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ピースメイカー  作者: 蒼蕣
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人生の醍醐味

今日もうちのクラスはイギリスだ。

私は人間関係をむやみに広げない主義なので、今日の英会話教室では喋ることはないと思っていた。

しかしそんな私に口を開くよう促してきた。

「あ、今日は早く終わったんですか?」

反射的にポケットにしまっていた携帯電話を触った。

「あ、はい。そ、その…なんで私がここにいるってわかったんですか?」

「え、いや私は毎日ここに来ているので」

「ま、毎日?」

思わぬ返答に私は少しばかり声を荒げた。

「はい。会社帰りにいつもここによるようにしています。先生に質問をしに」

「ま、毎日先生に質問しに来てるんですか?」

音を上げないその心意気や良しと褒め称えたい。普通だったら諦めるか、逆に相手から煙たがられそうだが…

「ええ。私は毎晩復習をしているのですが、いつもわからないところがあって。それで…」

先生も苦労人だな、いやこれが教育者としての義務だから本望なのか。

「その、毎日ここに来なくても先生から連絡先を教えてもらえば…」

「私もそう言ったんですけど、先生と生徒間の個人の連絡先交換は禁止みたいで」

「で、でもメールぐらいなら」

「それに私毎日この自習室も確認しに来なくちゃならないんで。井伊さんがいるかどうか」

彼女の努力と根性は認めざるを得ない。

彼女の英語を学びたい意欲は私の想像をはるかに超えていた。自分にはないこの不屈の精神に脱帽する。

まさか彼女が毎日会社帰りにここによって私がいるか確認しているなんて。

もちろん目的は英語を教えてもらうためだろうが、それでも嬉しいものだ。

彼女に会いたくないばかりに連絡もせずにここで一人で勉強していた私自身に嫌気がさす。

先生もきっと彼女の熱意に押されて毎日のように尋ねてくる彼女を放って置けないのだろう。

気の毒に思えるが、この状況を見ていると手を差し伸べずにはいられなかったのだろう。そして彼女がいずれ自立した時、教師として鼻が高い思いをしたいのだろう。

私にはなくて彼女にはある。正直尊敬してしまう。

もう彼女を避けるのはやめよう。

別に彼女が悪い人ではないことなんて最初からわかっていた。

ただ彼女の熱心さを見ていると、自分自身のこれまでの努力を否定しているような気分に襲われたのだ。

彼女はいくら他の人より数段遅れていたって、自分のペースで一歩ずつ確実に前に進んでいた。

それに対し、私はできないことをきっぱりと諦め、できることだけを伸ばして行った。

別にこれも一つの手だろう。

しかしそのせいで私は自分の道をどんどんと狭めてしまっていた。

何より自分の後ろを歩く人たちを次々と貶していた。

こいつらは自分よりできない、と。

当たり前だ。彼らは自分にできるかもしれないこと全てを拾い上げながら進んでいるのだから。

私のように確実に自分の得意と自慢できるものだけでなく、たとえ自分にあっていなくても自分の夢のため、社会で生きていくため、誰か大切な人を守るためにいろいろなことに挑戦しているのだ。

色々なことを掛け持ちしながら今を生きているんだ。

それなのに私は自分にはこれは向いていないとわかるとすぐに切り捨て、楽な道を選ぶ。

当然私は自分の人生をつまらなく感じる。

順調に進むことだけが人生ではない。失敗や苦悩を重ねてそれに負けじと努力する。その甲斐あってようやく手に入れた成功、そして喜び。これこそ人生の醍醐味だろう。

彼女はまさにその成功を夢見て今努力しているのだろう。

彼女のことは何も知らない。だからそれが真実かと言われれば、はいとはっきりとは言えない。

だが、彼女が微笑みながら英語を勉強する姿を見て、そう想像する他なかった。

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