公平
「ふざけるなぁ!」
今日は仕事も少なく、出払っている者も佐竹先輩だけの平和なひと時を突然の怒号がかき消した。
「おやまあ、一体全体何の用ですか? 刑事部捜査一課の御手洗警部補?」
静寂な雰囲気を取り戻そうと対応したのは我らの上司、原警部。
「私が選ばれただと。私はこの警視庁でも一二を争う優秀な刑事だぞ。来週にも警部への昇進が決まっているのだぞ」
「それはそれは、おめでとうございます」
原警部はゆっくりと自分の席から立ち上がって、冷静さを欠いた御手洗警部補の元に寄った。
私たちはただ彼らのやりとりを静観していた。
「今すぐ取り消せぇ!」
怒りからかはたまた恐怖からか御手洗警部補は顔が真っ赤になっていた。
「あらあら、あなたほどのお方がご存知ないとは言わせませんよ。一度選ばれた者を取り消すなんて不可能だと」
「貴様、それでも刑事か。人を簡単に殺していいと思っているのか」
御手洗警部は足早に警部のもとに駆け寄り、胸ぐらを掴んだ。腹警部は依然として涼しい顔をしている。
「今更何を言ってるんですか。我々はそれが仕事ですから」
「貴様、私はまだ若いのだ。やり残したことがあるのだ。社会には俺が必要なんだよ。殺すんならもっと老いぼれたジジイか社会のゴミにしろ」
適当な理由をつけてなんとか殺されるのを必死に回避しようとする警部補。なんとも見苦しい。
「うるせえな、俺は今疲れてるんだ。ピーピー叫ぶな」
部下の中で最初に口を開いたのは小島さんだった。
やばい小島さんが臨戦態勢をとった。
小島さんは短気で怒りっぽく誰でも容赦無く突っかかる荒くれ者、そのせいでこの人口管理班に来たという噂もあるが。
「まあまあ、小島落ち着け。あ、冷蔵庫に昨日馬場が買って来た饅頭があるから、食べていいぞ。みんなも一時休憩だ」
今にも御手洗警部補に突っかかろうとする小島さんは腹警部の一言で手に握った拳を解き、だらーんとした表情で冷蔵庫がある給湯室へ向かった。
って言うか饅頭って常温で保存できるものではないのかとふと疑問に思った。
「おい、聞いているのか。取り消せないのなら、書き換えろ。お前らならできるだろ。金か。お前らは金に困ってるんだろ。この俺が直々に払ってやるんだ。感謝しろ」
賄賂を渡そうとして死の宣告を回避しようとするものはこれまで幾度となく見てきたが、刑事では初めてだ。
「警部、どうやら御手洗警部補の封筒は開いた形跡がなく、まだ死刑を承認していません。今なら誰かと取り替えても何の罪に問われませんが」
「おいおい、お前も真面目な顔して何言ってるんだ。ハハッ」
馬場警部補の思わぬ奇襲も警部はやすやすと躱す。
「おい、早くしろ。どうせならお前のとこの佐竹ってやつにしろ。あいつは警察官の風上にも置けないクズだ。バカだ。あいつなんて生きていたって誰も悲しみは…」
それまで胸倉を掴まれ、耳の近くで大声を上げられても動じなかった警部を私は一瞬見失った。
彼は一瞬にして御手洗警部補に関節技を決めていた。
そしていつ来たのか小島さんが給湯室から持ってきたフォークで怯える警部補の顔をいまにも突き刺そうとしていた。
「うるせえって言ってだろ」
一体フォークを何に使うつもりだったのか。饅頭をフォークで食べようとしていたのだろうか。私はそっちにばかり気を取られていた。
「私たちに言わせりゃあ、他人を第一に考える警察官の身でありながら、他人を犠牲に生き長らえようとするあんたの方が、よっぽど万死に値するんだがね」
「せっかく、三ヶ月の猶予を与えてやったんだ」
馬場さんもいつの間にか自分の持ち場から離れて、御手洗警部補の目の前に仁王立ちしていた。
「三ヶ月間お前を務所にぶちこんでやってもいいんだぜ」
「潔く、自分の運命に服従しな」
「クソ…死神が」
御手洗警部補は三人を睨んだ。
「何とでも言ってくれて結構、そんなんであんたの運命は変わりはしない」
「俺たちはいたって公平に人をあの世へ送ってるんだ。たとえそいつが今をときめくアイドルだろうが、大富豪のお坊ちゃんだろうが、ホームレスだろうが、生まれたばかりの赤ん坊だろうが、出世を間近に控えた敏腕警察官だろうが、俺たちの審査はいたって公平で平等だ」
「それにいちゃもんつけやがって、神にでもなったつもりかってんだ。クソが」
関節技を決められてろくに体を動かせない御手洗警部補は反撃することもできずついに心が折られた。
「さ、もう話すことがないならお引き取り願おうか。何なら知り合いの心理カウンセラーでも紹介しましょうか。少しは気が楽になるかも」
警部がゆっくりと立ち上がると、小島さんも立ち上がり、左手でずっと持っていたまんじゅうにかぶりついた。
御手洗警部補はなすすべなく去って言った。
その間私は終始無言だった。
「よーし、今日はみんなでどっか飲みに行こうか」
また静かな時間が訪れた。




