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空と龍  作者: らむね。
8/18

8話 夏休み②

誰よりも早く道場に来て、全員を見送ってから道場を去る。

これが、玄武館高校栄極空手部新部長である僕の務めだと、牧野真締は今日も静まり返った道場へ一礼し、帰途に着く。

なんとも、暑い。

コンビニの前でアイスクリームを食べる子どもたちを見て、誘惑が漂ってくるけれど、下校中の買い食いはみっともないと、自転車のペダルを思い切り踏み込んで断ち切ろうとする。

しかし。

「あっ」


家に帰る前に、寄る場所がある。

チャイムを鳴らし、姿勢を整える。万が一、親御さんが出てこられても、礼儀正しく挨拶ができる構えになっておく。

扉が開くと。

いつも通りの、寝起き顔だ。

「ほら、今日はアイスクリームを買ってきた。溶ける前に、食べよう」

まだ頭が回っていないのだろう、ぼおっとした顔で突っ立つ寝ぼけ眼の真ん前に、コンビニの袋を差し出す。

「め、め、珍しいね、真締が」

「何か差し入れがあった方がいいと思ってな。それよりも、上がっていいか、政影」


夏の合宿、インターハイと忙しく、真締が宮口政影の家を訪れるのは数週間ぶりのことであった。

「見たよ、インターハイのえ、映像。真締、か、かっこよかった。真締の試合だけ、よ、4回見た」

「そうか、それはよかった。応援の1年生に撮影を頼んでいたんだ、彼にも今度礼を言うといい」

アイスクリームを食べる前に、床屋にも行っていないのだろう、伸びきった髪をかきあげ、政影はポニーテールに纏めた。

「その髪、暑くないのか?短髪はいいぞ!風を感じて爽やかだ!」

「ま、真締は、短い髪の方がいいと、お、思う?それなら」

机の上からハサミを取ると、纏めたところから突然髪を切ろうとする政影を、真締は慌てて止めた。

「極端になるな、いいか、夏休みが明けて、新学期になる前に床屋にでも行ってくるといい。そして、部活にもよければ顔を出してもらいたい。新チームには、お前の力が必要なんだ」

ハサミをくるくると回しながら、真締と目を合わせたり逸らしたりを繰り返し、「が、が、がんばる」と政影は声を絞り出した。

「外には、出ているのか?」

しばらくの沈黙の後、「う、うん、この前、夜中に、コンビニ」と政影。

「そうか。それでも、第一歩だ。いいぞ、無理は禁物だ、一歩一歩、スモールステップで進もう」

真締の言葉に頷きながら、カレンダーを見たり、指折り数えたりして、「もう半年以上か」と呟く政影。

特に何か理由がある訳ではなかった。いじめられた訳でもなければ、学校が嫌だという訳でもなかった。ただ、なんとなく外に出ることが嫌、という時期が定期的にやってくるのだ。

まあ、理由になるか分からないけれど、ママが家に男を連れ込んでいない期間と、いつも被ってはいる。

いずれにせよ、外に出ない生活を送っていたら、ただでさえ出不精だったのに、更に外に出ることが苦痛になってしまったし、ただでさえ人付き合いが苦手だったのに、人と関わることが億劫になってしまった。真締を除いては。


「さて、そろそろお暇しようかな。また、部活帰りに寄るから、顔を見せてくれ。学校に行くなら、いつでも迎えに来るからな。おっと」

アイスクリームの包みが、真締の手から滑り落ちた。

ひらひらと落下する包みが、まるで吸い寄せられるように、政影の手に収まる。

「やっぱり、お前の目は特別なんだ」

真っ直ぐな真締の目を直視することが出来ず、視線をふらふらとさせながら、

「真締がそう言ってくれるから、ちょ、ちょっとだけ、この目が好きになった」

うへ、へへ、と照れたように笑う政影。

「そうだ、僕はお前の目を誇りに思う」

真締の言葉に、顔を真っ赤にして俯いたまま、政影はアイスクリームの包みを弄っている。

「それじゃあな、体に気をつけるんだぞ」

立ち上がり、部屋を出る真締の背中を、慌てて政影は追いかける。

玄関で靴を履き、今にも出ていこうとする真締のワイシャツの背中を軽く摘み、「ま、待ってるね」と声を振り絞る政影。

「ああ、また来るからな!」

玄関のドアが閉じきるまで、隙間から見える真締の姿を、政影の目が追っていた。


自転車を勢いよく漕ぎながら、先ほどのアイスクリームの包みを受け止める政影の手の動きを思い返す。

落下の軌道を完全に読み切って、それを捕捉する動体視力があれば、あんなにも最小限の動きで落下先へ先回り出来るのだ。

凄い。やはり政影は凄い奴だ。

それに。アイスクリームの包み。

僕1人だったら、きっと食べなかっただろう。

口の中に微かに残るこの甘い味は、政影のおかげだ。

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