3話 予選
登場人物は2話をご参照ください。
栄極空手インターハイ県予選。
玄武館高校が会場入りすると、周囲の高校がざわめきながら道をあける。
「うわぁ、綺麗な子がキャーキャー言ってくれちゃうと、やる気でるねえ」
グレンが黄色い声を上げる女子たちに手を振るのを、「浮かれるな。集中しろ」とたしなめる刀利。
「なに、刀利ちゃん、妬いてるの~?」と顔を覗き込むグレンを、鬱陶しそうに払いのける。
「大山くんも、真幌くんも、県予選くらいじゃ緊張しないかな?」
真締が声をかけると、「いえ!そんなこと!」と、周囲の盛り上がりに完全にあてられた龍拳が返す。
「大丈夫。先輩方のあの余裕は、きっと君たち1年生への信頼もあってのことだよ。今年は、玄武館高校史上、最強のメンバーが集まったんだから」
「うっす、頑張ります」と口にするが、試合前に緊張するのはいつものことで、いくらチームや自分が強かろうが、毎回吐きそうになるのだ。
でも。
道着に袖を通す頃には、段々と治まってくる。
横で帯を締める空は、緊張のきの字もないのだろう。ぼおっと何かを見つめているようで、目線を追っても何もない。しまいには、ふわあっと欠伸をし、それを見た龍拳の緊張も不思議とほぐれていった。
「ふふっ」と思わず笑ってしまったのが、伝わったのだろう。龍拳を見上げる顔に、どうしたの?と書いてあるようだ。
「いや、なんか空くん見てたら、緊張おさまってきた。ありがとう」
少しだけ首を傾げる空。
「俺、いっつも緊張すんだよな。でも、大丈夫だよ、試合になったらなんとかなるから」
笑いながら、力こぶを指差す龍拳に、「君は強いから大丈夫だよ」と、表情を変えずに返す空。
試合が始まると、やはり玄武館高校の強さは圧倒的だった。
先鋒の空は、表情一つ変えず、相手がほとんど動かないうちに勝負を決めてくる。
次鋒の真締は、「お願いします!」と礼儀正しく試合場に入り、「ありがとうございました!」と爽やかに出てくる。
中堅の刀利が冷静に勝負を制し、この時点でチームとしての勝ちが決まる。
副将のグレンは、「も~、たまには俺にもカッコイイところ頂戴よ~」とボヤきながら、鮮やかに大将へ繋ぐ。
大将の龍拳も、いざ試合場に入ってしまえば、力強く相手を薙ぎ倒す。
誰ひとり負けることなく優勝、インターハイへの出場権を獲得した。
会場を出て、「応援ありがとね~」と女子たちに手を振るグレン。
面白くなさげな表情で、その脇をさっさと通り過ぎる刀利。
荷物をトランクに詰め込む後輩たちに、ご苦労様と声をかけ、バスに乗り込む。「ああ、疲れた。ファンサービスも大変だよねぇ」と顔にタオルをかけて椅子にもたれかかるグレンの横に、「そこまで疲れるのなら、たまには無視してしまえばいいだろう」とそっけなく返す刀利が座る。
「ええ~、でもさ、一応俺、有名人だからね。ファンの前で嫌な顔はできないでしょ~」
顔はタオルに覆われたままである。
「飾らないでいられるのは、刀利ちゃんの横だけだよ~」
静かな間。
なんと返したものか、としばし迷った挙句、「ああ」とだけ、返す。
窓の外を眺める空を、眺める龍拳。
突然、空が振り返る。
ああ、これは、お腹空いたの顔だ。
「腹、減ったな」
食い気味で、こくんと空が頷く。
「ラーメンと牛丼、どっちの気分?」
こういう質問をするのは初めてだけれど、果たして空は答えてくれるのか。
じっと顔を見つめられて、やはり少し意地悪をしてしまったかなと焦りはじめた頃、「らーめん」と消えそうな声で空が答え、どことなく照れたような様子で窓の方に顔を向けた。
「そっかそっか、ラーメンか」
嬉しそうに笑う龍拳をちらっと見て、また外を眺める空。
まだ、晩ご飯には少しだけ早い、心地よい疲れと空腹に包まれた帰り道。