、愛想よく振りまいている。
「今戻りました」
私が呆れ顔をしていると佐竹先輩と小島警部補が戻ってきた。
「おーい馬場、茶くれねえか」
「自分で入れろ」
もっとも馬場警部補の愛想は警部オンリーで我々に対しては冷たい。
「あ、自分が入れます」
とっさに私が動き、二人にお茶を注いだ。
「今日は近場で助かりましたね」
ほぼ毎日回収に動いている我々は、彼らの自宅に赴かなければいけないため、普段から体力をつけておかないといけない。捜査は足で稼ぐとはよくいったものだ。もっとも我々がやっているのは捜査ではないが。
今日は都内近辺だからよかったものの、たまに郊外まで赴かなければいけない時もある。もちろんその時は徒歩ではなく車で向かうが。それでも体力はあるに越したことはない。
人数に関してはその前日の出生人数によって決まる。
今日は十二人だった。
「警部、明日の人選が届きました」
馬場警部補が原警部に数枚の紙を手渡した。
「う〜ん。渋谷に奥多摩に青梅、どれも遠いな。うわぁ! 来たぞ」
警部はその中の一枚を見て自分の額を叩いた。
「よ〜し、誰が行く?」
そして警部は各々自分達のデスクで何か作業をしている我々の方を見た。
私はちょうど全員にいつものお茶を出し終えて、席に着くところであった。
「自分はこの前行きましたけど」
佐竹は茶をすすりながらそう言った。
「私は警部と一緒ならどこへでも」
馬場警部補は相変わらず不毛な媚を売り続ける。
「勘弁してくれ、俺は疲れた」
「俺も嫌っすよ。もうあっちは飽きた」
小島は自分のデスクに足を上げてくつろいでいた。
「んじゃ、佐竹と井伊。行ってこい」
警部は少し考えてから自分達を指名した。
「ええ〜! 自分ついこのあいだ行ったって」
佐竹先輩が明らかに嫌そうな顔をした。
「遠方出兵はやっぱり若いもんに任せねえとな」
と訳のわからない論法を並べる馬場警部補は内心ほっとしたような表情を見せた。どうやらたとえ尊敬する警部と一緒でも本心では行きたくなかったらしい。
「特に井伊はまだあんまり行ったことねえだろ」
「いえ、自分ももう五、六回行ってますが」
警部の意見に物申すような形で返答した。
「俺たちはその三倍行ってんだ」
小島警部補が難なくその意見を覆した。
きっと何を言っても無駄だろうと悟った。
「…わかりました」
しぶしぶ二人で行くことに同意した。
「あ、土産よろしく」
警部は相変わらずのひょうきん者だ。