7話 夏休み①
道着を纏わず過ごす日々に、ようやく慣れてきた、夏休み最後の日。
刀利は居心地悪そうに、ショッピングモールの時計台の下で腕を組んでいた。
賑やかな家族連れや、腕を組んで歩く男女や、制服を着た女子の集団が、どうしても目に飛び込んでくる。
おまけに、茹だるような暑さだ。手の甲で汗を拭う。剃り上げた髪が、少しだけ伸びてきているのが分かる。
「ごめ~ん、お待たせぇ」
サングラスをかけて、チャラけた格好で向こうからやってくる、グレン。
部活を引退した途端、モデルの仕事が忙しくなったらしい。もっとも、部活に打ち込んでいる内は仕事を最低限に抑えていたのかもしれないが。
遅い、と言いたくなるが、事情があるのだろう。結局、「ああ」の一言で済ませてしまう。
「やっぱりさ、一応俺、有名人だし?ちょっとくらい変装した方がいいかなとか思ってさ、これかけてきた」
何も聞かずとも、勝手に言い訳を始めるグレン。
「なんでもいい。行くぞ」
先に立って歩き出すが、刀利には行き先がさっぱり分からない。
「こっちこっち、まずはスイーツバイキングね」
刀利の腕を掴んで歩き出すグレンは、サングラスの向こう側が透けて見えるくらい、満面の笑みだ。
列に並び、色とりどりのスイーツに呆然としていると、グレンが「多分、あれとか、甘すぎないと思うよ」と小声で助言をくれた。
とりあえず、信じて取っていく。抹茶菓子が多いのだろう。随分と緑色に偏ったトレーになった。
席に座って、思う。予想通りというか、カップルの男女か、女性同士が随分と多い。
グレンは全く気にしていないようだ。幸せそうに、ケーキを頬張っている。
とりあえず一口。甘い、が、美味い。
性分なのだろう、常に周りの様子を窺ってしまう。どうも、あらゆる方角から、視線が集まっているようだ。
やはり、場違いなのではないか。それとも、こいつは本当に視線を集める程の有名人なのかもしれない。
「おい、どうも落ち着かんな」
「なに、緊張しちゃってるのぉ?刀利ちゃん」
紅茶を飲みながら茶化すように笑うグレンに、片手で顔を覆いながら「いや、なんでもない」と返すしかない刀利であった。
「次、服屋行こう!部活も引退したし、ね?」
刀利の着ている、いつだかの栄極空手の大会で参加賞として貰ったTシャツを軽く引っ張りながら、グレン。
「いや、いい。これで十分だ」
「もしかしたら、俺がモデルで着た服あるかもだし、いこ!」
「いや、いい・・・。見るだけで、いい」
楽しげに歩くグレンは、このままではスキップでも始めそうだ。
店先には、派手派手しい服が並んでいてたじろいだが、店内に入るとそれなりに自分が纏っている想像が出来る服も見つかった。
グレンは刀利をマネキンにして、あれやこれやと服を合わせる。最終的に、予想外に落ち着いた服装となった。
私服のジャケットなんて、初めて羽織った。
「これ、いくらするんだ?」
「ううん、気にしないで、俺の奢りでいいから」
いや、そういうわけには、とグレンの肩を掴んだが、「じゃあ、今日は俺の言うことな~んでも聞いてね?それでチャラ」と言われ、仕方なく離した。
服屋を出て、これもまたグレンの提案で、ゲーセンに寄る。
レースゲームやらシューティングゲームやら、勝負事には負けたくないので全力で挑むも、刀利はグレンに全敗だった。格闘ゲームに関しては、格闘技を嗜んでいることもあって特に負けたくはなかったが、コテンパンにされた。しばらくムスっとしていた刀利であったが、「ほら、ゲームと現実は違うから、ね?」とグレンに慰められ、気を取り直して立ち上がった。
クレーンゲームの景品を眺めながら、「あれ、可愛いなあ」と猫のようなキャラクターのぬいぐるみを指差すグレン。先程の服の件もあり、
「欲しいのか?やってみるか」
と、コインを入れた。景品までの距離感、クレーンの腕の可動具合、それらを踏まえて絶妙な位置に移動させる。これまでのゲームと違い、少しは自信があった。しかし。
「なんだ、妙な転げ方をしたぞ」
結局、意地になって何度も挑戦し、やっとの思いでぬいぐるみを落とした刀利が、「ほら、待たせたな」と言って渡すと、グレンはそれを抱きしめて大喜びした。
あまりにも喜ぶので、数人が振り返り、「おい、大袈裟な」と思わずたしなめてしまう刀利であった。
最後にプリクラを撮ろうとグレンに言われ、それだけは避けたかったのだが、「なんでも言うこと聞く約束」と耳元で囁かれ、溜息をつきながらグレンの後に続く。
何やらポーズの指示をされて、グレンの真似をする。恥ずかしいポーズはそっぽを向いてやり過ごそうとしたが、グレンに促されて仕方なく、手をハートの形にした。
ゲラゲラと笑うグレンに、「もう二度とやらん」と拗ねる刀利。
文字や絵を描くのはグレンに任せ、撮ったものも「お前が持っておけばそれでいい」と受け取らなかったが、少し寂しそうにしたグレンの表情に負け、仕方なく半分もらっておくことにした。
商店街を出ると、高校の方から自転車を漕いでやってくる牧野真締と鉢合った。
わざわざ自転車から降りて、「こんにちは、先輩方!」と頭を下げる。
自分たちの代が引退し、新たな部長となって、張り切っているのだろう。
「頑張っているようだな」と肩に手を置くと、「はい!」と威勢の良い返事。
「それから、政影・・・宮口が、部活に復帰しそうなので、それも励みになっています!」
ああ、牧野真締と同級生の、確か1年の終わり頃から学校に来ていなかった、あいつだろうか。
「そうか。新チームにとって、強力な戦力になることは間違いないな」
「真締ちゃんが、ずっと声かけ続けてあげてたんだもんね」
グレンが優しく、労う。こいつは、案外と人を見ているのだ。
自分たちが背を向けて去るまで、律儀にお辞儀をしていた真締と別れ、大きな公園沿いの道をゆく。
すると。
「あの、すみません、グレン・カルカロフさんですか?」
中学生くらいだろうか、女子の集団に呼び止められた。
ああ、本当にこいつは有名人だったのだな。
「写真、1枚いいですか?」との黄色い声に、邪魔になるようなら離れていようかと、そっと歩き出した瞬間、
「ごめんねぇ。今日は友達と一緒だからさ、また今度会ったらね」
刀利の腕を握って、グレンはバイバイと女子たちに手を振った。
「よかったのか?」
「うん。多分、SNSでここにいるって書かれたのかも。俺は、もちろん書いてないよ?今日のことは刀利と2人だけの思い出だし。でも、ごめんねぇ・・・」
しょんぼりとして謝るグレンが可哀想になる。
「お前のせいではないだろう。それに、俺は何も気にしていない」
それでも俯いて歩くグレンの頭を撫でてやると、少し機嫌が直ったようだった。
休憩がてら立ち寄ったコンビニで、グレンが雑誌を手に取り、刀利を手招きした。
グレンが、何人かのモデルと一緒にポーズを決めている。
話には聞いていたが、実際にモデルとしてのグレンを見るのは初めてだ。
「そ、そうか。それで、さっきの女子たちのように、ファンがいるわけだ、なるほど」
「あと、SNSとか、テレビにも何回か出たし・・・」
全く知らなかった。
「わ、わかった。お前は本当に有名人で、ファンがいっぱいいることが分かった」
「これからもっと増えるかもよ?」とやっぱり茶化して笑うグレン。
店を出ると、外は随分暗くなっていた。
街灯の下、「ありがと、今日はめっちゃ楽しかった!」と手を振るグレン。
無言で、頷き、背を向けかけて、立ち止まる刀利。
振り返ると、グレンが伸びをしながら、反対方向へ歩いていく。
自分でも、どうしてそうしたのかは分からない。
「おい」
振り返る、グレン。
「有名人なんだろ、家まで俺が送り届ける」
ええ~っと照れたように笑いながら、「なになに、刀利ちゃんがボディーガードになってくれるの?でも、俺だって結構強いし・・・」と茶化して笑いかけるグレンに、
「ああ」
と真剣に一言返す。
刀利の真剣な目に、思わずグレンも、
「じゃ、じゃあ・・・お願いします」
と茶化さずに応えた。
蒸し暑い夏の夕暮れであったけれど、刀利もグレンも、それ以上に熱い何かを感じながら、並んで歩いてゆく。