夏祭りの思い出 ~藤宮 真稀の回想~ 後編
なろうラジオ大賞4に投稿した作品のフルヴァージョンの後編です。
……1000文字におさまるはずがありませんでした。
1000文字の小説投稿は、今後また挑戦したいと思っています。
どうやって家に帰ったのか分からない。とにかく頭が真っ白になって、気が付いたら自分の部屋で上半身をベッドに投げ出して座り込んでいた。
それからというもの、悠ちゃんとあの女──水原遥が二人で夜店を歩いているイメージが頭から離れなかった。腕を組んでイチャイチャしながら屋台を見て回ったあと、静かな場所を見つけて屋台で買ったたこ焼きをあの女がふーふーして悠ちゃんの口に運んでそれを悠ちゃんが照れ臭そうに頬張ってその時に口の端に着いたソースをあの女が「私がとってあげる」と言いながら顔を近づけて
わあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
ダメだ、二人きりにしてはダメだ。どうするどうするどうするどうする──……。
二人がお祭りに行く約束の前日の下校時、悠ちゃんと一緒に帰って道が分かれる段になって私は思い切って言った。
「悠ちゃん」
「ん?」
「……あした悠ちゃんと一緒にお祭りに行きたい」
なんだか顔が見られなかった。多分、悠ちゃんは戸惑った顔をしていたと思う。
「はぁ?おまえ、いつもおじさんたちと一緒に行ってるじゃないか」
「お父さんたちはいいの。どうしても悠ちゃんと一緒に行きたい!」
「いや、けど……」
「とにかく!明日は一緒に行くから!学校終わったら迎えに行くから!じゃあ!」
ずっと悠ちゃんの顔を見られず、答えも聞かずに言いたいだけ言って逃げ出すように走って帰った。
翌日──
朝から不安で仕方がなかった。迎えに行って断られたらどうしよう。いや、悠ちゃんは断らないかもだけど、お父さんたちと一緒に説得して連れて行ってくれないかもしれない。そもそも迎えに行ったときにはもういないかもしれない……。
ずっとそんなことが頭の中でグルグルしてて、学校が終わって家に帰ると、お母さんが用意してた浴衣に着替えて悠ちゃんの家に向かった。
自分で言ったこととはいえ、帰りたい……足が重い……。
チャイムを押し、スピーカーからおばさんの声がして、しばらくして玄関のドアが開いていつものTシャツにジーパンのラフな格好で悠ちゃんが出てきた。
「おー、早かったな」
妙な安心感から、何か言うと泣いてしまいそうになって、私はただ頷いた。
「ん。それじゃあ、先輩待たせると悪いし行こうか」
そうだよね、やっぱりあの女も一緒だよね……。私は何も言えず、先を歩く悠ちゃんに黙ってついて行くしかなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
お祭りになると、神社の参道の周辺全てが歩行者天国になるため、すべてのバス停が屋台が並ぶ区域から遠のいてしまう。
水原遥がほかの地域に住んでいるため待ち合わせがバス停であったらしく、おかげで結構歩くことになった。しかも屋台が並ぶ通りを通過して、である。
バス停の待合場所から少し離れた建物の壁にもたれながら二人で待っていると、さほど待たずにやって来たバスから長い黒髪を結い上げた浴衣姿のあの女が降りてきた。
水原遥は私たちを見つけると嬉しそうに手を振り、悠ちゃんも顔を真っ赤にしながらぎこちなく手を振り返す。
「ごめんなさい、待たせたかしら?」
悪びれる様子もなく、にこやかに言ってくる。
「いえ、俺たちも来たばかりです……と。すみません、こいつも一緒にいいですか? どうしても一緒に行きたいって言うもんだから……」
「あら、全然いいわよ。藤宮真稀さん……だっけ?今日はよろしくね」
「……どうも」
あぁ、白々しい。
「先輩、その……浴衣姿……す、てきです……」
ちらっと見てみると、藤色に白い花文様の浴衣で白い肌が際立って妙に色っぽい。確かに似合ってるけど、下心が見え見えなのよ。
「ありがとう橘くん。藤宮さんの浴衣も、白地に紫と青のアジサイ柄が栗色の髪に合っててすごく素敵よ」
「……どうも」
当然です。あぁ白々しい、白々しい
「うん。真稀は何でも似合うよな。結構かわいいと思う」
「……ありがと」
そういうとこだよ悠ちゃん! スラっとそういうこと言わないで!
◇◇◇◇◇◇◇◇
それでは、と、悠ちゃんがエスコートするように歩き出し、私たちも後に続いて人だかりの中に歩いて行った。
二人は楽しそうに部活のこと、最近見たテレビ番組の話題などを話しながら私の方にも話題を振ってくる。
私は愛想笑いしながら適当に答えながら思った。さぞかし二人っきりになれなくて残念だよね。でも絶対二人っきりになんてしないから。
軽く露店をめぐってから悠ちゃんがあの女に聞いた。
「腹、減りません? 俺、夕飯食べずに出てきたから腹減っちゃってて、なんか買って食べませんか? 真稀は食べるよな」
なぜ私の場合は食べるの決定やねん……食べるけど。
「そうね、私も食べずに出てきたからお腹ペコペコ……藤宮さんもお腹が空いていなければだけれど、一緒にどう?」
「……食べます」
私が答えると水原遥は「よかった!」と嬉しそうに手を打ち鳴らした。
「それじゃあ、藤宮さんは何食べたい?私は……さっき通ったとき見かけた、たこ焼き屋さんの辛子明太子味」
よりによってたこ焼きだと……? まぁ……さっきの屋台はすごく美味しそうだったから私も食べたかったけど。
「……チーズたこ焼き」
「あ~、チーズのも捨てがたいわねぇ……迷うなぁ」
「あ、じゃあ俺もチーズのにしますから、先輩、俺のから適当につまんでください」
おい!
「悠ちゃんは普通ので」
「なんでだよ……まぁ、いいや。で、どうします、先輩?」
「うん、初志貫徹。明太子味にしようかな……はぐれたら困るから、一緒に行きましょう」
水原遥の”一緒に”という響きに悠ちゃんは妙に舞い上がった感じで、やや裏返った声で「じゃあ、一緒に行きましょう」などと口走りながら歩き始めた……ちょっと地面から浮いてる。
◇◇◇◇◇◇◇◇
たこ焼きを買うと、私たちは人通りの少ない比較的静かな場所を見つけてたこ焼きを食べ始める。私の妄想のようなことは当然おこらず、水原遥は自分の皿のたこ焼きをはふはふ言いながら美味しそうに食べる。
「やっぱり美味しいわね……藤宮さんも食べてみない?」
彼女はそう言って、私に自分の皿を差し出してくる。
「せ、先輩、よかったら俺のもどうぞ。普通のもめっちゃ旨いですよ」
ここぞとばかりに悠ちゃんが彼女に(ぎこちなく)自分の皿を差し出した。
「ありがとう。じゃ、いただきまぁす」
そう言って嬉しそうに悠ちゃんの皿からたこ焼きを一個取って自分の皿に移す。そして改めて私に自分の皿を差し出してくる。
「ほら、藤宮さんも」
……仕方ないなぁ。
「……どうも」
一瞬、普通のたこ焼きを取ってやろうかと考えたが、私は彼女の皿から明太味のたこ焼きを一つ自分の皿に移した。
やれやれと思いながらチーズ味のたこ焼きに串を刺そうとしたが、彼女がまだ私の方をじっと見ているので、串を明太味のたこ焼きに突き刺して口に運ぶ。
明太子の風味に上にかかったマヨネーズの味が合わさって、ソースや生地の出汁の味なども混ざり合いすごく美味しい。
顔に出ていたのか、水原遥は私ににこりと笑いかけると自分の皿にある普通のたこ焼きを頬張る。
「ホントだ、普通のもすごく美味しいわね」
彼女の美味しそうに食べる表情を見つめながら悠ちゃんが顔をほころばせる。私は無言で悠ちゃんの皿からたこ焼きを奪うと自分の口に放り込んだ。
「あっ!おまっ!」
「あっふ!」
あまり確かめなかったせいで、まだ全然冷めてない真ん中のたこ焼きを取ったらしく、口の中を火傷しそうになった私はたこ焼きを口に入れたまま叫び声をあげる。
「まったく……勝手にヒトのものに手を出すからだ。ほら」
悠ちゃんが差し出したペットボトルのお茶を受け取り、涙目になりながら冷たいお茶で冷やしながらたこ焼きを流し込む。味わうどころではなかったが、私は無言で悠ちゃんに皿を差し出した。
「うむ、殊勝な心掛けだ」
偉ぶってそう言いながら一つ自分の皿に移し、目で「先輩にも」と訴えかけるから仕方なく彼女にも皿を差し出し、水原遥は「ありがとう」とほほ笑んで私の皿から一つ取って口に運ぶと、はふはふ言いながら美味しそうに食べながら「やっぱりチーズも美味しいわねぇ」と顔をほころばせる。
……何なのよ。
その後、私はたこ焼きを頬張りつつ歓談する二人を眺めた。悠ちゃんの話に彼女は楽しそうに笑い、悠ちゃんもどこか幸せそうに話し続ける。
…………泣きそう
「あら?」
皆、たこ焼きを食べ終わり、悠ちゃんが「これからどうしようか?」と言った時だ。水原遥が私の浴衣を見て言った。
「藤宮さん、浴衣の脇のところがほつれているわね。私、裁縫道具持ってきているから、ちょっとその辺で直しましょうか」
「え?」
浴衣を確かめようとした私の肩に手を回しながら、水原遥が悠ちゃんに言った。
「ちょっとその辺の化粧室に行ってくるから、橘くんはどこかで時間つぶして来てくれる?」
「じゃあ、俺も…………わかりました、お願いします。終わったら連絡ください」
そう言って悠ちゃんはどこかに行ってしまった。
化粧室に行くと言いながら、水原遥は私の肩を抱いたままここから動こうとしない。
「……藤宮さんは、橘くんがすごく大切なのね」
……いきなり何なの?
「いつも仲良く一緒にいるのを見かけるし、人から聞くこともあるの……今日も、橘くんのことが心配だったのね」
……。
「二人を見ているとね、すごく羨ましくなるの。私、一人っ子だし、まるで兄妹みたいに仲良しなあなたたちを見ていて“あぁ、いいなぁ”って」
…………。
「藤宮さんが大切に思っているように、橘くんも藤宮さんのことをすごく大切に思っているのが分かるわ」
…………。
「……橘くんの気持ちは、何となく察してる。確かに彼は誠実だし、気配りできる方だし、スタイルも女子たちが噂するほどだし、私も素敵だと思うのだけれど……今はかわいい、時に頼もしい後輩としか見れないかな……あ、これは彼には内緒ね?」
そう言って彼女は悪戯っぽく笑って人差し指を唇に当てる。
「私ね、あなたたちの仲に混ざりたいの。だから今日、藤宮さんも一緒にお祭りに行くって聞いた時、すっごく嬉しかった。一緒に露店巡りしたり、一緒にたこ焼き食べたり……なんだか、私も兄妹の一人になれたような気がして、すごく幸せなの」
…………。
「……やっぱり、迷惑だった?」
何もしゃべらない私に、彼女は不安そうに聞いてきた。
「……迷惑、じゃ……ない、です」
今日、お祭りに行くまでは、正直すごく迷惑だった。でも、今は迷惑じゃない。悠ちゃんに気がないことが分ったから。嗚咽交じりの私の言葉は聞けたものじゃないだろうけど、意思は伝わったのか遥さんは「ありがとう」と言ってわたしの肩を優しく抱きしめながらハンカチで涙をぬぐってくれた。
私の気持ちが落ち着いたのを見計らって遥さんが悠ちゃんに連絡して、いつも悠ちゃんと会う時に待ち合わに利用している喫茶店で落ち合うことになった。
悠ちゃんは先に店に来ていて……というより、たぶん最初からここで時間をつぶしていたのだろう。私たちが店内を見回していると手を振って来た。
「お腹すいたー……悠ちゃん、なんか頼んでいい?」
席に座って、ウェイターさんが持ってきたメニューを開きながら私が言うと、悠ちゃんはあからさまに嫌な顔をした。
「おまえなぁ……さっきたこ焼き食べたんだから、軽いのにしとけよ」
「あの程度じゃ食べたことにならないって……遥さんも、何か食べますよね?」
そう言ってメニューを遥さんにも見せる。悠ちゃんは一瞬驚いた顔をしたが何も言わず、頬杖をついて珈琲を飲みながら、私たちがメニューを選ぶのを見つめていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「今日、なんで遥さんも誘わなかったの?」
「先輩、恋人がいるんだぞ? 誘ったら迷惑だろうに」
不満そうに言う私に、悠ちゃんは顔をしかめながら答えた。
「またまたぁ~……遥さんを追いかけて同じ大学を受けて、遥さんに誘われてアーチェリーサークルに入ったくせにぃ」
「おまっ!?なんで知って──」
「遥さんから聞いたし」
そう言って私がニッと笑うと、怒りと照れの混じった顔で私を睨みつけてきた。
「……受けたい学科で学びたい先生がいたから、あの大学に決めたんだよ。先輩と同じ大学になったのはたまたまだ。サークルに入ったのも、弓を続けたかったし、純粋にアーチェリーが面白そうだからだ」
そう言って、別に先輩がどうとか、もごもごと独り言をつぶやいている。
「未練たらたらなんじゃない……奪っちゃえよ」
私が(小)悪魔のささやきをすると、キッと鋭く睨みつけてそっぽを向いてしまった……やりすぎたかな?
「……いいんだよ。先輩への気持ちは、高校時代のいい思い出。終わったことだ」
悠ちゃんは、まるで自分に言い聞かせるようにそうつぶやいた。
でも、私は知っている。あのお祭りの一件以来、私は遥さんと仲良くなり、時々二人で出かけたり、悠ちゃんも交えて遊んだりしていた。今では殆ど会わなくなったけどマメに連絡は取ってて、遥さんが、今の恋人といまいち上手くいっていないことを時々こぼすのを聞いているし、悠ちゃんのことを今でも好印象なのも知っている。
でも、やっぱり悠ちゃんの恋人の座は簡単には渡すわけにはいかない。私にとって悠ちゃんはとても大切なお兄ちゃんなのだから。
ただ、遥さんは私にとって大切なお姉さんで、大切な兄と姉として、悠ちゃんとも仲良くしてもらいたいとも思っている。複雑だ……。
でも、あの出来事がなければ私はいまでも遥さんを嫌い続けていて、素敵なお姉ちゃんができることもなかっただろう。小3の思い出には遠く及ばないけど、あの高校時代の夏祭りの出来事は私にとって忘れることのできない大切な思い出だ。
最後の方、なんだかうまくまとめられなくて、未だにうんうん唸っています……(^^;
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ご意見・ご感想など頂けるととても嬉しいです。
それでは、また