圧迫感
結局その後も夏岡さんの質問攻めに遭い、今日のノルマは達成できなかった。
ノルマといっても気持ち的にここまでやったら達成感があるなと思うぐらいのことで、別に達成しないと警部に合わす顔がないというわけではない。
そして、私たちは一緒に帰ることになった。
「今日は本当にありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。いい復習になりました」
「教えるの、うまいですね。いつも先生に質問していますが、井伊さんの教え方の方が百倍わかりやすかったです」
夏岡さんは屈託のない笑顔を見せた。
「それは良かったです」
お世辞と捉えておこう。
「あの…また教えてくれますか」
意地を張って知らないことをそのままにしておくのもどうかと思うが、これはこれで逆に厄介。遠慮というものを知ってほしい。
「は、はぁ」
心がけていたはずなのに本音が隠しきれなかった。
夏岡さんの上目遣いが私の目に止まった。あざといというべきだろうか。
「まあ、私なんかでよければ」
「では、いつ会えますか?」
私の社交辞令に食いついた。
「え?」
こちらが言葉を選べば容赦無くつけ込まれる。なんだか理不尽だ。
「私わからないところ他にもたくさんあるので…」
欲張りすぎじゃないのか…無料だからって…
そう思いつつも、彼女の圧に押されそうだった。
負い目を感じてか人と関わりを持つの避けてきたことがここにきて仇となった。
「い、いや私も、その一応仕事があるのでそんな頻繁には…」
いくら私の懐が広いとはいえ、限度がある。
「あ、そ、そうですよね。なんかすみません」
食いつき気味で私の顔をのぞいた夏岡さんも自分の図々しさに気づいたのか、身を引いた。
「あ、でもいつここに来ますか?」
と思ったら、踵を返して私に詰め寄った。
「ええ〜と、まあ週に二、三回といったところですか」
断り方がわからない。
「曜日は決まってないんですか?」
「そうですね。レッスンがある日はできるだけ行くようにしているんですが、残業とかでいけなくなる日とかもしばしばあるので」
「じゃあ、レッスンがある日はほぼ必ず来るんですね」
私の思いを察してはくれなそうだ。
「え、ええまあ」
天然なのか意図的なのかは定かではないが手駒に取られるとはこのことか。
「じゃあレッスンがある日はお尋ねしようかと思います」
警察官としての面子を守るためとはいえ、勉強を手伝ってしまったことを今更ながら後悔した。さながら味を占めたカラスのようにこれから付き纏われるのか。
「え、あいやレッスンの日はレッスンがあるので…」
「あ、そっか。井伊さんはレッスンの後すぐに帰るんでしたっけ」
突っ込んでほしいというような言い方。
「夏岡さんは違うんですか?」
「私はレッスン終わったら自習室で復習です。わからなかったらすぐに先生を尋ねられるように」
彼女の努力っぷりには関心する。
まるで佐竹先輩を見ているようだ。これだからほっとけない。是非ともその努力が成就すると願いたい。
「ではどうしましょう。井伊さんは自習室を利用する頻度は?」
私が手伝うのはもう決定しているのか。
「仕事が早く終わった時ですかね」
「仕事が早く終わるってことはただのサラリーマンではないんですか?」
息つく暇もないぐらい怒涛の質問攻め。嫌疑がかかった被疑者は我々の取り調べでこんな気持ちになるのだろうか。
「ええまあ、その公務員というか」
「そうでしたか。通りで秀才なんですね」
いや、私は世の中から見たら中の中ぐらいだろう。
頭もいうほど良くないと自分では思っている。謙遜しているのではない、事実である。
「じゃあ、わかりました連絡先交換しましょう。それで仕事が早く終わって教室行くってなったら連絡をください。必ず向かいます」
そういって彼女は携帯を取り出した。
私が彼女に英語を教えること前提で話が進んでいる。
そんなに英語を学びたいのか。ここまでくると差し出がましいと思ってしまう自分がおかしいのか。本当は藁にもすがる思いなのか。なりふり構っていられないほど切羽詰まっているのか。
「どうしたんですか。携帯持ってないんですか」
彼女はにんまりと笑った。
彼女の瞳を見ているとなんとも断れなくなってしまう。この圧迫感。
断ってしまうとなんか怖い、そう直感してしまったのだ。




