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空と龍  作者: らむね。
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1話 出会い 

あの空間だけ時が緩やかに流れているようだった。

道場の中央で、舞うように流れるように、音もなく跳ねては着地し、それなのに拳や足が空を弾いて突然消えては現れる。

少女のような彼の型は、何者も近寄ることを許さないような神聖さがあった。


玄武館高校は、栄極空手の名門である。

グローブを嵌めた状態で顔面への打撃、膝による攻撃に加え、高校生からは肘による攻撃も認められる。5つの階級に分かれており、大山龍拳は重量級で、中学時代には県大会で3位入賞を果たした。周りの同級生と比べ、頭一つ抜けた体格。隆々と発達した筋肉。

黙っていても周りが避けていくような風貌である。しかし、見た目とは裏腹に気が小さく、心配性で、入学式の朝、先輩方と顔を合わせないようにと早朝に家を出て、道場に道着を置きにやってきた。

そこで、あの型を、見た。

口をぼんやりと開けて、唯々見惚れていた。

結局道場に入ることが出来ず、道着を担いだまま教室へ向かうことになり、その風貌も相まって、余計に周囲から恐れられる龍拳であったが、今更になって疑問が沸いてきた。

「あの子・・・男?」

玄武館高校は、男子校である。


ホームルームの後、入部届けを提出しに行った龍拳に、顧問の先生が言う。

「重量級期待の星だな。軽量級は、なんでこんな所に来たのか、世界一のあいつがいるし、今年は凄そうだ」

頑張ろうな、と肩を叩かれる。

あっ。朝の。

自分が対戦することはないからと、あまり気にしていなかったが。

雑誌やテレビで見たことがある。

昨年の栄極空手世界選手権、軽量級で最年少優勝を果たした神童。

凄い。凄い人と、稽古することが出来る。手汗が滲み、自然と拳を握っていた。


部活では、それなりに自分も先輩方から声をかけられた。しかし、あの人に対するそれとは比べ物にならない。

「おい、あいつ」、「世界一の」、「めっちゃ美人じゃん」、「いや、男だろ」。

あの人は、そんな囁き声など聞こえないように、淡々と感情を顔に出さず、道着を羽織った。

「やっぱ、凄いのかな、真幌空。」

空は、一言も発しない。誰も話しかけないものだから、黙々と一人で柔軟をしている。

その後始まった稽古で、空の凄さは一同に知れ渡った。軽量級同士の稽古では、まず空に一撃も入れることが出来ない。中軽量級や中量級の先輩方も相手にならない。中重量級の同級生がふざけてかかっていくと、脹脛に蹴り、顔面に膝を入れられて転がった。

「ごめんなさい。階級が上の人には、手加減できなくて。」

道場中の視線が、龍拳に集まる。通常なら、軽量級と重量級が組手をすることなどまずない。しかし空には体重差という概念は無いように思えた。

それでも龍拳は、自分が空を怪我させてしまうのではないかと心配が拭えなかった。それだけ、先ほど初めて聞いた彼の声が、中性的に聞こえたのだ。


向き合った瞬間。

空が目の前から消えた。慌ててガードを上げると、間一髪、右腕に信じられないくらいの衝撃があった。反射的に、体が動く。拳を出した先に空の顔が見えたが、もう怪我をさせる心配など吹き飛んでいた。

伸びた前腕と肘の間を押されたような気がした。その直後、両脚に鋭い痛みが走る。

「がっ」

必死で踏ん張り、自分の腹あたりにある顔へ思わず肘を叩き込む。

しかし、空が弧を描くように仰け反り、そのまま床に手を付いて、跳ね上がった足が龍拳の顔面へ飛んでくる。

これまでの人生で、最も速い反応だったかもしれない。寸での所でそれをかわし、前に倒れる。

龍拳が空を組み敷いた。

はあ、はあ、と龍拳の荒い息。数分の攻防であったのかもしれないが、命のやり取りをしたかのようで、一気に力が抜けて立ち上がれない。

それを見上げながら、空は涼しい顔で、しかし真っ直ぐに、龍拳の目を見つめていた。

龍拳の汗が、空の顔に垂れる。

「あ、すまん!」

慌てて道着の袖で汗を拭う。

その後、道場内はやんやの喝采で、凄い新人が2人も入ってきたぞと盛り上がった。

顧問が飛んできて、1年生同士、しかも階級差のある2人の組手をさせたことを先輩方に大激怒していたけれど、最後には龍拳と空の肩をぽんぽんと叩いて終わりになった。


帰り道、少し前を行く空の背中が見えた。

こうして見ると、本当に女の子のようだ。

追いついて、何か話そうか、でも何を話せばいいだろうとまごついている龍拳であったが、いつの間にか空が振り向いていることに気がついた。

「あ、空くんも、家こっちなんだ。」

こくん、と頷く空。

並んで歩くと、歩幅が随分違う。龍拳が少し歩みを緩めると、空が不思議そうに龍拳の顔を見上げた。

「や、やっぱりさ、強いね、流石世界一だよね。当たり前なんだろうけど、実感した。俺も強くなりたい。」

突然、言葉が口から飛び出した。空の表情は変わらない。

「倒したい人がいるんだ。去年の全中で優勝した奴、県大会の準決勝で俺、負けたんだ。俺がもしも勝ってたら、とか思うし。」

必死で言葉を紡ぐ龍拳の顔を、空が覗き込んだ。

「君は、強いと思うよ。」

突然、空と目が合った驚きとその言葉に、思わず足を止める。

「そうしないといけない時は、ちゃんと躊躇いを捨てられるから。今日、立ち合って、そう思った。」

空が、龍拳の肘を指差す。

「違うんだ、それは、空くんだったから・・・っていうのも変だね。俺、肘なんて初めて使ったし、試合では肝心な時に思い切れないんだよ。だから今日は、不思議だった。」

「なんか、空くんを前にしたらもう無我夢中で、一瞬でやられちゃいそうでさ。正直、殺されないように必死で。」

笑いながら頭を掻く龍拳の顔を、じっと見上げていた空であったが、不意に「ぐうう」という音がした自身の腹に目をやった。


「あ、腹減ったよな。今日は遅いけど、今度商店街寄ろうよ。肉屋のコロッケが美味いんだ。」

空の表情は相変わらず変わらないが、龍拳を見上げて、首を少しだけ傾げた。

「あれ?なんか変なこと言った?」

空は首を横に振ると、突然龍拳から目を逸らした。

「そんな風に誘われたこと、なかったから。」

「え?友達と飯行ったりとかは?」

空が目を逸らしたまま、首を横に振る。

「まじか、じゃあさ、俺が初めてだな!」

「初めて・・・」

今日何度も合う目が、初めて動揺していた。

「今度の水曜日、部活ないから一緒に行こうぜ!」

しばし沈黙が流れて、龍拳の心配性が顔を覗かせた頃、空が頷いた。

「たのしみ。」

そう言って、空はほんの少しだけ笑った。

歩き出してからは、もうあまり喋らなかったけれど、空と友達になれたような気がして、でも図々しかったのではと心配もしたりして、いやいやこれでよかったのだと自分を納得させたりして、気持ちの忙しい龍拳であった。

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