箱庭
つぎの日から彼女の余生に徹底的に付き合う生活が始まった。
これが今の私にできること。精魂込めて彼女に尽くそう。
待ち受ける死をほんのひとときでも忘れさせるために彼女と代わり映えのない毎日を最後まで過ごそう。
ある真夏の休日には水族館へ行った。
警部に無理を言って休ませてもらった…訳ではない。
その日は回収する人数が少なく、午後二時前には全ての仕事が終わったので、せっかくだったらと彼女を誘ったのだ。
都内最大規模の水族館。ここに来ればほとんどの海洋生物は見られるという。
「わ、見てみて!」
彼女は水槽の中の何かに指差した。
しかし私は彼女が何を見てそんなに喜んでいるのかわからなかった。しかし彼女が喜んでいる姿が見れただけで本望である。
私は水族館が好きだ。
夏の時期にはクーラーが効いてて涼しいからという理由では決してない。
この暗さが好きなのだ。
暗い道、その周りを青白い光で照らされた水槽がなんとも神秘的に感じ、殺伐とした外と違って気持ちが安らぐ。
水槽の中の生物はどれもゆったりとしていて、気持ち良さそうだ。
社会の秩序に囚われている我々とは打って変わって開放的に見える。
人口の水槽では、自然の中に生きているのと比べるとやはり自由度にはやや欠けるが、それでも自分のやりたいことを好きな時に、本能に任せてやれるのは私にとっては憧れでもあった。
「ほら、見て見て、この魚綺麗だね!」
「うん…そうだね」
彼女は小さな水槽で泳いでいる鮮やかな熱帯魚を見ていた。
私は憧れと同時に哀れみをこの魚たちに抱いていた。
自由を求める人間としては魚が一番の理想の形ではないかと私は思う。なぜなら陸に住まなくていいのだから。
土地を勝手に自分の領地と称し支配する、環境を私利私欲のために破壊する我々人間。そんな陸地は人間以外にとってはなんとも息苦しい場所ではないか。地球のたった三割しかない陸地に人間は他を押し退けて踏ん反り返っている。大層な身分である。
そして今や、肺呼吸しかできない人間は海にまで進出し、勝手に境界線を引いている。
その敷地内で勝手に網を広げ、自由に泳いでいる魚を捕獲する。
そんな魚を人間は食べる。食べることは生きることと同じだから仕方がない。
しかし人間は食べる以外にも娯楽のために、この水族館という檻に閉じ込める。一体これは生きるのに必要なことだろうか。
限られた空間で、泳ぎ続け、決まった時間に食事を与えられ、ほぼ毎日大きな何かに見つめられるこの環境。
たまに自分たちに触れようとして箱を叩くものもいる。
魚の中には些細な振動でもストレスがたまって死んでしまうことだってあるというのに。
これが捕まった魚たちの運命なのだろう。
一生をこの檻で暮らす。それこそ中にはこの水族館で生まれたものにはこの狭い世界しか知らないし、知らされないのだろう。
水族館が始まった当時はおそらくこういう思想を持った人がいただろう。それで魚たちを元いた場所に離してあげたいと思っていた者も少なからずいたはずだ。彼らは魚たちの運命を変えようとしていたのだろう。
しかし時が流れるにつれ、水族館にいる魚は鑑賞するものという概念が定着し、誰も水族館の魚たち運命を変えてあげようとは思わなくなった。
「ね、お土産見に行こう!」
彼女が私の手をとって早歩きでお店に向かった。
彼女の手は暖かかった。
水族館の魚だけではない。我々人間もそうだ。
人口管理班が設立し、人を定期的に排除する法律が制定された当初は批判が相次いだはずだ。
生きたいのに生きれない、そんなことが許されてたまるかと。人権侵害だとのたうち回っていただろう。人口管理班が回収しようとした時、周りの人が懸命に食い止めたことだろう。しかしそれが今やこの社会の日常となってしまった。選ばれたらそれまで。それまでが人生なのだと、周りの人たちは助けるのをやめ、当の本人もそれ以上生きることを諦めてしまった。それは運命が決して覆らないことを知ってしまったからだ。
怠惰を心の底では望んでいる人間たちは無駄な努力はしない。いくら頑張っても何も変わらないと知れば必然的に止めたはずだ。
私自身も人を殺すことが日常だと思って、人を殺さない生き方を探るのを怠って来た。
そのツケが今自分に回って来たのだ。
弁解のしようもない。腐っても人間だな。
これまでずっと自分の本心から逃げて来た罰だ。最高に苦しんで、彼女を自ら手にかけよう。
それしかもう、方法はない。
なぜなら運命はたとえ我々死神でも変えることはできないのだから。
その時私は彼女の明るい笑顔の奥に、一筋の涙を流し首から血を流した彼女の暗い死に顔が見えた。




