平和のため
佐々木康生を連れてやって来たここは世間的には誰にも知らされていない秘密の場所。
彼は別に何の犯罪も犯していない。だから、我々も彼に手錠をつけてはいない。
しかし彼は今からある刑に処される。弁護士も、裁判官も検事もいないこの場所で。
もう一度言うが彼は何の罪も犯していない。しかし彼はここで我々の手で殺される。
なぜか。一言で言うと規則だ。
我々は定期的に善良な市民を殺している。だから我々は死神と言われている。
殺されるのが決まった市民には約三ヶ月前から死刑執行の通達が来る。
その間に何をしようとも彼らの自由だ。
その通達を職場で見せれば、職場も休むことができる。
多くの人はその三ヶ月の命を家族とともに過ごしたり、やりたかったことをやる。
中には犯罪に手を染めようとする者までいる。
このシステムを導入してから、三ヶ月後我々が伺っても逃げようとするものはめっきり減ったが、ゼロではない。やはり人間誰しも死とは怖いものであり、是が非でも避けたいものであろう。
中には死刑宣告を受けて、自ら自殺してしまうものや、一家心中してしまうものもいる。
何とも悔やまれないが、これも規則。国民が賛同した新しいルールだ。
この世の中はロボットが多くを取り仕切っている。
今や人間が行う仕事の半数が機械化され、多くのものが職を失った。
もちろん、いまだに人間の手が必要な職はたくさんあるし、新たに人間にしか扱えない仕事がどんどんと誕生している。
この世の中はよく言えば平和な世界だ。
人種差別はいまだ解決とまではいかないが、財力や地位の差別化はほとんどなくなったことで、紛争や国同士の戦争などもめっきり聞かなくなった。
交通事故も車などの安全性能が向上して大きく減少した。
食料不足も減少の一歩をたどっている。
病気に関しても医療技術の発展とロボット導入のおかげで人間の死亡率が大きく下がった。
これはつまり人々がなかなか死なない世界。
今や人間の平均寿命は百三十二歳。
そして出生率も年々伸びて来ている。
人口過密だ。
人口過密の一番の問題、それは金の支出だ。
数十年前からこの国では全国民に対し平和で便利な生活を死ぬまで補償する国民永年補償法という法律が定められた。
これは健康保険、災害保険、失業保険、国民年金、教育保険などありとあらゆる事態に対する補償が全国民に与えられる。
もちろん社会主義と違い、その人の職業や地位、つまり稼ぎに見合った補償を。
代わりに死亡保険という概念はなくなり、人が死んでも遺族に一銭も支払われない。
また遺言などによる財力の相続は原則禁止となり、その人物が死ねば、その人物が今までに稼いだ金は全て国のものとなる。
しかし人口管理班から通達が送られて来た場合のみ、該当者遺族に半年間給付金がもらえ、該当者の私財は遺族が受け取ることができる。
このような法律が作られた。
しかし財源が限られているため、国が補償できる人数には限りがある。
かと言って今の世の中人々は事故に合う確率も少なくなり、病気による死亡率も著しく低下している。人口が増える一方でその分、国は金を支払わなければいけない。
いつかは全人口を支えきれなくなり、国は滅びる。そんな日も近いのかもしれない。
そこで起死回生の策として国が提案したのが、ありふれた人の排除である。
昔中国で実施した一人っ子政策をこの国でも実施すればいいのではないかと思うものもいたが、一人っ子政策でも間に合わないほど事態は深刻だという。
国は国民に対し、投票を行った。
結果人を定期的に排除することに過半数が賛成し、可決された。
一番の理由は今ある自分たちの生活が壊れてしまうのが怖いからだそうだ。
確かに一昔前まで戦争が世界で起こり、差別による紛争が多発。
この国でも貧困の差が激しく、治安も悪かった。
裕福なもの、貧しいもの二種類の人間が共存する社会では、小さいものではいじめ、大きいものでは大規模なテロまで起こり、多くの国民が犠牲になっていたのも事実である。
あの時と比べると一枚岩となったこの社会は何と平和に感じるか。
それを身にしみて感じている国民がどれだけいるか。
多少犠牲を払ってでもこの生活を守りたい、そう思ったのだろう。
こうして我々が生まれた。
人口管理班。定期的に国民の中から平等にそして公平に人を選別し、排除している。我々はそれを“回収”と呼ぶ。
もちろん犯罪者優先や、地位や財力のあるものは後回しということはない。
全国民を登録した人選機、正式名称は知らないが全人口の中から複数人を抽選する機械、通称人選機が平等に、公平に人選する。
たとえ賄賂を受け取っても、見知った人間でも、我々は人選機に従い、老若男女問わず、私情を持ち込まずに殺す。
こうやって我々は今の世の中を守っているのだ。
みなさんご無沙汰しております。もう七月ですね。日本は相変わらずの猛暑なのでしょうか。こちらは去年よりはだいぶ涼しいと思います。みなさん身体にお気をつけください。
さてこの世界の仕組みがようやく明かされたと思います。みなさんはこういう世界どう思いますか。ワンフォーオールの世界。一人の命で全員が助かる、本望ですか。それとも全員を危険に晒してでも生き残りたいですか。自分は死んでもいいと言っても親族がそれを許さないかもしれない。あなたがその該当者になったときの心情、そして該当者の親族になったときの心情に違いはありますか。よかったらお聞かせください。