崇拝
それからは仕事に身が入らなかった。
初めての告白。相手の熱量に圧倒され、自分も胸に秘めていた思いを打ち明けてしまった。完全に浮き足立っている。
喉に刺さった小骨を取るような爽快感はなかった。ただ安堵した。体全体に重くのしかかった罪悪感、それが少し軽減された気がした。
正直怖かった。今まで誰一人自分の身の内を明かしたことはなかった。孤立するのが怖かったんだろう。しかしそれも取り越し苦労に終わった。
私も、佐竹先輩も、小島警部補も、馬場警部補も、原警部も、他の人口管理班の人たちもこれだけは絶対に口外しなかった。
そんな規則は存在しない。暗黙の了解というやつだ。別に立花警視に口止めされていたわけでもない。
ただ皆自ら口をつぐんだ。自分達が自殺未遂者であることは自分達の存在理由にも関わる重大な汚点だ。知られれば自分たちは社会にはいられなくなると思ったからだろう。
バレないように人との交流は必要最低限に抑えていたが、この世で生活する上では人との交流は避けられない。
買い物の店員、居酒屋の主人、職場の同僚、自宅の隣人、生きていく上での接触はどうやっても避けられない。
そんな彼らに自分たちが人ではないことを知られれば、その事実は瞬く間に広がり、我々はその場を離れざるを得ない。
当然その事実は広がり続け、やがて自分達が全員人口管理班に所属していることが知れ渡る。
それが何より怖いのだ。
人殺しは罪。無論自分を殺すこともだ。見事世の中の秩序を乱し、自殺をやり遂げた者たちの尻拭いを我々はさせられている。
「おい、どうした。久しぶりの事務作業だから気が抜けてんのか」
考え込んでいると、突然自分の肩に誰かの手が置かれた。
私は驚いて思わず全身を震わせた。
「なんだ、そんな驚いて。気分でも悪いのか」
「い、いえ。すみません」
私は右斜め上を向いた。
「お前もここにきて三年にもなるんだ。そろそろ仕事を一人でこなすようにならなくちゃな」
今日は馬場警部補と事務作業だ。
最近は外回りばっかで彼と全然話さなかったが、久しぶりに話してみると意外と接しやすいことに気づいた。
私は彼を買いかぶっていた。てっきり仕事はできるが原警部ラバーの変人かと思っていたが、ちゃんと自分のような後輩の世話もできる優秀な先輩だ。
彼ももちろん自殺しようとした屍人だ。
前はシステムエンジニアとか言ってたっけ。
原警部とは”生前”から交流があって、よく一緒に飲んでいたという。
「馬場警部補は確か原警部の後を追うようにしてここにきたと言ってましたけど、そんなに原警部のことが好きだったんですか?」
ふと好奇心で聞いてみた。なんせ彼の原コンは常軌を逸している。
「ただ好きだけで死ぬと思うか。俺は警部を崇拝してるんだ。神と崇めてるんだ」
「な、なぜそんな…」
その情熱に思わず身を引いた。
「彼の生き方に感銘を受けたからさ。今の世の中社会人は皆仕事さえやればいいと思っている。全ては金のためだ。金のために仕事仕事と頭の中が仕事で埋まってた。するとだな自分の単調な生活に嫌気が刺してくるんだ。何か変化が欲しい。何か非日常なことが自分の身に起こってほしい。
いい人間は新しい趣味を始めたり、脱サラして新しい人生を送る。人によってはここでつい出来心でとか言って罪を犯す。窃盗、空き巣、会社の金の着服、殺人などだな。
俺も最初は好きで自分の仕事やっていたのが、いつの間にか愛着がなくなっていた。人って飽き性だよな。まあだが俺は自分の人生を棒にするような真似はしなかった。自分の人生に変化を加えるとしたら、昇進だと考えた。だから嫌だと思っても、つまらないと感じても仕事を頑張った。
しかしそれはいつになってもやってこなかった。自分の努力を認められない。どんなに頑張っても褒められない。ああ、自分はいらない存在なんだと思った。ここらで潮時かと。うちの佐竹やお前はこれが原因だろ」
「知ってたんですね」
馬場警部補と話すと心を全てを見透かされている気分になる。
「ああ、まあお前を見てればなんとなくわかるよ。昔の俺と同じだったからな。そんな時、俺は警部に出会った。警部は仕事をする傍ら週末はいつもどこかに出かけていた。時には一人でボウリング、一人でカラオケ、一人で釣り、一人でできること全てをやっていた。彼は人生を謳歌していた。毎日仕事をしてその褒美としてそういった娯楽を楽しんでいた。そうか、自分には休息を与えていなかったんだとその時初めて気づいた。あの人が俺の道を照らした」
「それがきっかけで原警部を…」
「何より彼の性格には感無量だ。仕事には熱心に取り組むのに、それが終わるやいなや熱心に休息を取る。そんな彼に憧れたんだ」
熱心に仕事に取り組む…確かに。いつもだらけきったように見えるが、この前の事故現場では誰よりも熱心に行方不明者を探していた。ギャップ萌えというやつか…
「あ、あの一つ聞きたいんですが」
「なんだ?」
「派閥についてなんですが」
その瞬間笑っていた警部補の顔がすぐに真顔に戻った。
しまった、藪蛇だったか。




