期待と圧力
「いや〜。すごいですね佐竹先輩の家系は。こんな大物政治家が身内にいるなんて」
「…そうだな。だがそれのせいであいつはああなっちまったんだ」
「え?」
佐竹先輩に改めて敬意を表する私に警部が水を差した。
私たちは今、車で政治家の家に向かっている。前と違って歩くのではなく、車を使っているのはただ警部の気分だ。
「あいつは追い出されるような形でここにきた。あいつは自分を出来損ないと言っているがそれは間違いだ」
はみ出しものの集まりである人口管理班。当然佐竹先輩にも何か事情があると私は勘ぐっていた。
「佐竹先輩のことですか」
「あいつは出来損ないなんかじゃない。警察官としては優秀の部類に入るだろう。自分の力で優秀な大学に入り、警察官になった。しかし周りと比較してしまうとどうしても劣ってしまう。史上最年少で警視正になった兄、警視総監の父、国を担う政治家。生まれ持った才能を頼りに日進月歩で突き進む彼ら、それと比べてしまうと堅実に一歩一歩道を歩んでいるあいつは見劣りしてしまう。その結果周りはあいつのことを蔑むようになる。
敗北感ってのは自分の成長の糧となるとよく言う。あいつも自分に磨きをかけようと、自分も他の人と同じようになろうと一生懸命努力した。しかし、実らなかった。所詮自分は自分、他人は他人だ。自分には自分の他人には他人の成長速度があるってもんだ。しかしあいつの家族はそれを受け入れなかった。環境が悪かったんだ。もしあいつが普通の家庭に生まれていれば今頃は優秀な刑事、いや刑事になってなくても人生成功の道を辿っていただろう」
「なんかやっぱり佐竹さんはかわいそうですね」
もしかしたらかわいそうなどという安い言葉では済ませてはいけないのかもしれないが、今の自分にはそれ以外の言葉が思いつかなかった。
「でも、そんな奴もここにきて変わろうとしている。人に逆らうことをしなかったし、人と競い合おうともしなかったあいつが、お前という後輩が来たことによって先輩としての責任、そして威厳を見せるようになった。卑屈を表立って見せることは無くなった。確実にあいつは成長している。失敗を知ってる者、人に負けたことのある者は強い」
いつものらりくらりとしている警部から発せられたその言葉が、なぜかその時は力強く感じられた。
「黙れ! 貴様ら。わしを誰だと思っている」
突然の怒号にも全く動じない警部。まるで小鳥の囀りを聞いているかのように綺麗に聞き流す。
「横山喜一さんですよね。政治家の」
大きな家のドアの前に白髪混じりの髪を乱しながら初老は大声をあげていた。死の宣告ではなく、政治家特有の汚職の嫌疑がかけられているのなら、もう少し冷静に対処し、何かと難癖をつけて華麗に躱していただろう。今の彼は露骨に怯えている。警部はそこに容赦無く漬け込む。
「そうだぞ。今わしがここで死んだら日本は終わりだぞ! わかった上でわしを連れて行こうとしているのか」
「別にあなた一人が死んだところですぐに代わりの政治家が現れますよ」
「ふざけるな。わしは次期総理大臣になるのだぞ。日本の将来を担うものだぞ。共倒れになるぞ」
今にも横山さんの頭が噴火しそうなくらい顔が真っ赤になっていた。
「そう傲慢に言われても、私たちはその国のしきたりで動いてるんで」
正直私は、横山さんがいなくなっても本当にいつもとなんら変わりない日本が待っているのか少し不安に駆られてしまう。そう考えているうちはまだ自分はこの仕事がしっかりと板についていないのだろう。
「ならば、次期総理の権限でそんな法律すぐに壊してやる」
「それは構いませんが、今日中にできるんですか? 我々は今日中にあなたを連行しなくちゃいけないんですけど」
「なら延期しろ。金なら出してやろう。なんなら一生遊んで暮らせる金でも出してやろうか。お前らみたいな警察もどきなら金欲しさにこんなことをしてるんだろう」
こう言う人はよくいる。最初の方はちょっとむかっとしたが、今となっては何も感じない。その場凌ぎの戯言だ。
小島警部補だったら、もしかしたら…小根が腐ってやがるとでも吐き捨てそうだ。
「残念ですが、いくら金を積まれてもどうにもなりません。三ヶ月前の通達を開いた時点であなたは我々に連れていかれることを許可してるんです。私たちも暇ではないので、さっさと覚悟決めてくれませんかね」
腫れ物に触るような態度を崩さない警部であったが、その配慮虚しく横山さんは余計に機嫌を損ねていく。
「うるさい。その態度はなんだ! わしの知り合いに警視総監がいる。お前らなんてすぐにクビにしてくれるわ」
「本当にお偉いさん方は傲慢な人ばっかだ。やれ弁護士を呼べだの、私はお前らをクビにする力があるだの。金ならいくらでも払うだの。我々はそんなもので脅されませんよ。聞き分けのない人ばかりで本当迷惑してるんですわ」
警部はついに溜まっていた僻みを横山さんに突きつけた。
これ以上怒らせて何になるんだと思いながら、私はずっと彼らのやりとりを静観していた。必死に持てる力を誇示して、身を守ろうとする政治家に対し、その権力に決して屈しないこの警部の姿勢は本当に尊敬に値する。
「ま、待ってろ今連絡して…」
実力行使に移ろうとする横山さんに警部は畳み掛けた。
「無駄ですよ。いくら警視総監殿が告げ口しても私たちは警察から独立している。彼らにも我々を処罰する力はありませんから。何より我々の仕事を妨害しているあなたの方が処罰される立場ですよ」
「立場をわきまえろ! わしは…わしは…」
「運命には逆らえないんですよ。潔く死んでください。これもあなたが言う国のためですから」
傲岸不遜の政治家に警部はそう冷たく吐き捨てた。




