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傍観録2302  作者: 谷尾 香緒
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トウキョウ公国

 仕事の日の支度はだいたい寝ぼけ半分でもできてしまうものだ。

 セットしたアラームで目を覚ましてから五分ほどの二度寝を楽しんで、それから体を起こす。心地いい寝床を恋しく思いながら洗面台に行って顔を洗う。この後ひげを剃る時もあるが、濃いわけではないので毎日はしない。今日は必要なさそうだ。鏡の中の見慣れた自分が眠そうな顔でぼんやりと見てくる。

 次は朝食。朝は基本トーストにしている。ご飯の気分の時もあるけど、楽だからほぼ毎日トースト。独身で一人暮らしの男に朝からご飯に凝る気力はない。

 トーストとカフェオレを持ってテレビが見やすい方の椅子に座る。一人暮らしなのにテーブルを挟んだ向かい側にも椅子があるのは、時折遊びに来る友人のためだった。そんなに頻繁に来るわけではないのでまだ座面のクッション地は少し固いまま。

 てきとうに付けたニュースを眺めながらトーストをかじる。時間は八時二分。いつもと分単位まで同じ。家から職場まで十分もあれば着くからちょうどいい。

 テレビは土曜の朝だというのもお構いなしに気分の悪いニュースを報じる。シンジュクでの暴動、シブヤの路地で見つかった不法入国者の遺体、増加していく自殺件数。かと思えば、次のニュースではこの国の科学技術の発展を記念する式典について手のひらを返すように報じているのだから不思議なものだ。キャスターも表情の固さが抜けきっていない。

 チヨダで来月にLMI開発百周年の記念式典が行われる、というニュースを最後まで見ずに画面を落とす。皿もコップも空になっていた。

 あとは服を着替えて歯を磨いたら出勤するだけ。出る前に洗面台に寄って軽く身だしなみを整える。目に少しかかる前髪を切ろうか迷ったが、考えた途端面倒になった。ストレートすぎるくらいの黒髪は、サラサラだねと羨ましがられることも多いが案外扱いにくい。前髪を避けてもまたサラリと戻ってくる。邪魔だけどまあいいか。

 一番上のボタンを開けたワイシャツにジーパン、ノーネクタイ。仕事着にしては随分とラフだが、職場にはこれよりもっとラフなのがいる。

 愛車の鍵を手に取って薄っぺらい鞄を片手に家を出る。外に出た瞬間、温い風が首元を撫でていった。途中でニュースを切ってしまったから天気予報は見てないけど、随分過ごしやすい気温のようだ。

 戸締りをして駐車場に向かおうとすると、隣に住んでいる家族も出てくるところだった。一家でお出かけらしい。挨拶代わりに会釈をすると、俺の腰辺り程度の身長の男の子から元気な挨拶が帰ってきた。休日に親子でお出かけか。おじさんは土曜日でも仕事だけどね。少しだけ羨ましい。

 駐車場の一番奥に停めてある黒いセダンは家にときたま来る友人の置き土産だった。もういらないからあげる、なんていう軽い一言でありがたく使わせてもらっている。かなり使われている車だが乗り心地はよかった。

 先ほどの家族が乗ったワンボックスに続いて駐車場を出る。春の風があまりにも気持ちいいから窓は開け放したままだった。


 エドガワ区の真ん中を縦断するように流れている江戸川に沿って下っていく。海が見えそうなくらいまで来たら、川沿いに薄汚れた灰色の建物がある。コンクリートで大きい立方体を作りました、みたいな建物は元は物置や貸会議室などに使われていたものらしい。それを国が買い取って生命管理局エドガワ支部とした。

 LMBエドガワ支部と書かれたそこだけ真新しい看板の横を抜けて車を停める。同僚たちは全員車で通勤しているはずだけど、駐車場には俺のを含めても二台しか停まっていない。あの二人が始業時間前に来ることはほとんどないのでいつものことだ。

 コンクリートの箱の三階。そこが俺の職場であり、LMBエドガワ支部のオフィスだった。三階に上がれば見えそうで見えなかった海もちゃんと見える。特にいい眺めというわけではないけど。

 エドガワ支部はLMBの中でも最も小さな支部である。規模も局員数も経費も最小で存続ギリギリ。三階にオフィスはあるが二階と一階にはほとんど何もなく、埃塗れのがらんどうが並んでいるだけだった。国に買い取られる前の方が有効に使われていたと見える。せいぜい倉庫と応接室程度はあるが、どちらもあまり使われていない。

 微妙に急な階段を上って正面のドアを開ける。

「おはようございます」

 駐車場にあったもう一台の車。その持ち主であるサワタリ主任に挨拶すると、優しそうな笑みと挨拶が帰ってきた。比較的自由度の高い職場で唯一スーツを着ている人。柔和な雰囲気だが丁寧に整えられた鼻の下のひげのおかげで相応の貫録がある。ひげを隠せばただの優しそうなおじちゃんだ。

 エドガワ支部のオフィスは一般的なオフィスとは随分と違った様子をしている。言ってしまえばスカスカだ。並べられた机は主任のものを含めたった四つ。しかもどれも種類はバラバラ。ついでに椅子もバラバラ。そのバラバラでスカスカなオフィスの隙間を埋めるようにテレビやらソファやらが置かれている。空間を埋めるためだけのそれは使われているところをあまり見ない。

 大物作家の書斎に置かれているような主任の大きな机以外は向かい合わせに置かれていて、上から見ると四角の四隅の一つが欠けたような形になっている。そのうちの一つ、一番シンプルな薄い机が俺のだった。これはもともとこの建物で使われていたもので備品倉庫から引っ張り出してきた。新しく買うのも面倒だからそのまま使っている。ただ、長時間座っていることもあるので椅子だけは選んだものを持ち込んでいた。

 十五万した椅子に座って鞄はてきとうに机の上に置く。

「他の二人はまだですか」

「まだだね。イズモくんはそろそろ来るんじゃないかな」

 時間は八時五十七分。始業時間三分前。

 俺の右隣がイズモの席だ。高そうな机に高そうな椅子。どちらも統一されたデザインで、仕事の机というより貴族が私室で使っていそうなものである。けれど、隣に置かれているのが俺の安っぽい机なので可哀想なくらい似合っていない。本人はそんなこと気にしていないらしいが。

「イチキは遅刻ですかね」

「あの子が時間通りに来たことはないからね」

 主任は笑っているが社会人としては問題である。ただ仕事はちゃんとするしイチキの遅刻を気にする者もいないので今のところお咎めはなし。もし主任が変わることになったら手始めに減給だろう。

 イチキのデスクは俺と向かいあうように置かれている。机自体は黒いシンプルなものだが、椅子は一人がけのソファだった。仕事がないときは俺の正面でだらしなくこのソファに伸びている。

 ちなみにイチキの隣、イズモの向かい側はぽっかりと一人分空いていた。先月一人辞めていったのだ。職業柄長続きしない局員が多く、三年以内の退職率が一番高いのはシンジュク、次にシブヤだと聞く。規模の小さいエドガワはおかげで最下位だ。今デスクのある四人のうち就いてから最も短いのがイチキだが、それでも新卒から二年ずっと続いている。

 午前九時。始業のチャイムが鳴る。ボォーンと柱時計の低い音が響いた。その余韻が消える前にドアを開けて入ってくる男が一人。イズモセナ。全身を高級ブランドで固めてはいるがスーツではない。なんだその変な柄のシャツは。どうしてか金持ちというのは変なデザインに走る傾向にある。いったいそんな服にいくら払ったんだ。

「おはようございます」

 優雅に席に向かうイズモは頭から足先までびっしりとキマっている。以前興味本位で身支度にどれくらいかかるのか聞いてみたら一時間半と返ってきた。顔を洗って服を着替えたら終わりの俺にはわからない話だった。

「おはようイズモ。…そのシャツいくらするんだ?」

「三十万くらいだが」

 思わず笑ってしまった。ちなみに今日の俺は上下合わせて二万もいかない。

「お前の服はいつも安そうだな。十万もしなさそうだ」

「そうだね」

 わりと高く見積もってくれていた。

 あとはイチキがくれば全員揃うが、どれだけ早くても十分は来ないだろう。イチキの遅刻で酷い時は十二時まで来なかった。

「そういえば、新しい人っていつ来るんですか?」

 イズモの正面の空いたスペースを指しながら尋ねると、主任は困ったように眉を下げた。

「しばらく来ないみたいなんだよね。来月の人事異動で補填されるらしいからそれまで三人体制でよろしく」

「まあ時期的にそうなりますよね」

 再三繰り返すが、エドガワ支部はLMBでも最も小規模の支部である。それはつまり仕事が少ないということで、三人でも大して問題はないのだろう。しかし、それはあくまで俺の考えで、隣の男は違ったようだ。

「迷惑な奴だな。こんな中途半端な時期にやめていくなんて」

「しょうがないだろ。キツくなっちゃったんだから」

「異動願いでよかっただろ」

「二十三の支部の中で一番ここが楽なのにここでキツかったらどこに異動すればいいんだよ」

 もう机もない空間に刺々しい言葉を吐いているイズモをたしなめつつ背もたれに体を預ける。

 全身どころかオフィスの机と椅子までも高級品で揃えるイズモのプライドは誰よりも高い。下手に強い口調や真っ向からの正論で抑え込むとその反発で吹き飛ばされる。あそこに座っていた後輩もイズモの高すぎるプライドにだいぶ苦労していたみたいだった。もしかして辞めた原因はこいつなんじゃないのか?

 同僚のシャツよりも安い椅子は随分と座り心地がいい。温かい気温も相まって眠たくなってくる。窓際の主任は眠くならないのだろうか。あの席は言ってしまえば学生時代の窓際最後列のようなものだ。

 もうとっくにいなくなった元後輩の悪口に忙しいイズモがそろそろうざったい。重い瞼を閉じると余計にうるさく感じた。

「別にいいだろ。イズモが優秀だから一人いなくなっても困らないって」

「…それもそうだな」

 確かにそうだ、と何度も頷きながら上機嫌に口の端を上げて肩を叩かれる。眠たいから放っておいてほしい。

 俺の居眠りを咎める人もいないまま目を閉じてどれくらい経ったかわからない。本格的に眠れそうだと思い始めた頃、元気よくドアが開いた。

「おはようございます!」

 時間は九時二十三分。ばっちり遅刻だ。

「おはようイチキくん。…今日はまだマシだね」

「はい、十時前に着いたんで遅刻じゃないですね。あれ、ナジマさん寝てるんですか?」

「起きてるよ。おはよう」

 さっきよりも軽くなった瞼を上げると、イチキは上機嫌に一人がけソファに座るところだった。どんな日でも出勤してきた時のイチキは機嫌がいい。好きな時間に出てきているんだからそりゃそうだ。

 少し長めの茶髪をくるくるといじりながらリュックから週刊漫画雑誌を取り出して読み始める。エドガワ支部最年少のイチキは二十五歳だが、服装がパーカーにジーンズなのも相まって学生にしか見えない。俺がコンビニ店員だったらこいつが酒を買う時に身分証を要求するくらいだ。

 職場には全員揃った。始業時間はとっくに迎えている。他の支部では朝礼とかやるんだろうか。面倒そうなのでうちになくてよかったと思う。

 時計の音が響く部屋でもう一度目を瞑る。事務作業は昨日のうちに終わらせていた。現場の仕事が入らなければ、俺たちはこうして好きに過ごしているだけでいい。



 トウキョウ公国。科学技術を軸に発展を遂げた小さな大国であるが、建国からはまだ百数年程度しか経っていない。

 現在の大公の祖父に当たる初代大公が建国したこの国は、もともと列島全土に人が住む島国だった。しかし、人口の減少が進むなか改革に次ぐ改革が行われ、全土に散らばっていた国民がトウキョウに集められた結果、総人口八百万人程度の公国となった。

 そして、トウキョウ公国を語る上で外せないのがLMIの存在だった。正式名称は覚えていない。長ったらしい英語だった気がする。

 ちょうど百年前に建国以前からの長年の研究が実を結んだそれは、平たく言えば死んだ人間の居場所を知らせるというものだった。

 LMIが開発される以前のこの国では行方不明者の数は年平均八万人を超え、生きているのか死んでいるのかも定かではないその人たちは人口の減少が一番の問題であったこの国にとって悩みの種であった。その上、独り身の孤独死体が何か月も経って発見されるなど、遺体に関する問題は山積み。

 けれどLMIの開発により状況は一変する。行方を眩ませどこかで死んでしまってもすぐに発見され、孤独な老人の死体に蛆虫が湧くこともない。死亡したらすぐに人が駆け付けるため国民が殺されることは滅多になくなった。表向きいいことずくめである。生まれてすぐ心臓の傍に埋め込まれたよくわからない機械は、俺たちが死ぬまでその仕事をすることはない。

 では、LMIが作動し死んだ人間の場所を知らせた時、その場に赴くのは誰なのか。それが生命管理局の局員だ。今や国の重要機関とまで言われるそれはLMBと呼ばれている。多分英語か何かの頭文字を取った略称だろう。LMI同様正式名称は覚えていないが。

 国の重要機関と言われるだけあって、LMBは国の管轄、厳密には内務大臣の直属となっている。入局するには厳正な審査と試験を受けねばならず、そもそもその審査を受けられるのは国立大もしくは貴族の通うパブリックスクールを卒業していなければならない。つまりLMBは優秀な人間の寄せ集めで、前髪のチェックに余念がないイズモも漫画を読んでるイチキも優秀であるはずなのだ。

 二十三に分割された地区をそれぞれの支部が管轄し、自分たちの管轄内でLMIが作動した場合現場に急行。遺体の状況を見て警察、もしくは消防局に連絡する。ただ殺人がほとんど起こることのなくなったこの国で警察に連絡することはほぼない。十年近く勤務しているが、警察を呼んだことは片手で数える程度だし、その片手程度の数回も念のためのものだった。

 後の報告書や死亡届などの事務処理も含めて仕事だが、主に遺体の回収が俺たちの仕事ということになる。これだけで国の重要機関なのだから、人の命の重さがどういう重さなのかよくわかる。死んでも誰にも見つけてもらえないというのはみんな案外嫌なものだ。


 ふと、静かだった部屋にノイズが飛び込んでくる。薄目を開くと漫画に飽きたイチキがテレビを点けたところだった。

「この時間ワイドショーしかやってねーや」

 不服そうにチャンネルを変えるイチキだが、結局いくつかのうちの一つのワイドショーで落ち着いたようだ。画面に映るのは気難しそうな初老の男性。主任以上に貫録のあるひげを蓄えた外務大臣はイズモと同様高級ブランドで全身をコーティングしていた。

 大臣、と名のつくものはみんな上流貴族である。完全なる世襲制でそこに平民が挟まる余地など一切ない。大臣だけでなく、どこかの局のトップだとか省庁のお偉いさんだとかまでも大半は公爵位を持つ者で占められていた。

 鏡の中に夢中なイズモもどこかの貴族なのだが聞いたはずが思い出せない。警察関係だった気がする。ここで働いてるということは家を継ぐ気はないのだろう。そこそこ長い付き合いだがその辺りのことは聞いたことがなかった。

 建国してからこっち鎖国政策を取っているこの国では外務大臣はなかなかに重要な存在であるらしい。鎖国と言っても完全に閉じてしまうのではなく、最低限の物流や交流は続けられている。しかし、国内のどれを海外へ流して海外のなにを国内にいれるかは全て外務大臣の指揮下だった。

 しかしわざわざ外務大臣が会見を開いているのは海外との交流云々とは別の要件であるらしい。近年右肩上がりの殺人件数についてだった。

 殺人事件はLMIとそれに付随して設立されたLMBのおかげで滅多に起こらなくなっていた。しかしそれは公国民に限った話で、心臓の傍に機械を入れていない外国人、中でも正面切って公国にやってきたわけではない不法入国者が殺される事件が増加している。俺が子供の頃はそんなニュースは聞かなかった。ここ十数年のことだ。

 外の人間が殺されたとあっては外務大臣が動かないわけにもいかず、その上公国内で外国人のみが殺されているという事件に滞在中の外国人が不満を持たないわけがなかった。どうやらそのせいで素行の悪い外国人が増えているようだ。シンジュクやシブヤでは不法入国者による暴行事件が増えているらしいし、警察や軍など国の中枢組織にもそのヘイトは向いていると聞く。

 トウキョウの治安は目に見えて悪くなっている。今こうして会見に出てる外務大臣もそうだが、俺たちのかなり上の上司にあたる内務大臣も随分忙しそうだ。来週にあるはずだった監査が延期されたのもそのためだろう。おそらく国はしばらくこの事案にかかりきりになる。

「殺人事件増えてるんですって、怖いですね」

 それでもそう呟いたイチキがどこか他人事なのは、ここがシンジュクやシブヤではなくエドガワだからである。公国の建国以前は二十三区の中でも比較的人の多い区だったが様々な原因で人は減っていき、今は人の数に見合わない建物が残っているだけだった。それも最近では取り壊しが進んでいる。

 人口は二十三区の中で最低、ついでに死亡件数も最低。同じ国で起こってることだし、実際の殺人現場まで車を走らせればすぐ行ける。けれどどこか薄皮一枚隔てたように感じていた。

「警察も忙しいんだろうな」

「忙しいみたいだぞ。うちの連中は最近深夜にならないと帰ってこない」

 家が広くて過ごしやすい、と言ったイズモの横顔は本当に嬉しそうだった。威圧感を感じさせる三白眼も上機嫌に細められている。どうやらあまり自分の家は好きではないらしい。

「イズモさんの家って何でしたっけ」

「警察庁の長官。中流貴族だよ、ぎりぎりな」

 このぎりぎりというのは、下の意味ではなく上だ。階級こそ少し下になるものの、警察庁長官と言えば握ってる権力は大臣クラスにも引けを取らない。

「イズモさんは家のお手伝いとかしなくていいんですか?」

「あんな家の手伝いするくらいなら一か月お前の服を着て過ごす」

 お前、と指を指した先はイチキのパーカー。中流貴族様はパーカーを着たことがないらしく、それに腕を通すくらいなら何も着ない方がマシだとイチキとの初対面でのたまった。そんなイズモがこう言うくらいなんだからよっぽど家の手伝いはしたくないんだろう。

 外務大臣の次は内務大臣の会見が放送されるらしい。政治がらみのニュースが近頃はどうにも多かった。

 内務大臣の顔がテレビに映る前に顔を逸らすと、ずっと捻っていた首が僅かに痛む。イチキの位置からは見やすいテレビはほとんど俺の真後ろにあるせいだ。

 同じように国に属している立場であるというのに俺たちはこんなにも暇である。もしかしたら今日は誰も死なないかもしれない。それはとてもいいことに違いなかった。俺たちが動かないということはつまり誰も死んでいないということになる。

 けれど、ぼんやりと春の風に当たっている俺の期待を裏切るように電子音が鳴った。ピコンという軽やかなそれは重たい意味を持っている。

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