胸騒ぎ
「お待たせ」
そう言って彼女が持って来たのはオムライスだった。
このように表現するのは非常に心苦しいのだが少し型崩れした卵にはケチャップでニコちゃんマークが描かれていた。
「こういうのってなんか嬉しくない?」
まあメイド喫茶などで見かけるLOVEなどよりはユーモラスで楽しいと思った。
「いただきます」
私は感想を言わずにスプーンを手に取った。
「召し上がれ」
彼女はそう言って私の向かいの席に座った。
手前から卵を割り、中のチキンライスと半々の割合をスプーンですくい、口に運んだ。
目の前で見られているせいか、ひどく緊張した。
普段なら作法など気にしないのだが、今回ばかりはいつも以上に丁寧に、音も立てずにすくい上げた。
「お、美味しい」
動揺しているのが声に出てしまった。
「わぁ、良かった。オムライスって初めて作ったから心配だったの」
ならばこれが彼女の思うおもてなしの料理なのだろう。
私は夢中で食べた。普段食べられればなんでもいい自分なんかが慣れないコメントをするのは逆に失礼だと思ったからだ。
それを終始静かに眺める彼女はいつも以上に明るかった。私には眩しすぎる。
いつもはコンビ二や牛丼屋など手頃なお店で一人で食事をとるので、こういう食事は新鮮だったし、より美味しく感じた。しかしボロが出るのを恐れて心の中に止めた。
「ねえ、直之は自炊するの?」
「いや、滅多にしない。だから、その、こういうのなんか嬉しい」
本音と建前が心の中で混沌して、彼女に伝える言葉が出てきにくい。
「そうなんだ。じゃあこれから毎日作るから、来て」
出た、彼女の極端な考え。
「流石に毎日家に通うのは…」
「彼氏じゃないからっていうんでしょ」
「うん」
それだけじゃない。
「彼氏じゃなくてもいいじゃん。毎日来てよ。これからは勉強もここでやろう」
「いや、でも…」
「はい、決定!」
彼女の強引さは初めて会った時から変わらない。彼女の熱量には敵わない。
「はあ、わかったよ」
私が真に恐れているのは…
「ねえ、まだ返事出せない?」
私は半分ほど食べ終えたところでスプーンを置いた。
そう彼女は待っているのだ。返事を、私の葛藤の結末を。出し惜しみするくらいなら断るべきなのだろうが、言葉に詰まる。
彼女はもうすでに恋人関係のように私に接してくる。そんな彼女を手放したくないと思ってしまう自分がいる。
「結衣のことは好き。恋人同士になりたい。でもまだ何か嫌な予感がする。なんていうか一線を越えてしまうみたいな」
非常に形容しずらいが、本能がそう訴えかけているように感じる。この危険信号を無下にしていいのか悩んでいる。
もちろんこんな曖昧な言い訳で彼女が腑に落ちるわけもない。
「友達から恋人になることは一線を越えることだよ。それは誰でも考える。この一線を超えてしまって大丈夫か。このまま友達として付き合って行くほうが二人とも幸せじゃないかってね。それでも相手を思う気持ちが止まらないの。他の人とは違う関係になりたい。友達はたくさんいるけど恋人は一人。相手を独り占めしたいって思うの」
いつにもなく彼女は弁舌だった。
彼女の思いは痛いほどわかっているつもりだ。それを聞くたびに私の中の天秤の片側が大きく傾く。しかし有頂天になることを理性が抑制してくる。
今の感情に身を任せてしまえば、私は何の躊躇もなく彼女との一線を超えた関係を承諾してしまうが、それを私の社会の常識や道理に囚われた理性が許さない。
一体何が私の理性をここまで粘り強くさせるのだろう。
「まだ、ダメか。じゃあ今度はもう少しキュンとする言葉作ってくるから」
そう言って彼女は小さなノートを開いて、何やら書き始めた。
どうやら私を落とす言葉を日々模索しているらしい。
「ごめん。こんな優柔不断な男っていやだよね」
「ううん、別にいいよ。なんていうか真正直な直之らしい」
そう言ってもらえると非常に助かる。
自分でも早く答えを出して、彼女の詰まる思いを解いてあげたい。
「あ、そうだ。じゃあ今日泊まっていってよ。一緒に寝よう」
出た、超ド直球なアプローチ。少し飛ばしすぎじゃないか。自分はもう少しプラトニックなのが好みなのだが。
そう思ったが彼女の真剣で健気な眼差しもさることながら、屍らしからぬ生きた人間じみた自分の欲情を抑えきれず、彼女と一夜を明かすことに決めた。




