一人前
「広島…ですか」
突然広島に迎えと言われ、左遷されたのかと思った。原警部の人口管理班における姿勢に感銘を受けて自分も仕事に身を投じる覚悟を決めたはずだったが、その努力は認められなかったのか。告白されて浮き足立っているやつはお役御免か。
「ああ、なんでも広島県内の高速で玉突き事故が発生したみたいでな、死傷者も出てるらしいんだが、その中に関東から来た連中がいるってよ。ほら今観光シーズンだからさ」
自分のデスクの前に呼び寄せた私を見上げる原警部はそう言って、事故の内容が書かれている資料を手渡した。
「でも普通管轄外で起きた事故の中にうちの管轄の人がいたとしたらあとで都内の調査室に運ばれてくるんじゃ…」
私はホチキスで止められた紙をペラペラとめくった。
「それがなあ、どうやら事件性があったらしく、死亡した全員を広島県警が引き取っちまって、こっちに戻ってくるのに時間がかかるみてえなんだ。だからこっちから出向いて死亡報告書だけまとめてきてほしいんだ。死亡したと確認できれば、遺体はあっちに置いといても問題ないからよ」
原警部は顎に手を置いて考えるそぶりを見せた。
「今日は回収が多い日でな、北海道にも数人出てる。そっちには小島を行かせてる。関東圏内は最低でも二人ほしいから、お前一人で行って来れるか」
初めての一人での大仕事、思わず張り切ってしまう。先ほどまでの卑屈さは取り越し苦労に終わりそうだ。
「じ、自分一人でいいんですか」
念の為確かめた。一度期待させて冗談だと嘯いて裏切ってくるパターンをこの人はしてくる。
「心配事はあるがまあ仕方ないだろ、こっちは人手が不足してんだ。お前もそろそろ一人で行動してもらわなきゃな」
ぬか喜びにならなくて一安心した。
「は、はい。わかりました。ではすぐに準備してきます」
私は敬礼をした。
「ああ、よろしく頼むぞ」
広島まで新幹線で片道四時間の道のり、正直北海道に行くよりも長いが、修学旅行に行くような気分だった。
すでに警部が中国・四国担当の人口管理班に連絡を入れたようで、駅前で無駄な時間を過ごすことなく、待っていた車に乗り込んだ。
迎えてくれたのは長宗我部警部補だった。
「申し訳ありません、そちらからご足労いただいて」
「いえ、実は広島は来るのが初めてなので、なんか嬉しいです」
仕事で来ているので流石に観光しにきたみたいですとは言えなかった。
「それは良かったです」
長宗我部警部補は私よりも年上であるが、非常に接しやすい人柄の持ち主である。
「こちらこそこの忙しい時期に私なんかの対応に人員を割いてしまい、すみません」
ミラー越しに後部座席の私は軽く頭を伏せた。
「いえいえ、よくあることですよ。観光シーズンは観光客の数が桁違いですし、その分事故とかも多いんですよね」
長宗我部警部補は十河警部の前ではひ弱そうにしていたが、彼がいないと立派な刑事に見えた。
「どうです、仕事が終わったらお昼一緒に。ごちそうしますよ」
「よろしいんですか。ではお言葉に甘えさせてもらって」
初対面で原警部のように騙してくることはないだろうと高を括った。いや、日本人なら一度断りを入れるべきだったか。考えなしに甘えるのは失礼ではないだろうか。
「と言ってももう一時ですから、食べるのは三時過ぎでしょうけどね」
「いえいえ、初めてきたんで少しぐらい広島を堪能したいと思っていたので」
まるで普通の取引先との会話のようだ。決してこれから死体を確認しに行くとは思えない。
「それにしても、まだ巡査と聞いていましたのに、一人で来られるとは余程信頼されてるんでしょうね」
自惚れるな。これは社交辞令だ、真に受けるなと自分に言い聞かせた。
「い、いえこっちも人手がたりてなかったので、多分それで」
「でもそれだったら自分たちの管轄の処理に回すんじゃないんですか。わざわざ管轄外の遠征に君をよこすってことは」
そう言われて気持ちの昂揚を顔に出すことなく喜んだ。ようやく自分の努力が身を結んだような気がした。
「どうですか、そろそろこの仕事も慣れましたか?」
「ええ、まだまだ教わらなければいけないことがたくさんありますが」
「それは良かった。きっと仲間に恵まれてるんですね」
仲間。確かに一癖も二癖もある先輩たちだが決して悪い人ではない。
「長宗我部警部補は十河警部とは」
「まあ、よくやれているというか。正直私が彼を止めている感じで、疲れます」
「うちの小島警部補みたいですね。でもいざっていう時は…」
「そうですね。頼り甲斐があります。でもそれを言ったらそちらの班長も。信念を通して、己の信じた道をゆくって感じでかっこいいじゃないですか」
「お恥ずかしい話、私もつい最近知りました。警部があんなにすごい人だなんて」
話に一区切りつき少しの間車内が静かになった。
「彼がきっと新しい人口管理班の形を作って行くと私は思いますよ」
「同感です」
その時、この空気に嫌気がさしたのか私の腹の虫が奇声を発した。
「おやおや、もう少し我慢してくださいね。仕事が終わったら私の行きつけのお好み屋さんへ直行しますから」
「あ、いえいえ。お、お構いなく」
そう言いながら私は赤面した。




