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傍観録2302  作者: 谷尾 香緒
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未完の恋

 公国における死亡件数は半数近くが自殺。それから孤独死や衰弱を含む病死、事故、火事や災害が原因の死亡と続いて最も少ないのが殺人による死亡。異常なほどの自殺率の高さは問題になってはいるものの、原因にばらつきがあるため対策のしようがないというのが実態だった。

 そんな自殺がもっとも多いのが月曜日である。そのため、月曜日と次の火曜日は現場と事務作業があるため忙しい。なので、LMBの定休は基本的に水曜日と木曜日だった。

 しかし、この二日間の休日にも人は死ぬ。そうなれば上司から直接電話で現場への急行が命じられるのだが、これは職種上仕方のないことだった。けれど、有給休暇ともなれば呼び出しはほとんどない。全くないというわけではないが、少なくともエドガワでは有給中の呼び出しがあったことは俺の知る限り一度もない。

 締め切った車内に冷房を効かせながら薄暗い道路を走っていく。少し前までは窓を開けながら走るのが心地よかったのにすっかり暑くなってしまった。陽が出てる時間も長くなって、少し前ならもう暗くなっていてもおかしくない時間なのにまだ空の端が明るい。

 今日の仕事は現場が二件だったが、どちらもイズモとユノが行ってくれた。おかげで俺は事務作業しかしていない。イチキが有給で休みのためユノがイズモと行ったのだが大丈夫だっただろうか。二人が二件目に行ってる最中に定時になったため帰りを待たずに上がったのだ。明日からユノは欠勤、なんてことにならないといいけど。

 昼前に大きなニュースがあったから人出は減ってるかと思ったが、相変わらず土曜日の夜は歩道も道路も混んでいる。まだまだ人が起きてるから、こういう日は夜に事故が起きてもおかしくない。夜中の電話で起こされないといいな、とぼんやり考える。十一年も働いていれば夜中の呼び出しもあるけれど、それでも月に一度あるかないかだ。他の区、特にシンジュクやシブヤなんかは夜勤も置いて二十四時間体制らしいが、エドガワでは月に一度あるかないかの夜の呼び出しに人を置くほどではない。

 赤信号で車を停めてハンドルにもたれながら信号を渡る人たちを眺める。休みだからか、学生くらいの若い人の姿が目立っていた。家族連れも多い。

 ぼんやりと歩いていく人たちを眺めていると、助手席側の窓がコンコンと叩かれた。そちらの方に視線をやって体を起こす。

「イチキ」

 有給で休んでいる後輩は、俺が開けた助手席側の窓から手を振っている。夏の蒸し暑い空気が一気に流れ込んできた。

「お疲れ様です。今帰りですか?」

「そうだよ」

 イチキの後ろには友達らしい男女が数人群れている。みんなこちらを見ることなく好きに話したり携帯を触っていた。正直ありがたい。類は友を呼ぶというのか、チャラついた雰囲気のイチキの友達はやっぱりチャラついていた。イチキ一人ならまだいいが、まとめてとなるとあまり関わりたいタイプではない。

「俺も友達と遊んだ帰りなんですけど、暑いんで乗せてってくれません?」

「いいけど…」

 思わず語尾を濁したのは少し離れたところにいるイチキの友人たちのせいだ。お前まさかそのお友達も一緒にとか言うんじゃないだろうな。

「一人方向同じ奴いるんで、そいつも一緒にいいですか?」

「…いいよ」

 今日はそんなに疲れてない。イチキとユノに現場を任せたんだからイチキのチャラいお友達一人くらいならいいだろう。イズモと二人きりで車に乗らなきゃいけないユノもこんな気分だったのかもしれない。

 あざっす!と笑って友人の群れに戻ったイチキは一人の女の子を連れて戻ってきた。同じ方向だという友達はあの群れの中でも大人っぽい雰囲気の子だった。イチキのような軟派な雰囲気もなく、「お世話になります」と丁寧にあいさつしてくれる。

 いそいそと二人で後部座席に乗り込む。ちょうど信号が変わるところだった。後部座席で友人に手を振る二人の様子がルームミラーに写る。天井に当たるくらい大きく手を振っているイチキを友達は微笑みながら見ていた。

「ナジマさん!こいつ俺の友達で、ヒトミっていいます!」

「カリサカヒトミです」

 前に向き直ったイチキの元気いっぱいな発言に、おやと思った。基本的に女性ならみんな好きで、二言目には俺と付き合わない?などと言うような男が、はっきりと友達だと明言したのが意外だった。一度きっぱり振られたのかもしれない。

「はじめまして。ナジマヒロトです」

「ナジマさん、今日はありがとうございます」

 友人と一緒にその友人の職場の人と帰るなんてカリサカさんからしてみれば気まずい以外のなにものでもなさそうだが、そこはイチキが上手く話を回していた。考えてやっているかどうかはわからない。素でやってのけそうだ。

 まずはカリサカさんを自宅まで送るということで、彼女が言う通りに道を進んでいく。ニ十分もしないうちに「ここで大丈夫です」と声がかかった。

 陽はもう完全に沈んでいる。車を路肩に停めて、街灯の下を歩いていくカリサカさんを少しの間イチキと見送った。

 次はイチキの家に、と車を進めてすぐ後輩が後部座席から顔を出す。楽しそうな笑顔とミラー越しに目が合った。

「ねぇねぇナジマさん」

「なに?」

「飲んで帰りません?」

「車だから無理」

 ビール一杯程度なら運転に支障はないけど、騒がしいところを好む後輩と二人で飲んでビール一杯だけで済む気はしなかった。イチキと二人で飲んだことはないが、絶対飲ませようとしてくるという確信がある。

「じゃあナジマさんの家で飲みましょう」

「えぇ…」

 渋りながらも、俺は家の中の様子を思い出していた。部屋はそんなに汚くないから後輩一人来たとしても問題はない。時間だってまだそんなに遅いわけじゃない。LMBエドガワ支部は公国いちホワイトな職場と言ってもいいくらいで、今日は一分も遅れず定時退社だった。

「いいでしょ?」

「いいよ」

「じゃあスーパー寄って行きましょう!酒と飯!」

 嬉しそうな後輩の声を聞きながらハンドルを切った。


 きょろきょろと辺りを見渡す後輩を引き連れてマンションの廊下を歩く。六〇二号室のドアを開けると、俺が招くよりも先にイチキは部屋に上がり込んだ。

「ここがナジマさんの部屋かぁ…思ったよりキレイですね!」

 見られて困るものもないが無遠慮に部屋を覗きながら廊下を進んでいく後輩の背中を小突く。俺はまだいいけど他の人の家でそれやったら追い出されるぞ。

「部屋を勝手に覗くな。ほら、リビング向こうだからてきとうに座って」

「はーい」

 言われた通りてきとうに座ったイチキが選んだのは俺がいつも座っている方の椅子だった。「テレビつけまーす」と自由に振舞うイチキの向かい側に腰を下ろす。少し固い椅子は俺のものじゃない感じがして新鮮だ。

 テーブルの上にスーパーで買った酒とつまみを並べていく。一通り袋から出し終わると、イチキは缶を一つ手に取って構えた。俺も飲みやすそうなものを選んで掲げる。

「はい、じゃあカンパイ!」

「カンパイ」

 カツンと合わせてからプルタブを引いて一口。甘いそれはビールよりも格段に飲みやすかった。女性に人気のものらしいがそんなの知ったことではない。

「じゃんじゃん飲んでいいですか」

「明日仕事だろ。ほどほどにしろよ」

 イチキの有給は一日だけ。明日は俺と同じように仕事がある。

「泊めてくれたりします?」

「タクシー呼んででも帰れ」

 シングルベッドが一つだけ。服も最低限生活できる量しかタンスに入っていない俺の家は急な泊まりには対応していない。

 きっぱりと断られたイチキは不満げながらも頷いた。

「そういえば今日俺休みでしたけどカスミちゃんどうしたんですか?」

「イズモと現場に行ってくれたよ」

「…ナジマさんたまに酷いですよね」

 イズモと二人きりの車内の息苦しさを知っているイチキは同情するように目を細めた。ちなみにもしユノが休む日があったら今度はイチキとイズモと組ませようと考えている。

 雑な箸の持ち方でつまみを口に運びながらリモコンを手にする。何度かチャンネルを変えるがどれも変わり映えのしない内容だった。

「ここ最近大臣の記者会見しか見てないな」

「過激化してるらしいですね。シンジュクで女の人が殺されたって聞きました」

 珍しく真面目な口調でイチキが言う。

 不法入国者の遺体は公国内に増え続け、それと比例するように溜まっていった不満は今日の昼前に限界を迎えた。高く昇った日が届かない路地裏で公国の女性が一人殺された。もちろん現場にはLMB局員が急行。すぐに駆け付けた警察によって大陸から海を越えて渡ってきた公国外の浮浪者が一人逮捕された。

 警察は国内の警備の強化と彼らの不満の元になった不法入国者殺害犯の捜索にあたっているらしい。久しぶりの大きな事件で警察も気合が入ってるから大丈夫だろう、というのはイズモの話だ。ただ捕まるまでにどれくらい死体が積み上がるかはわからないけどな、と言いながら皮肉な笑みを浮かべてもいた。

「物騒だな。昼でも殺されるんだから夜ならもっと怖い」

「そうですよねぇ。エドガワの路上で死体とか見たくないっすよ俺」

 テレビの中では警察庁長官が「これからより治安の悪化が懸念される」と深刻そうに話している。こんなことなら一人だけと言わずイチキの友達を乗せれるだけ乗せてやればよかった、と今更ながら思った。あの集団の中には女の子も他に何人かいたはずだ。

「イチキの友達大丈夫?」

 だいぶ言葉足らずだとは自覚しながらもそこで切って、缶を傾けながら視線だけで返事を促す。こんな横着な先輩の言葉を後輩はばっちり察したようだった。

「ああ、大丈夫っすよ。あいつら彼氏いるからそれに送ってもらうって言ってました」

 さすがにいくらチャラついた様子とはいえど、人が殺されたその日に一人で帰るような真似はしないらしい。しかし学生や若者が度胸試しでシンジュク辺りをうろついていそうで不安になってしまう。

「あの子は彼氏いないんだ…カリサカさん」

 一瞬名前なんだっけと考えてしまった。後部座席でイチキがずっとヒトミヒトミと呼び続けていたから下の名前ならスッと思い出せるのだが。

「…まあ、うん、いないっすね」

 しかし何気ない会話のつもりだったのに、思いがけず歯切れの悪い返事をもらって面食らう。いるのかいないのか判然としない言い方に首を傾げた。

 イチキはそんな俺をちらりと見て、両手で囲った中の缶に目を落として、それからまた俺を盗み見るように視線を寄越す。その煮え切れない動作の意図がわからない。うろうろと落ち着きなく色んな所に目を遣っていたイチキは、やがて唸るような声を上げてから真っ直ぐ俺の目を見た。

「…ちょっと俺の話聞いてもらってもいいですか」

 そう言ったイチキの表情はテレビの中の警察庁長官と同じくらい真剣だった。つられてこちらも真面目な顔になる。

「どうぞ」

「さっき車に乗せてたヒトミいるじゃないですか」

「うん」

 思い浮かべたのは長い黒髪を揺らす綺麗な女の子。イチキの友達にしては大人っぽくて、あの中にいたら浮くんじゃないかと思えるくらいだった。どちらかというと、女性へのあいさつ代わりに交際を申し込むイチキを嫌ってそうなタイプに思える。けれど、車内での二人は普通に仲が良かったように見えた。もしかしたら、イチキが一切口説かずに女性と話してるのを見たのは初めてかもしれない。

「…好きなんですよ」

 その言葉を聞いて俺はようやく、人が死ぬような大変な事態の対応に追われているのと同じくらい真剣な顔をした後輩が恋愛の話を広げようとしているのだと気付いた。

「…えっと、イチキがカリサカさんを好きっていうことでいい?」

「はい」

 だいぶ間を置いてから聞き返した俺にイチキは変わらず真面目な顔をしている。こいつは基本目元が緩んでいるから、大きな目でそうジッと見つめられると落ち着かない。恋バナっていうのはもう少し軽くて楽しいものを想像していた。しかし気分はまるで面接官だ。

「…付き合わないの?」

 話を聞いてほしいなんて言うからてっきりイチキがカリサカさんの話を続けるとばかり思っていたが、一向に続きを話し始めないのでこちらから振ってやった。すると、真面目な表情を歪めてゆらりと視線を落とす。

「付き合わないです」

「なんで?」

 会ったばかりの女性とはほいほい付き合う癖に好きな子とは付き合わないときた。恋愛観に関して少なくともイチキよりはまともだと思える俺は疑問に思うしかない。

「…好きだから」

「は?」

「好きだから付き合いたくないんですよ」

 やっぱり軟派野郎の考えは俺にはわからない。思わず「ちょっと待って」と制止をかけたほどだ。

「とりあえず一ついい?」

「はい」

「なんで好きな子いるのに女の子口説こうとしてるの?」

「ああ、それは」

 先ほどまでと同じ真面目な表情で答えてくれるイチキに俺はほんの少しまともな返事を期待していた。しかし、女の子を口説く理由に「その相手が好きだから」以外でまともなものはまずない。

「挨拶みたいなもんですよ、習慣ですね」

「お前はあの子と付き合わなくて正解だよ」

「えっ」

 なんだ習慣って。彼女ができても習慣で他の女の子口説こうとするのかこいつは。いつか刺されるぞ。

「違うんですよ」と手を振りながら言っているが何も違わないだろう。イチキの言い訳は続く。

「基本的に声かける子に興味ないんですよ」

「それは無理があるんじゃないか?」

「ほんとにないんですよ!だってナジマさん、挨拶するだけのお隣さんと付き合いたいと思います?」

「…思わないな」

 イチキの中で口説くことが挨拶と同義なら、一応筋の通った話ではある。前提が随分とおかしなことになっているが。

「だから、好きな子には口説いたりとか全然しないんですよ、ほんとに!」

 疑ってるわけでもないのに勝手に慌てている。てきとうに頷いて「で?」と話を元に戻す。好きな子がいるのにその他の女性に声を掛け続ける理由については納得はしていないが理解はした。だから次の話にいこう。

「なんでカリサカさんと付き合わないの?」

 相手もイチキのことも好きかどうかは別として、女性への挨拶で培ってきた話術を使ってアピールすれば意識させることはできるだろう。けれど、付き合いたくないという発言からしてイチキは彼女にアプローチさえしてないんじゃないかと思う。

「…ナジマさんだって恋人くらいいたことありますね」

 もう一つ目を飲み終わったのか、新しい缶を開けながら言う。言いにくそうにしながらも話を逸らす気がないのは明らかだった。

「もうずっといないけど、一応あるよ」

 LMBで働き出してから恋人は一人もできていない。決して安月給ではないし、平民が就ける職の中だと高給取りの部類に入るが、休日に職場から呼び出しがあることだってある。おまけに毎日死体と向き合っていれば気も滅入るし、あまり恋愛ごとに積極的になりにくい職業でもあった。まあそんなもの全部建前で、恋人がいないのは単に求めてないからで、ようするに今はそんなに興味ない。

 けれど、高校生の頃は確かにいた。目を引くほど可愛いわけじゃなかったけど、穏やかで笑顔の素敵な子だった。どうして別れたのかは覚えていない。どちらが振ったのかさえ曖昧だ。でも確かに彼女との関係は恋人だった。

「一番長くてどれくらい続きました?」

 イチキは当然知らないが、俺に恋人がいたのは高校の一度きりだ。必然的にその子との付き合いが最短であり最長になる。

「…一年いかないくらい、だったかな」

「すごいっすね。俺長くて一か月ですよ」

 マジか。思わずイチキの目を見つめ返すとバツが悪そうに逸らされた。別に責めてるわけではない。予想通り過ぎて驚いただけだ。

「そうやって短い付き合いばっか繰り返してたから、恋人って絶対終わる関係だと思っちゃうんですよね」

 眉を下げたイチキの言葉には少し納得できた気がした。

 今の年齢なら交際から結婚まで地続きで考えられるが、学生の頃はそうはいかない。どうせいつか終わるものだろうと思っていた節があるし、実際終わった。恋人関係が解消されたら自動的に友達に戻るなんてことはないし、それでその相手との関係は基本的に終わりになる。

 ただそれはあくまで俺の学生の頃の話でこいつは今立派な大人なのだが、おかしな恋愛観をしてるから一般的な大人には当てはまらないんだろう。

「でも好きな子との関係って終わらせたくないじゃないですか」

 だから付き合わないんです、と言い切って開けたばかりの缶をグッと呷る。それに対して俺は「へえ」と気の抜けた返事だけを投げて同じように缶を呷った。

 そこから会話はぷつりと途切れる。イチキの話を聞きながらなんとなく気付いていたのだが、この話は着地点がわからない。そもそも着地点はあるのか。

「…なんでイチキはそれを俺に話したの?」

 結局苦し紛れに沈黙を破ったのは俺の方だった。マイペースにつまみを突き始めた後輩に気を遣った結果だ。

「ナジマさん話聞くの上手いから」

 それはたまに言われることがある。「話を聞くのが上手い」「カウンセラーとか向いてるよ」学生の頃から色んな友人に言われていたが、職場の後輩に言われるのは初めてかもしれない。

「聞くだけで何も解決してないけど」

「別に悩んでるわけじゃないんですよ。聞いてほしかったっていうか、ただ俺が言いたかっただけです」

「そっか」

 話くらいならいつでも聞くけど、とは思ったが少し恥ずかしくて口にはしなかった。面倒見のいい先輩というのはあまりガラじゃない。

「じゃあカリサカさんとはこのままずっと友達なんだ」

「そう!友達」

 だって友達は一生モノでしょ、と嬉しそうなイチキに強く同意して頷く。

 一生モノの友達なら知っている。今俺が座っているこの椅子を一番よく使っている奴だ。





 自殺者の現場だったという。

 やけに静かな様子で戻ってきたイチキとユノが気になって、中途半端なところまで進められた報告書を覗き込んだ。死因の欄に縊死(自殺)とだけ書き込んで飽きたのか、イチキは椅子の上で膝を抱えて前後に揺れている。時間はちょうど昼食時で、主任もイズモもユノも昼食を食べに出かけていた。

「お昼食べなくていいの?」

「んー…報告書終わってないですし」

「やる気ないだろ」

 ユノの椅子を勝手に借りて、書きかけの報告書が見えるくらいに引き寄せてから座る。昼食にと買った二個入りのサンドイッチを取り出せば、横から無遠慮な手のひらが伸びてきた。

「…ちゃんと報告書やれよ」

 その手に二つしかないうちの一つを乗せれば、軽薄な礼を述べる口元が緩む。支部に戻ってきてからようやくイチキは笑った。いつも機嫌よくへらへらしてるこいつにしては随分とらしくない。

「現場でなんかあった?」

 毎日毎日死体と向き合ってばかりの仕事だ。いくら高給で福利厚生がしっかり整備されていようとも離職率はどの職種よりも高い。シンジュクやシブヤなどの忙しい支部になればカウンセラーだって常駐していると聞く。どの支部よりも暇なエドガワだって、決してしんどくないというわけではないだろう。

 だからとはいえ、軟派で軽薄でそれでいて要領がよくこの仕事といい感じに距離を取っているように見えるこの男が参っているとは思えないのだが、その予想は果たして当たっていた。

「いや、俺はなんとも。ただのって言ったらあれですけど、まあよくある自殺だったんで」

 公国内での死亡原因の半数近くを占める自殺。もちろんこの仕事をしていれば自殺体によく出会う。みんな理由は様々でやり方もさまざま。けれど、自殺をするのは圧倒的に若い人間に多かった。それこそイチキやユノと変わらない年頃の。

 イチキの返事からユノに何かあったんだなと当たりをつける。そのわりには、イズモほど傍若無人ではないにせよ基本的にユノを振り回す側のイチキも今回は一緒になって大人しくしていた。

「じゃあユノになんかあったんだ」

「んー…」

 肯定ともつかない生返事を零したイチキは食べかけのサンドイッチから口を離して天井を見上げる。それからゆっくり首を傾げた。

「…なんかあったのかな。現場出てから急に大人しくなったんすよね」

 俺が何言っても表情どころか視線すら動かなくて、と愚痴のように零す後輩に、こいつまで大人しかった理由を知る。基本的に騒がしいところが好きなのは要するに寂しがり屋だからで、そんなイチキからしてみれば無視が一番堪えるんだろう。

「カスミちゃん辞めちゃうかな」

「勘弁してくれ。またイズモの機嫌が悪くなる」

 ユノが入ってからまだ三か月程度しか経っていない。真面目な性格だから次の春まで耐えてくれそうだが、その性格ゆえに負担が大きくもありそうだった。

「何か原因に心当たりある?」

「ないですよ。死因も普通、部屋の雰囲気も普通。知り合いって感じでもなさそうでしたし」

「遺書は?なんて書いてた?」

 あまり人のプライバシーを覗き見るような行為は推奨されていないが、自殺だった場合LMB局員には遺書を確認することが許されている。本当に自殺かどうかを判断するためだ。

「普通ですよ。好きな子が病気で亡くなっちゃって辛くて、みたいな」

「…それが普通なのもどうかと思うけどな」

 そんな理由で自殺に走る気持ちは俺にはさっぱりわからない。好きな人でも友達でも知ってる人が亡くなるのは悲しいけれど、なにも死んでしまうことはないだろうと思ってしまう。ずっと片想いをすると決めているイチキなら多少は理解できるのだろうかとも思ったが、隣の男が誰かを追いかけて自殺をするというのはいまいちピンとこなかった。

「でもユノが一件の自殺現場であんな落ち込むか?」

「しかもカスミちゃんが去年いたのってシンジュクですよね。あそこ痴情のもつれで男も女もバンバン自殺するじゃないすか」

「言い方が悪いな…」

 けれどイチキの言う通りだった。シンジュクには夜の仕事をしている人たちが多い。華のある飲み屋街だが、そのぶん喧嘩や流血沙汰になることも少なくない。けれど暴力で発散できればまだいいほうで、ひっそりと命を絶ってしまう者も多くいた。

 そのシンジュク支部にいたのだから慣れていてもおかしくないのだが、彼女はまだ二年目だ。そうはいかないのかもしれない。

「まあそれとなく話聞いてやれよ」

 せめてサンドイッチ一つ分くらいは働いてくれと軽く肩を叩きながら立ち上がる。そのまま自分のデスクに戻ろうとした俺にイチキは非難めいた声を上げた。

「そういうのはナジマさんの方が上手いじゃないですか」

「ユノと一番一緒にいるのはお前だろ」

 エドガワに人員不足など絶対に起こらないが、ユノがいなくなったらまたイズモがデスクのなくなった空間に向かって文句を言い続けることになる。多少慣れがあるとはいえ面倒くさい。

 そのまま不服そうに唸っているイチキに報告書を進めるよう発破をかけていると、昼休みが終わって柱時計の低い音が鳴った。イチキにサンドイッチを半分盗られたせいでまだお腹が空いている。

 ぞろぞろと昼食に出払っていた面々が戻ってきた。イズモに主任と続いて、一番最後に戻ってきたのがユノだった。誰とも目を合わせず、俺が雑に戻したせいで椅子が机の下に入りきっていないことにも気付いていない。出た時とは様子の違う椅子に何も言わず座る。それから、軽い溜息を一つ。

 向かい側のイチキからの視線に気付かないふりをして自分の手元だけに集中する。すると、視界に映っていなくてもだいぶ困っている様子が気配で分かった。もちろんイズモは助けを求めたところで助けてくれるわけがないし、主任はいっそストイックすぎるほどの放任主義だ。

 周りに期待しても無駄だというのはすぐにわかったようで、おそるおそると言った様子でユノの名前を呼ぶ声が聞こえた。

「えっと…カスミちゃんさ、なんかあった?」

「…何も、ないです」

 明らかに何かあったような重たい口調で言う。

 その返事にイチキは困り果てたようでまたこちらに視線を寄越した。そんな後輩に心の中で応援を送りながらも目を合わせることは一切しない。この作業が一段落したら助けてやろう。

 随分考え込んでいたイチキがもう一度口を開く。常には見ない追い詰められた表情で新鮮だったと後でイズモが教えてくれた。

「…その、何かあったら相談とかした方がいいよ…ナジマさんとかに」

「は?」

 思わず手を止めて顔を上げてしまった。しかし、いつもへらへらと調子の良さそうな後輩が思ったより疲れた顔をしていたので仕方なく口を開く。

「…まあ、俺じゃなくても言いやすい人に言った方がいいよ。話聞いてもらうだけで楽になると思うから」

 イズモでもいいし、と隣を指さすとフンと鼻を鳴らした不遜な態度で返事をされた。なんだかんだ頼られるのは悪い気がしないから拒否していないだけなのだが、その態度は今はしまっておいて欲しかった。ユノにはきっと伝わっていない。

「…ありがとうございます」

 座ったまま頭を下げたユノは、形ばかりのぎこちない笑みを浮かべた。

 これが今日の昼の話だ。

 あまり鳴らないインターホンの音がして、流しているだけだったニュースから顔を上げる。昼間のニュースの再放送のような内容には大して興味がなかった。

 見慣れた内務大臣の真面目そうな表情をしり目に玄関へ向かう。開けたドアの先には仏頂面を下げた友人が立っていた。

「…久しぶりだな」

「俺は毎日お前の顔見てるから久しぶりって感じしないな」

 壁にもたれて軽くからかうと、仕事終わりの疲れた表情はそれだけで更に苛立ちを滲ませる。たいそう短気なことで。

 とても貴族の浮かべるものとは思えない剣呑な顔つきをニヤニヤ眺めていると、家主を押しのけて勝手知ったる様子で上がり込んできた。その背中についていきながら、イズモとこいつのシャツはどちらが高いのだろうかとぼんやり考える。ちなみに今日のイズモのシャツは二十五万だった。

 ソファにドカッと座り込んだ友人は正面のテレビを見てどんな表情をしたのか、後ろでダイニングテーブルに肘をついていた俺にはわからない。けれど、その後すぐ立ち上がった彼は明らかに怒った顔でずんずんとこちらに向かってきた。

「…ヒロト、嫌がらせか?」

「違うって、たまたま見てたんだよ」

「俺が今日来るってわかってて見てたんなら嫌がらせだろ、リモコンどこだ」

 今にも怒鳴り散らさんばかりの勢いで食ってかかってくる彼の指先は真っ直ぐにテレビの中にいる内務大臣を指した。真剣な表情で記者会見に臨んでいる大臣と全く同じ顔がこちらを睨みつけている。同じ顔に違う表情が浮かんでるのが面白くて、怒っている友人に向かって息を零して笑ってしまった。

「笑ってないでリモコン寄越せ」

「はいはい」

 膝の上に乗せて隠していたリモコンを渡す。律儀にも小さな声で礼を言ってからピッピッとチャンネルを変えるが、結局どこも同じようなニュースしかやっていないのを見て諦めたように電源を切った。

「人気者だね、内務大臣」

「…そろそろ本気で怒るぞ」

 恨めしそうにこちらを見た友人にご機嫌取りでビールを差し出す。ついでに冷蔵庫の中にあったつまみをテーブルに広げると、ずっと立ちっぱなしで怒っていた彼はようやく椅子に腰を下ろした。

 ミヤシノハルタという名前のこの男とは毎日のようにニュースで顔を見せてくれるのであまり久しぶりに会った気はしない。乾杯を待てずに缶を傾ける彼こそが、内務大臣であり裏道を使って俺をLMBに引き入れた張本人だった。

 自分用に用意したチューハイを空けて、少し軽くなったハルタのビールと合わせる。フライングしていたくせにまた一気に酒を呷った彼がテーブルに置いた缶は明らかに空っぽの音がした。

「一気に飲みすぎじゃない?明日も仕事だろ」

「意地で午前休取ったんだよ。明日仕事なのはお前だけ」

「溜まってた有給消化しろって言われたから明日は丸一日休みなんだよな」

 俺の言葉に素直に「いいなぁ」と零した彼はきっとここ数年丸一日の休みなんて取れていない。たまにこうして半ば無理矢理もぎ取った半日休の前日に俺の家に来ては酒をたらふく飲んでいく。

「そういえばこれ、サキがお前にって」

 勝手に冷蔵庫を開けて新しい酒を取り出したハルタはついでに鞄と一緒に持っていた紙袋を渡してきた。中には綺麗にラッピングされた正方形の薄い箱が入っている。ハルタの妹はたまにこうして家に来るハルタにお土産を持たせてくれる。今回はなんだと開けてみると、五百円玉くらいのサイズのチョコが整列して並んでいた。

「ありがとう。めっちゃ美味そうじゃん」

「ヨーロッパのどっか行ってたからお土産だって…これもつまみにすんの?」

「多い方がいいだろ」

 他のつまみの間にチョコレートを並べる。パックに入ったままの総菜の中に並ぶお高めのチョコは随分浮いていたし、食い合わせも良くなさそうだった。

「ていうかつまみ多くないか」

「この前後輩が来た時の残り」

「…へえ」

 一気に二粒もチョコを持っていったハルタが意外そうに目を丸くする。対して味わってなさそうな顔で咀嚼しながらこちらをじーっと見つめる。

「…なんだよ」

「いや?お前がいい先輩をやってるみたいで俺は嬉しいよ」

 ごくりと何の感慨もなくチョコを飲み込んだハルタは、すぐにその口元にニヤニヤとからかうような笑みを浮かべた。いざ自分が向けられるとそれだけで簡単にイラっとくる。

「別にそんなんじゃねえよ」

「そんなんだろ。家来たってことは相談とかされた?アドバイスとかしちゃった感じ?」

「されてねえししてねえよ。流れで来ただけ」

 いい先輩なんてガラじゃない。そういう先輩らしいことを俺があんまり得意じゃないと分かって煽ってくるからこいつはタチが悪い。

「いいなー、俺もヒロトのアツいお言葉聞きてえよ」

「アツいことなんか言ってねえよ。お前ほんと腹立つ」

「俺が映ってるニュースをわざと点けてたお前に言われたくないね」

 パックに残ってたポテトサラダを半分も持っていきやがったハルタはそれを酒で流し込むように缶に口を付けた。

 実家では絶対にしないであろう雑な食べ方には疲れが滲んでいる。それこそこいつよりテレビに出ている奴はいないだろうと思うくらいだった。ここ数日は特に例の殺人事件でいつも以上に忙しかったはずだが、そんな中でどうやって半休をもぎ取ったんだ。

「そういえば仕事大変そうだけど、どう?」

 順調にいってるのなら一人の国民としてありがたい限りだな、なんて珍しく殊勝なことを考えながら何の気なしに尋ねると、向かい側で激しく缶が叩きつけられた。ハルタの手によってテーブルに押し付けられた酒缶は形こそ保っているものの少しへこんでいる。

「…ヒロト」

 ゆらり、と顔を上げた友人は激情を示すように荒々しく缶を歪ませたというのに静かな表情をしていた。メキョ、と彼の手の中でアルミ缶が鳴く。

「話、聞いてくれる?」

 俺が思っている以上にストレスが溜まっているらしい。頭の中で後輩が「ナジマさん話聞くの上手いですよねー」とへらへら笑った。いくら話を聞くのが上手いと言われていようとも、聞きたい話とそうじゃない話くらいある。これは後者だ。しかし、友人の圧に首は縦にしか動かなかった。


 ミズシノハルタという男は俺が知っている中で最も優秀な男だ。代々内務大臣を務めている上流貴族家の長男で、成績は優秀、スポーツも基本的に人並み以上。大学は首席で卒業したと聞いた。

 学生時代から完璧だった俺の一番の友達が内務大臣の座を継いだのは、まだ十八の頃だった。高校卒業を目前にした二月のこと。

 完全な世襲制の大臣家において未成年だろうが学生だろうが家督を継いだものは自動的に大臣だ。元々病気がちだったハルタの父は公国民の平均寿命の半分ほどで亡くなってしまった。それで長男だったハルタは大学入学を目前に控えているにも関わらず内務大臣となり、父の死を悲しむ間もなく多忙の生活へ身を投げた。

 もちろん学生という肩書きもあったころは補佐役の人も何人かいたみたいだけれど、それでもその時分から大臣としてとても優秀な働きぶりだったらしい。ハルタの妹が教えてくれた。自由な彼女はたまにアポなしで訪れては兄や自分の話をして満足げに帰っていくのだ。

 しかし国の中枢を担うということはいくら優秀であっても大変なようだ、と今にも暴れださんばかりの勢いの友人を眺めながら思った。

「俺が他の大臣に比べて若いから舐められてるってのは百歩譲って理解できんだよ」

「うん」

「でもあいつら俺より仕事できねえのにばっちり週休二日とってんだぞ!」

 バンッとテーブルを叩いたのは何度目か分からない。酒も相まって愚痴が少し奔放になっているようだ。

「しかも年上だからこっちが下手に出てりゃつけあがりやがって、ふざけんなよ!」

 もう一度強くテーブルを叩く。すると、その小指の先がちょうどリモコンの電源ボタンを押した。ピッと状況に似合わない軽やかな音でテレビがニュースを映し出す。今度はハルタじゃない別の大臣の記者会見のようだ。

「あー!」

 流れ出したニュースに顔を向けた酔っ払いが探し人を見つけたような声を出す。

「ハルタ、近所迷惑だから少し静かに…」

「うるせえ、俺は内務大臣だぞ」

「ご近所トラブルに自分の公爵位を持ち出すな」

 随分と酔いが回っている内務大臣の周りには空き缶がいくつも転がっていた。つまみを酒で流し込むような食べ方をしているからこうなるのだ。

「それで、この人誰?」

 ニュースで会見をしているのがどこかの大臣だということはわかるが、名前までは出てこない。そもそも何の大臣だったか。

「防衛大臣だよ。軍とか取り仕切ってる」

 軍、と聞いて思い浮かんだのはイズモの友人であるワクラさんだった。つまり彼女の上司か。

「仲悪いの?」

「こいつの性格が悪い」

 仮にも同じ大臣という立場の相手に容赦なく悪口を吐き捨てたハルタは空っぽになった酒缶をコンコンとテーブルに打ち付けながら文句を垂らす。

「昨今の情勢を考えて、警察の予算を増やして治安維持に努めるのが最善策だ。大学行ってなくてもわかるだろ」

「わかるね、さすがに」

「だから警察の予算が上がったんだ。そしたらこのくそ野郎は!」

 なぜかチョコレートを箸でつまんでそのままテレビ画面の防衛大臣を指す。丸い形を落とさないか心配になったが、器用にもそのまま口まで運びきった。

「軍の予算も増やせって言ってきたんだ!意味わかんないだろ!」

「…増やしてもいいんじゃないの」

「なんでだよ!あいつらの仕事基本的に要人警護だけだぞ!」

 ハルタを含めた貴族や海外からの要人の身辺警護が軍の主な仕事だというのはワクラさんも言っていた。戦争や紛争が起きていないのであれば軍事力なんて必要ないに等しく、軍の存在は有事の際の保険でしかないということだ。普段国民を守るのは軍ではなく警察の仕事であるとはっきり線引きされているらしい。

「警察は俺の管轄だから、俺のところに予算が集まってんのが気に食わねえんだよ。あのハゲ」

「…ハゲてはなさそうだけど」

「見えないだけだ。頭頂部がだいぶやばい」

 大臣の仕事やそれぞれの関係についてはわからないことの方が多いから口出しはできない。なんせ警察が内務大臣の管轄だというのも今知った。道理で連日飽きずに会見を開いているわけだ。

 ニュースが終わって深夜のバラエティ番組に切り替わる。嫌いな人間が消えて落ち着いたのか、静かになったハルタは新しい酒を求めて冷蔵庫を開けた。まだ飲むつもりか。

「話聞いてもらってすっきりしたわ」

「落ち着いたようでなにより」

 これ以上愚痴が続くと本格的なご近所トラブルになりそうだ。そうなるとハルタの公爵位を振りかざすことも辞さない覚悟が俺にはある。

「そういうお前はどう?結局まだ監査いけてないんだけど問題ない?」

「俺がいるのエドガワだぞ…」

 問題があるわけない、と続けようとして踏みとどまった。昼間のやけに憔悴した様子の後輩を思い出す。続けようとした言葉が立ち消えて意味のない声が漏れた。

 途端にハルタの顔が曇る。そりゃそうだ。LMBはガッツリ内務大臣の管轄だし、監査に大臣が直接来るほど重要視されてる組織だ。いくら平和一辺倒のエドガワでも問題があるならすぐに対処しなければならない。

「まあ、ないわけじゃないけど」

「はっきり言ってくれ、最悪明日の午前休は取り止めだ」

「いやそこまでするほどじゃない」

 酔っ払いのくせに仕事への責任感だけは抜け落ちない友人に昼間のことをかいつまんで話す。シンジュクで一年勤務していた新人の様子がおかしいこと。原因は恐らく現場にあること。しかし同行していたもう一人にも原因はわからないこと。

 問題があると聞いて少し焦った様子だったハルタも落ち着いてきたのか、全部話し終える頃には俺と一緒になって首を傾げていた。

「現場で何かあったんだろうということしかわからないな」

「その場で何を感じるかは本人次第だしな、話してくれるのを待つしかないか」

「まあお前がいるから大丈夫だろ」

 一緒になって悩んでくれていたくせに、いきなり投げ出すようにそう言われて酒を呷る手が止まる。

「…無責任だな」

「信頼だよ」

 白々しい言葉に溜息をついて缶に残っていた酒を飲み干す。

 シンジュクやシブヤのようにカウンセラーの採用を考えてもいいかもしれないと言うと、お前がいるからいらないと却下された。俺をなんだと思ってるんだ。

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