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踏み出すは、信頼への第一歩

 私がまず最初に考えたのは、ロゼンス様に私から贈り物をすることだ。


「最初だし、何かちょっとした気取らないものがいいと思うのだけれど」


 私がそう言うと、フィアは最初、難色を示した。


「お嬢様が殿下に贈り物をなさるのですか……。何かの返礼としてではなく、お祝い事でもなく純粋に……。

 お嬢様の品格を損なってしまわないでしょうか?」


 フィアが心配するのも分からなくはない。

 貴族の女性は、基本的に自分から異性に贈り物をしたりしない。

 クロス夫人の教えにもあったように、身分の高い女性は贈り物を受け取るのが仕事という認識なので、私も今まで返礼の際やお祝いなど以外でロゼンス様に贈り物をしたことなどなかった。

 でも、と私は反論する。


「私は今までロゼンス様から沢山贈り物をいただいて、淑女の作法にのっとってお礼を申し上げてきたけれど、私の感謝や気持ちは何一つ伝わっていなかったのよ?

 私の至らなさを反省して、ロゼンス様に私の想いをお伝えするなら、私から一歩踏み込んでいかなければいけないと思うの。建前が必要ならばそうね、お見舞いの返礼ということにしてしまえばいいわ」

「それなら大丈夫でしょうか……」


 まだ不安そうに考えるフィアを、私は真っすぐ見つめて言う。


「大丈夫よ。ほかの誰に何を言われたって構わないという覚悟だけれど、ロゼンス様の婚約者として、シェナイン家の娘として問題になるようなことをして迷惑をかけるようなことはしないつもり。だから対外的には今まで通りの受け身で大人しい令嬢として振舞うわ。

 私が本当の自分を見てほしいのはロゼンス様だけだもの」


 それに、ロゼンス様はそんなことで私を拒絶したりなさるような方ではない。

 私が自然とそう思えるくらい、ロゼンス様はいろんな自分自身を伝えてくれた。私もそんな風に思ってもらえるように、今度は私から頑張らなくては!

 私の決意表明にフィアもそれならば、とひとつ案を出してくれた。


「でしたら最初に贈るのはロゼンス様のお名前を刺繍したハンカチがよろしいのではないでしょうか?お嬢様がお刺しになれば、きっと喜ばれると思います!」


 フィアの提案に私は考える。刺繍入りのハンカチは婚約者の女性から男性に贈りやすい定番の品物だと思う。


「最初の贈り物としていいとは思うのだけれど……私が刺繍だめなの知っているわよね?」


 刺繍入りのハンカチと言えば基本的に送り主自身が刺す。高位貴族の女性は専属の職人を雇う者もそれなりにいるが、刺繍が上手な女性というのは身分を問わず尊敬されるものだ。

 もちろん私も顔の広いクロス夫人の紹介で、刺繍の上手な夫人を家庭教師に迎えていろんな技術を教わったのだけれど、どうも私は手先が不器用だったようで、どれほど練習しても刺繍の家庭教師に褒められたことが一度もなかった。最終的には『お嬢様の身分でしたら刺繍をなさる必要はございませんわ。専属の職人を雇えばよろしいのですから、素晴らしい刺繍を刺す腕を磨くのではなく、良い刺繍を見極める目や知識を養いましょう』と匙を投げられてしまったほどなのだ。

 渡す相手も王族のロゼンス様なのだから、私の下手な刺繍入りハンカチを渡したところで使うことが出来ない。だから今までもハンカチを贈ったことはあるが、ロゼンス様が使っても問題のないものを専属の職人に作らせて渡してきた。


「ロゼンス様にお好きになっていただきたいのだから、だめな部分を見せてはいけないと思うのだけれど……」

「いいえ、好いていただきたいからこそ見せるのです!

 殿下に本当のお嬢様の気持ちを知っていただきたいのならば、まずはお嬢様の色んな部分を見ていただくのがよろしいと思います。

 それに人は小さな秘密を打ち明けると信頼されていると思うものでございます」


 フィアの言葉になるほどと思った私は早速刺繍に取り掛かることにした。

 幸い病み上がりでゆっくり休んでいるため時間はある。

 刺繍は一番簡単なロゼンス様の頭文字のみ。いつも職人に指示するように周囲を紋章や植物模様で飾ったりもしない。しかも飾り文字ではなく実用的な書き文字なのでなんとも飾り気がない。見本を作らせた職人は、あまりにさっさと仕上がってしまって本当にこれでいいのかと問い返してきたほどだ。

 私だって手紙なら美しい飾り文字をかけるわよ!でも刺繍するなら複雑な飾り文字は無理なのだから仕方がないじゃない!!


「なんとか……美しく……いいえ、せめて文字に見えるくらいには仕上げなくちゃ」


 自分に言い聞かせるようにして、何度も針で指をさしながら黙々と針を進める。

 技量がない分、時間と情熱だけはたっぷりと込めて作らなければ!

 私はフィアたちに励まされながら、一針、一針、祈りを込めるように丁寧に刺していく。

 夢中になりすぎて何度か医師やフィアに注意されながらも、私はようやく刺繍を完成させた。

 完成品を、職人とフィアに見てもらう。


「フィア、どうかしら?ちゃんと文字に見えるかしら?ロゼンス様に贈っても大丈夫?」

「えぇ、ちゃんと綺麗に文字を刺せておりますよ!きちんと丁寧に刺したことが伝わってきます」

「お嬢様がお刺しになった刺繍の中で一番素晴らしい出来です!きっと殿下にもお嬢様のお気持ちが伝わることでしょう!!」


 二人から賛辞の言葉をもらい、身内びいきも多分に含まれているとわかっていてもうれしくなる。


「そ、そう?実は自分でも一番の出来だと思っていたの。今なら調子がいいから、もう少し装飾を着けてみようかしら。このままではあまりにも飾り気がなさすぎるわ」


 こうしてやる気に拍車がかかった私はその後、少し調子に乗って簡単な装飾を添えて完成したハンカチに、手紙を添えてロゼンス様へと届けるように使いを出した。


「どうか少しでも、ロゼンス様に私の気持ちが届きますように」


 手紙にはお見舞いのお礼とプレゼントしたハンカチについて、なるべく言葉を飾ることなく書いた。

 祈るような気持ちで、私は使いの従僕を送り出した。



 ハンカチをプレゼントしてから数日。

 ロゼンス様からの返事は特になかった。名目がお見舞いの返礼なので、返事がないのは当然なのだが、私としては反応が気になって仕方がない。

 なので兄に反応を見て来てほしいとお願いしたら、ロゼンス様と話をする機会があった時に向こうから話を振られたと言われた。


「驚いてはいたが、悪く思ってはいなさそうだったぞ。持ち歩いて、時折眺めていると言っていた」

「ほ、本当ですか?」

「あぁ、俺にも見せてくださったので、人前で出さないようにと助言しておいた。それにしてもパルメア、すごいじゃないか」

「その通りなのですけれど、お兄様に言われると悔しい気持ちになりますね。……何がすごいのですか?」

「ちゃんと文字に見えたぞ!文字の横に手足の生えた黒くて小さな毛虫がいたけれど」

「あ、あれは毛虫じゃありません!ロゼンス様の愛馬ベルガーです!!」


 手足の生えた黒い毛虫……まさかロゼンス様までそう思っていないわよね?

 手紙にもちゃんとベルガーを刺繍したって書いてあるし、毛虫だと思っていたら持ち歩かないわよね……?

 いまいち確信が持てないが、嫌がられてはなさそうなのでとりえず前向きに成功したと思っておこう。



「次は手土産がいいと思うの!」


 私はフィアに次なる行動方針を発表する。

 ロゼンス様にしていただいてうれしかったことを真似して返す。だってロゼンス様がそうすることで私はロゼンス様のことを好きになっていったのだし、私が喜んでいたことを示すこともできそうだと考えたからだ。


「ロゼンス様はいつも遠出をなさった際に私へちょっとした贈り物をくださったわ。小さなお菓子だったり小物入れだったり、そういったささやかな贈り物を見て、添えてあるお便りを読むのも、私はとても楽しかったから」

「それはよろしいのですが、お嬢様は遠出というほどの外出はなさいませんよね?」


 自信満々に発表した私の作戦は、フィアの言葉にあっさりと打ち砕かれてしまう。

 公務であちらこちらへ赴いて視察をすることもあるロゼンス様と違い、私が外に出るのなんて領地と王都、屋敷から屋敷へ移るか、城へ赴くかという選択肢しかない。

 ならばと私は次の案を出した。


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