死刑執行
錆び付いた壁、錆び付いた床。歩く足音が異様に響く。音がよく反響するほど壁との距離が狭い証拠だ。
蛍光灯がぶら下がっているが、暗いことこの上ない。
窓もないのでここに長居すると脳内時計がくるってしまう。
建物の構造だけ見れば廃墟となった病院といえよう。
廊下は長くまっすぐ伸び、両側には病室のような引き戸がある。
引き戸にはそれぞれ番号が書かれている。
匂いはというと、少しカビ臭い気がする。換気ができないからだ。
ここは特定の人物しか入ることのできない謎の空間。
その人物とは我々人口管理班と、これから私たちに殺される人。つまりここは処刑場である。
”罪人”を前にその斜め後ろから指示を出す。万が一にも逃げられたら面倒である。
出入り口は進行方向にはない。逃げるのであれば否応にも私の方に振り向かなければならず、その一瞬さえあれば相手を食い止めることができる。
やがてある番号の扉の前に差し掛かると、「そこの扉で止まってください」と優しく話しかける。
別に彼らは犯罪を犯したのもではないので、強い口調は不要だ。これから行われるのは査問ではなく、刑の執行。
彼らには一体この空間がどのように見えているのだろう。
私たちと同じようなしみったれた光景なのだろうか。
はたまた気を紛らわすために彼にはここが鮮やかな花畑にでも見えているのだろうか。
彼の顔を覗き込んだが、彼は操られたように無表情だ。笑いもしないし、悲しみもしない。死への恐怖を通り越した表情とでも形容しようか。
これが生きることを諦めた顔なのだろう。
「どうぞ」
そう言って五十八番の扉を引き、彼を中に入れた。
彼はゆっくりとした足取りで中に入った。それはまるでゾンビのようだった。
扉を開くと、まっすぐ進んだところに厚い鉄の扉があり、扉の右側にも扉がある。
私は彼を奥の部屋に入るよう促した。
私は彼が中に入ると鉄の扉を閉めた。
なぜ鉄なのか。それは防音のためである。断末魔がこの建物外まで響いてしまえば、幽霊屋敷としてその業界で有名になってしまうかも知れない。この建物は絶対に他人に知られてはならない。これもまた人口管理班の存続に関わるのだ。
私は右側の部屋に入った。こちらの扉は引き戸ではなく、内側に開く。左を向けば大きな透明なガラスがあり、その先には先ほどの男性が静かに佇み次の支持を仰いでいる。
ガラスの手前にはある装置と、回転椅子があるだけで非常に質素である。
もちろん、ガラスも薄く見えるが、これは強化ガラスで弾丸も通さないほど硬い。人の拳で割ることなど不可能だ。
彼がいる部屋、ここが彼の死ぬ部屋だ。
色合いは今までと一緒で全てが錆び付いている。
家具などは何もない。ただ彼を部屋の中央、印があるところに立たせるだけだ。
私がいる場所と彼の場所はマイクでつながっている。
彼をマイクで外から誘導し、その場に立つよう命じる。
彼が印のところに立ったのを確認すると、私は装置についているタッチパネルを操作した。
赤いレーザーのようなものが部屋中を照らす。まるで防犯装置のようだ。
レーザーは前後左右と天井につけられており、それが横移動して部屋中を満遍なく照らす。
これで、彼がどこにいるのか、そして彼の体格を正確に測る。
装置につけられたモニターに認証完了の文字が映し出されれば、レーザーは消える。ここまでものの数秒だろう。男性には辞世の句を考える猶予もないだろう。
またタッチパネルを操作すると、今度は四方の壁から何かが出て来て、彼を拘束する。見た目は四角い箱のようなもの、高さは彼の胸ぐらいまで。それが彼を押し付けるように四方から固定する。
ここまでくればあとは簡単だ。
少しタッチパネルを操作すると、私からは見えないが、ちょうどガラスの上の壁あたりからギロチンのような刃物が横向きで勢いよく発射され、弓形に彼の首を切り落とすと、ちょうど発射された場所の対面に収納される。これもほんの一瞬だが、その一瞬であたり一面が真っ赤に染め上がる。私はその光景を瞬きすることなく凝視する。私たちにまた新たに罪の意識を植え付ける。目を背けることは許されない。不謹慎である。狼狽えることなく毅然とした態度で最期を見届ける。それが礼儀というものだ。
レーザーで彼の体格を調べたのはそのためだ。人の身長に合わせて、ギロチンを発射する位置を調整する。彼を苦しませぬように一発で確実に仕留められるように。それがせめてもの情けだ。
最後に天井のレーザーがもう一度発射し、首のない彼を当て、ちゃんと首が切られて、そして死んでいるかが確認できると、彼を押しつぶしていた装置がゆっくりと彼から離れて壁に戻る。
彼の首の無い死体がゆっくりとうつ伏せに倒れる。
私は血みどろの部屋に入り、落とされた首を腫物に触れるように回収する。乱雑に扱うことは許されない。
部屋に入るといつも胃がムカムカする。死臭がする以前に血の匂いが漂っている。それこそヘモグロビンに含まれている鉄の匂いだろう。
首の表情は相変わらず無だ。
首の切られたところから血が流れ出ていた。それが彼の表情を眺めていた私の袖口についた。
早く洗わないと、シミになってしまう。何よりこの部屋にとどまり続けるのはあまりに血なまぐさくてしょうがない。
首は廊下を出てまっすぐ言った先の部屋に首塚と呼ばれる部屋があり、そこに置いて行く。その後その首がどうなったのかは知らないが、いつも首塚に入ると、今まで回収した首が残っていないのを見ると、おそらく誰かが回収しているのだろう。火葬か土葬か。私はどちらだって構わない。
部屋の掃除と、胴体の回収は他の誰かが行なっているらしい。
なぜなら次使うとき、何も残ってないのだから。
しかし掃除されているところなど一度も見たことがない。
ああ、カビ臭い、血生臭い、鉄臭い。匂いが廊下にまで漏れて、壁や床に染み付いている。
早くこんなところから出て行こう。
外に出て血の匂いのしない空気を、生きている人間の匂いがする空気を吸いに行こう。




