自己価値
「おい、お前今日も勉強か。ずいぶん熱心にやってんな」
休憩時間に自分のデスクで英語の勉強をしていると、缶コーヒー片手に小島警部補が私のしている作業を覗き見してきた。
そう言えば最近彼にコーヒーを入れろと命じられなくなった。
今は私の入れたコーヒーより市販のコーヒーがお気に入りなのだろうか。
「ええ、まあ」
「最近そいつずっとそうなんですよ」
佐竹先輩は相変わらず私の用意した飲み物を気に入ってくれてるらしい。なんだか鼻が高い。
「ハハッ! 俺の睨んだ通りだったぜ、やっぱりお前に頼んで当たりだった。英語にどハマりしたんだろ」
相変わらず意気揚々と語りかけてくる警部はさっき私が差し入れで買って来た、近くのコンビニの肉まんを食べていた。
その間小島警部補は取り掛かっている英語のテキストを舐めるように見ている。
「ちょっ、あんまり見ないでくださいよ。恥ずかしいじゃないですか」
「何が、恥ずかしいじゃないですかだ。自分勉強頑張ってますみたいな雰囲気出しやがって。見せびらかして俺たちより賢いんだぜアピールか? マウントとりやがって」
いつものように何かといちゃもんをつけてくる性悪な小島警部補は無視するのが賢明な判断であると、経験からわかっていた。
「休み時間くらい休んだらどうなの?」
他の三人につられてか、馬場警部補まで会話に入って来た。
彼らは皆私が英語の勉強を頑張っているように見えているようだが、実際は少し違う。
私は今夏岡さんのために英語の問題を作っているのだ。
しかし本当のことを言えば絶対警部補に冷やかされるに決まっているので、黙っている。
なぜ、こんなことをしているのか。
正直自分でもわからない。でもこの作業は楽しかった。
夏岡さんの一生懸命さに心打たれたのかもしれないが、それ以上に自分にこんなにも他の人に教える力があることに驚いているのかもしれない。
こんな仕事をしていると、自分はなんなのだろうと自問自答を繰り返す日々があった。
こんな個性的で特色のある先輩たちに囲まれている中で、自分にしかできないこととは一体なんなのだろうと模索し続けた。
その答えの一つがこれなのかもしれない。
私は教育係に向いているのかもしれない。
もし私にも後輩ができたら、彼らに上手に自分の仕事を教えることができるのかもしれない。
そう思えてならない。
それはもしかしたら単なる思い過ごしかもしれない。自惚れているだけかもしれない。
しかし前に彼女のために問題を作ってあげた時の彼女の笑顔を見ると、そう夢見てもおかしくなかった。
ようやく、自分の自己顕示欲が満たされるかもしれないと思った瞬間だった。
今日はきっと早く仕事が終わる。
それはつまり英会話教室に行くということ。そこでまた彼女にこの問題集を見せれば、きっと私の価値が見出される。
そう考えると思わず自分の頬が緩んだ気がした。
「井伊のやつ、笑ってますよ」
「そんだけ、ハマってるってことだろうよ。単純なやつだ」
「俺たちを出し抜く算段でもついたんだろ。返り討ちにしてやるけどな」
「もしかして、英会話教室に女でも作ったんじゃねえか」
「気持ちが悪い」
「お前も似たようなもんだろうが、警部に尽くすお前の顔もあんなんじゃねえか」
「ま、なんにせよあいつのあんな顔、そう見れないっすよ」
「でも、もし女に没頭しすぎて仕事に支障が出たら」
「まあそん時はそん時だ。今はそっとしておいてやろう」
黙って聞いていればいいたい放題、だがそんな騒音も今の自分の集中力をかき乱すには至らなかった。




