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ピースメイカー  作者: 蒼蕣
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兆し

私は結衣の家からそのまま、出勤した。

手には昨日広島から買って来たお土産が入った紙袋を持っている。

結衣には広島駅で買ったストラップを渡していた。

警部たち用に買っていた食べ物を渡しても良かったのだが、彼女が気を利かせて遠慮してくれた。

「おはようございます」

「ああ、おはようさん。昨日はご苦労だったね」

私の挨拶に返事をくれたのは馬場警部補だった。

「ええ、まあ」

「何だ何だ、疲れが取れてないのか」

勝手な思い込みかもしれないが、最近この職場に自分の居場所がない気がする。

その後ろから原警部がやって来て、問答無用で紙袋の中に手を突っ込んだ。

「あ、警部今出しますから」

そう言われて手を引っ込めた警部とほぼ同時に私が紙袋の中に手を入れた。

「はい、もみじ饅頭二十個入り。警部一人で食べないでくださいね」

箱を開けるのは面倒だと言わんばかりに、警部はもみじ饅頭を箱ごと馬場警部補に渡した。代わりに開けてくれの合図である。

「おう、もちろんだ」

警部は今日もマイペースだ。

「今お茶出しますね」

いたって平然を装うとするが、意識すればするほど不自然に見えたかもしれない。

「そういや、お前の服アイロンかかってんな。暇だったのか」

私が給湯室でお茶を入れていると小島警部補が近くに寄って来た。

肝を冷やした。男の職場でこれに気づくなんて、意外と家庭的なのか。

結衣がやってくれたのだ。もちろんアイロンは自分も持っているが、外に着ていくのが恥ずかしいと思えるほどしわくちゃな時にしかやらない。

「あ、は、はい。まあその…気が向いたんで、久しぶりにやろうかと」

無論結衣のことは口が裂けても言えない。白い目で見られるのも嫌だが、中学生のように騒ぎ立てられるのも癇に障る。

「そうか」

あっけなく引き下がった。もう少し言及するかと思ったのに。

「いや、きっと自分をかっこよく見せようとしてるんだろ。広島でいい子でも見つけたか」

思った通り、警部が冗談混じりにそう言って来た。

いつもの私なら笑って返すが、なぜかその時は愛想笑いもできなかった。核心を突かれた時、咄嗟にいつもの振る舞いができなくなるのは人間の性か。

私が悩んでいるとはつゆ知らずか原警部と小島警部補が湯呑みを片手に箱に手を伸ばしていた。

昨日のことは、まあ何というか鮮明に覚えている。

恋人同士ではないのに異性と一夜を共にしてしまった。

後悔より恥ずかしさが私の身を焦がした。

こんなこと警部たちに知られれば、絶対「お前も隅に置けないな」なんて言うに決まっている。

こういうことには異様に鼻が効く警部には白の切り方にも慎重を要する。しかしろくに経験がない私の浅知恵で掻い潜れるだろうか。

「さてと、んじゃあ腹ごしらえもしたし、今日の任務に取り掛かるか」

見ると、警部の机の上にはいつの間にかもみじ饅頭を包んでいた袋が大量に置かれていた。

箱の方に目をやると、残り四つしか残っていなかった。手品か。それとも時間操作の類か。

佐竹先輩の分も残すと考えると、自分は一個だけにしとこうと思った。

「あ、警部。その前に次の三ヶ月間に回収する人たちのリストができてます」

そう言って馬場警部補が彼のデスクの上に一枚の紙を置いた。

「もうそんな時期か。確か今日回収する人数は六人だったな。よし、んじゃあこのリストにある奴らに通達を送るやつ一人、今日の回収するやつ二人、昨日死亡したやつの死亡報告書作りに行くやつ一人、それと次の三ヶ月に選ばれるやつを人選機に登録する兼通達を何日も見てなかったり出生届を出していない奴がいないかチェックするやつ一人、もちろん何か問題があってそいつの家に行く奴も同じやつだからな。んじゃ、じゃんけんで」

「あ、自分は外回り嫌なんで回収とか死亡したやつ確認する係は遠慮します」

馬場警部補がきっぱりと言った。

「おいおい、空気読めって。たまには外回りしたほうがいいだろ。いい運動になるぞ」

「寒いの嫌なんで」

「爬虫類か」

そう突っ込んだ小島警部補を馬場警部補は睨み返した。一触即発の事態である。

「俺と一緒でもか?」

しかし場はすぐに和やかに戻った。警部は人心掌握術を身につけている。彼らの扱いなどお手のものだ。

「行かせていただきます!」

馬場警部補はそう叫んで頭を下げた。とんだ茶番だ。

「はあ、じゃあ外回りは俺と馬場で。そうだな死亡報告は小島、お前に任せる」

「へーい」

小島警部補はそそくさと自分のデスクに戻った。馬場警部補に八つ当たりできなかったことが癪だったのだろうか。

「佐竹と井伊はここに残って事務作業だ。どっちがどっちやるかは自由でいいぞ」

「はい!」

「あと、これ。リストな」

「ありがとうございます」

警部がリストを私に手渡した。ジャンケンするんじゃなかったのか。

「んじゃあ、今日も張り切って行くぞ!」

「おー」

掛け声とは裏腹に張り切りのない声がところどころに響いた。

私は三人を見送ってからリストを確認した。

「ええ〜と。…!」

その時私は思わず目を見開いた。先ほどまでの陽気な雰囲気が嘘のように目の前が真っ暗になってしまった。

「ん、どうした」

私の違和感に佐竹先輩はいち早く気づいた。

「そんな…」

私は何回も強く瞬きをして、リストをもう一度見返した。

できることなら見間違いに終わって欲しかった。

しかし確かに私の目には夏岡結衣の名前が写っていた。

そう、これが私の一番恐れていたこと。

私がなぜ彼女に返事を出せなかったのか、この時ようやく理解した。

私は広島には行ったことがないのですが、二十個入りのもみじ饅頭ってありますよね?

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