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ピースメイカー  作者: 蒼蕣
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人情の欠落

朝一番の飛行機に乗って本庁に帰ってくると、すぐに荷物を自分のデスク近くに起き、外回りに出た。

手前味噌であるが、私は真面目なのである。出張から帰ったと言っても浮かれないし、弱音も吐かない。

空港で買ったお土産を馬場警部補と佐竹先輩に渡すのを忘れていたが、まあ五時には外回りから帰ってくる予定なのでその時に渡せばいいかと、そのままデスクにおいて来た。流石に盗み食いをしようとする性悪な輩はいないだろうとたかを括った。

今日のパートナーは小島警部補。

私たちは昨日リストから選出された六人の回収作業。馬場警部補と佐竹先輩は昨日死んだ人たちの確認作業。原警部は一人残って出生届を出した人たちを人選機に登録する作業をするらしい。

今日選ばれた六人はどれも関東からで北海道からは出ていない。

ということは今日の仕事はどんなにゆっくりやっても五時には終わるだろう。いかんいかん、公私混同は規律違反だ。早く終われだなんて思ってはいけない、仕事に集中せねば。

私が運転する車で、最初に向かったのは二階建ての小さなアパートの一室。

チャイムが壊れているのか、何度押しても鳴らないので、ドアを叩いた。もちろん借金の取り立てや容疑者確保ではないので、優しく礼儀正しく。

誰かがゆっくり歩いてくる足音がして、私は二歩ほどドアから下がった。

すぐに若い男性がドアをゆっくりと開けた。

今日は火曜日、時間も午前十過ぎだというのにこの男性はワイシャツ姿で家にいた。

これが彼の死装束ということだろうか。黒と青の入ったネクタイをきっちりと締めていた。

「人口管理班のものです。お迎えにあがりました」

「…はい」

男はそういうと中に戻り、掛けてあった紺色の背広に腕を通し、そしてゆっくりとした足取りで革靴を履くと外に出た。

こういう人がいると仕事がはかどって助かる。と、思ってしまった。

彼らからしてみれば今から死にに行くのだから、こんなことを言うのは不謹慎だ。

逃走防止のため対象を前後から挟むように歩く。

小島警部補の後を追う彼の背中は寂しそうで、弱々しく感じた。市民の健全な暮らしを守る警察官として手を差し伸べてあげたいくらいだが、生憎自分が言えた義理はない。

一時間ほどで最初の一人を回収すると、早速二人目の家へ向かった。

今度は十階建てぐらいのマンションの一室。相手はまだ若い女性。OLだそうだが、二週間前に退社した。死の絶対予告を受けて仕事する気になどなれるものか。出迎えた彼女の服装は休日に買い物に出かけると言った衣装なのだろう。

ただ彼女の目は化粧では隠せないほど赤く腫れていた。人は生きる意志を失うとこんなにもみぼらしくなるのだな。

「では、まいりましょう」

「あ、あの…恋人に最後連絡してもいいですか」

私は小島警部補の方を見て、彼が頷いたのを見ると、私も彼女の方を向き直し、同じように頷いた。

三人目は家族総出で見送られるように私たちに連れて行かれ、四人目は夫と抱き合ってから別れを告げた。

五人目も六人目もみんな私たちの顔を見ると絶望したような顔を見せた。しかし我々は構わず彼らを連れて行った。子供が連れて行かないでと言わんばかりに対象に抱きつくも私が子供を無情に引き離した。泣き崩れる遺族を尻目に私たちは淡々と仕事をこなす。

この仕事で一番いらないもの、それが感情だ。

最初の頃は感情が理屈を上回り、そんな人たちの顔が忘れられなくて後になって後悔したことがあった。

そんな目で私を見ないで、と思わず言ってしまいそうなくらい彼らの瞳が訴える悲痛さは私の心身をひどく苦しめていた。これが人口管理班の洗礼なのだろう。

これが私たちに課せられた使命であり、死神と呼ばれる所以なのだろう。

しかし先輩たちが躊躇なく彼らを連れて行くのを見ているうちに私もいつの間にか何も感じなくなっていた。もうなびかない。

きっとこれが一人前になるということだろうと自分に言い聞かせた。

しかしそれと同時に自分のどこかに穴が空いて何かが抜け落ちた感覚があった。

今まで社会からの圧力や、同族を殺すことへの罪悪感で押しつぶされそうだった身が軽くなったといえば聞こえはいいが、それはおそらく私が人としての何かが欠落してしまったということだろうと本能的に感じた。

死に物狂いで死から逃れようともがく対象、なんとしても対象を生かそうと我々の心を揺さぶろうとする遺族。藁にもすがる思いの彼らに往生際が悪い、虫唾が走るなどという言葉を吐き捨てて仕舞えば、いよいよ私たちは本物の死神に成り下がるのだろう。

そんな死神同然の私に…資格はあるのだろうか。

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