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突きつけられた、すれ違う現状

 私と家族との誤解が解けてから数日、私と屋敷の者たちの関係は少しずつ変化していた。

 もちろんすぐに皆が理解してくれたわけではないけれど、父の命令を受けた家令も含めて私の幼いころを知る古参の使用人たちが私の変化に納得し、理解を示してくれたことでほかの使用人たちも、徐々に変化していくようになった。

 私は父や兄と話を終えたその日、すぐにロゼンス様へ突然倒れたことに対する謝罪と無事に目覚めたことを知らせる便りを出したら、翌日にロゼンス様からお見舞いのメッセージと花束が届いた。

 メッセージカードは大切にしまい、花はテーブルに飾られている。

 以前ならば、ずっと見つめていると私が嫌がっているのだろうと察した侍女のフィアによって「長く咲き続けるように、もっと日当たりの良いところに移します」と言って私の目に届かないところに運ばれてしまったけれど、不満そうな表情でも私がとても喜んでいるのだと理解したフィアによって、今は私の部屋で一番目に付くテーブルの上に飾られている。

 私は誤解が解けて、変化してきた生活に幸せを感じていた。



 さらに数日がたったある日。


「ねぇ、髪型はおかしくない?ドレスに変なところはない?」

「お嬢様、鏡を見るのは七回目ですよ。大丈夫ですから落ち着いてくださいませ。お嬢様はいつでもとってもお綺麗ですよ」


 私が自室の椅子から立ち上がって鏡の前でそわそわしながら言うと、フィアが私をなだめるように言う。

 今日はロゼンス様が私の見舞いに来てくれる日だ。


「ロゼンス殿下がお屋敷へ来られることはこれまでだってありましたのに、今回は特別緊張なさっておいでですね」

「えぇ、だってロゼンス様にお会いするのも久々なのよ!」

「え?この間のお茶会でお会いしたばかりではないでしょうか?」


 あ……。

 私の感覚的にはもう半年以上あっていないように感じるけれど、お茶会で倒れて以来だからまだ数日しかたっていなかったわ……。


「た、倒れてしまったから、なんだか長い時間お会いしていなかったような気持ちがするの」

「まぁそうだったのですね。それにしても、殿下は本当にお優しい方ですね。お見舞いの花だけではなく、お時間を作ってお見舞いに来てくださるだなんて」

「えぇ、本当に……」


 フィアの言葉に、私はテーブルの上に飾られている花を見る。

 私が目覚めた日の翌日に贈られてきた花束だ。添えられていたメッセージカードにも私を気遣う言葉と、すぐに見舞えないことを謝罪する言葉が直筆で添えられていた。

 それだけでもうれしくて心が舞い上がりそうなほどだったのに、数日後に見舞いに来ると書いてあったのだ。それを見て飛び跳ねるほど驚いて、準備をしなくちゃと慌てる私を、フィアがなだめたことが記憶に新しい。

 そんなことを考えていたら、扉の向こうから声がかかった。


「お嬢様、ロゼンス殿下の馬車が見えました」

「わかりました。くれぐれも失礼のないよう丁重にお迎えしてちょうだい」

「かしこまりました」


 その声に返事をしてから、フィアと最後の身支度確認を終え、玄関ホールへと向かう。

 フィアや使用人たちと総出で並んで待つこと少し。玄関扉がゆっくりと開かれ、一人の男性が入ってきた。

 太陽の光を紡いだかのような金色の髪に、王妃様譲りの優しさをたたえた鮮やかな緑色の瞳。すらりと長い手足で堂々と歩く姿は、会いたくてたまらなかった私の良く知るロゼンス様だ。

 ロゼンス様は私と目が合うと、優しくにっこりと微笑んだ。

 それだけで胸が痛いほどの喜びがあふれてくる。


「出迎えありがとう。私が見舞いに来たのだから気にせずとも良かったのに」

「いえ、私がロゼンス様をお出迎えしたかったのです。お部屋にご案内いたしますね。今朝綺麗に咲いた花が一望できる応接間をご用意させていただきました」

「それは楽しみだ。この屋敷の庭園はいつ見ても美しいからな」


 玄関での簡単な挨拶を終えた私たちは、応接間に向かう回廊を並んで歩く。

 緊張しすぎて隣を歩くロゼンス様の顔が全く見られず、意識して視線を前に向けて歩いてしまう。

 ロゼンス様を隣に感じながら歩く時間はうれしさのあまり短く感じてしまい、気付いた時にはあっさりと目的地にたどり着いていた。部屋に入ると家令やフィア、使用人がお茶の用意を整える。使用人たちが部屋の端に控えてから、ロゼンス様が話を切り出した。


「君が言った通り、ルッテの花が綺麗だな。さぞ腕の良い庭師が作り上げたのだろう」

「お褒めいただいて光栄ですわ。庭師も喜びます」

「こうして花を見ながら君がそばにいると、あのお茶会の続きのようだね。体調はもう良くなったのかい?」

「えぇ、もうすっかり調子も戻りました。改めて、お茶会では申し訳ありませんでした。お気遣いいただきありがとうございます」

「大切な婚約者の体調を気遣うくらい当然のことだ。君に何事もなくて本当に良かった」


 婚約者と……呼んでくれた。

 そうか、私は今ロゼンス様の婚約者なんだ。

 今までこれが当たり前だったからこそ、失った時の衝撃は大きかった。婚約者と呼んでもらえてもう一度戻ってこられたのだと、あらためて実感する。


「うれしいです……。お見舞いのお花も、ありがとうございます。とても綺麗で、部屋に飾って毎日眺めております」


 私の言葉にロゼンス様は少しだけ不思議そうな顔になった後、少しだけ照れたような口調で言った。


「そうなんだ?君が気に入ったのならば選んだ甲斐があったよ」


 え、もしかして花の選定までロゼンス様が自らしてくれたの?直筆のメッセージだけでもうれしかったのに、まさか花まで直接選んでくれていただなんて!!

 どうしましょう!

 今、ロゼンス様の目を見たら、喜びで倒れる自信がある!!

 私が表に出さないよう必死で気持ちをなだめていると、ロゼンス様が思い出したように口を開いた。


「そうだ。手紙には詳しく書いてなかったけれど、倒れた原因は何だったんだい?」

「お医者様のお話では、何かしらの病気やケガではないとのことで、寝不足ではないかと言われてしまいました。前日にロゼンス様とお会いできると喜んでしまい、中々寝付けなかったからではと……。お恥ずかしい限りです」


 もちろん原因は違うのだけれど、この話自体は本当のことなので、屋敷の者たちにもこう言ってごまかしてある。


「そうだったのか。病気でなくてよかったよ」

「重ね重ね、ご迷惑をおかけいたしました」

「私は君に会えてうれしいのだから、これ以上謝るのはなしだよ。どうせなら君の笑顔が見たいな」

「ロゼンス様」


 柔らかく微笑むロゼンス様の笑顔が眩しい。


「そうだ!また落ち着いたら一緒に遠乗りをしようか。私も最近ベルガーをかまってやっていないから、君のヴィヴィーネと一緒に走らせて、ご機嫌取りをしてやらないといけない」


 その言葉に、ロゼンス様の愛馬ベルガーのすねた姿を想像してほほえましい気持ちになる。


「まぁ、うれしい。ヴィヴィーネもきっと喜びます」


 それから少しだけ他愛ない会話を楽しんだところで、私はロゼンス様に聞きたかったことをさりげなく話題に出してみることにした。


「そういえば……ティゼルド様はアミンテリス様への贈り物をお決めになられたのでしょうか?」


 私が倒れてしまったお茶会で聞くはずだった話題を出す。

 少し前に三人であった折、ティゼルド様からアミンテリス様に贈る物を何にしようかと、ちょっとした相談のような話題を振られ、ロゼンス様と一緒に考えていたのだ。


「あぁ、決まったみたいだ。もう贈ったと言っていた。何にしたのかは教えてくれなかったけれどね。君にもお礼を言っておいてほしいと言われたよ」

「それを聞いて安心しました。ずいぶんと悩んでいらっしゃいましたもの。お力になれたのならば光栄ですわ」


 私は穏やかに微笑みながら考える。

 この後ティゼルド様の贈り物に対して、アミンテリス様から花の砂糖漬けがお礼の品として贈られてくる。

 そしてそれが、ティゼルド様の命を奪うことに利用されてしまうのだ。

 何度考えても許しがたいわ!


「パルメア、どうしたんだい?さっきから視線がずっとテーブルの上だけれど、また具合が悪くなった?」


 ロゼンス様の声に、いつの間にか下がっていた視線をパッと上げると、向かいに座っていたロゼンス様が、私の方へ少し身を乗り出すようにして顔を覗き込んでいた。

 私がびっくりして固まっていると、ロゼンス様の手がゆっくりと私の額に伸びて、前髪をよけるようにしてそっと手のひらを押し当てる。


「うーん……額に熱は感じないけれど。頬は……少しあったかいな」


 押し当てられていた手のひらが頬を滑るように撫でた。


「きゃっ……!!」


 その言葉と手の温度を感じた瞬間、体の熱が一気に上がったように感じて、思わずぱっと自分の頬を守るように両手で隠してしまう。


「あ、……」


 思わずロゼンス様から視線を外した先に、控えていたフィアが青ざめた表情をしている。


 待って、私今、緊張のあまりロゼンス様の手を拒絶するようなことをしてしまったわ……。なんて失礼なことを!!

 ハッとしてロゼンス様を見ると、困ったような、悲しそうな、そんなロゼンス様の表情に私はさっと血の気が引いたような心地になる。


「あ、……あ、ごめんなさい。私、驚いてしまって」

「いや、私こそ急に触れてしまってすまなかったね。それに君は病み上がりなのだから、もう少し配慮するべきだった。君の顔も見れたし、私はもう帰ることにしようかな」


 慌てて言い訳する私の言葉にかぶせる様に、ロゼンス様はごく自然な柔らかい口調でそう言って席を立つ。

 だめ!何か言わなくちゃ!!

 私は、はしたないことも承知で立ち上がり、腕を縋るようにつかんで歩き出そうとしたロゼンス様を引き留める。


「あの!私……そんなつもりはなかったのです。本当に失礼なことを……」

「失礼だなんて思っていないよ。婚約者とはいえ、淑女の君にいきなり触れようとした私がいけなかったんだ」

「そんなことありませんわ。どうか……どうか、もう少しだけいてくださいませんか」

「パルメア」


 私が必死に言いつのろうとしたのを、ロゼンス様がやんわりと遮った。


「君といると私は時間を忘れてついつい長居してしまうから、元々早めに帰らなくてはと思っていたんだ。病み上がりの君に無理をさせたくないからね。今日はゆっくりと休んだ方がいい。

 私を出迎えるために色々と準備をしてくれたのだろう? それでまた倒れてしまっては元も子もないからね」


 優しい声音と小さな子をなだめるような笑顔で、縋るようにつかんだ私の手がロゼンス様の両手で包み込まれて、そっと外される。


「また時間を作って、会いに来るよ」

「はい……」


 ロゼンス様は努めて明るくそう言ってから、最後に見送りは不要だと念を押して連れてきた従者と共に応接間を出て行ってしまった。家令が追いかけるようにさっと部屋を出る。

 追いかけることが許されなかった私は、フィアへかわりに見送るように言いつけて部屋へ戻り、そこからガラス窓越しにロゼンス様の乗った馬車が門の向こうへ消えていくのを見送った。


「何がいけなかったのかしら……」


 ロゼンス様の手を避けるように拒絶したことだけではないような気がする。でもそれが何だったのか、わからない。

 もう何も見えない窓の向こうを見つめて、小さくそうつぶやいた。


「失礼いたします、お嬢様。殿下はお嬢様のお体を案じるお言葉を伝えてお帰りになられました」


 少しして戻ってきたフィアに、私は思い切って尋ねた。


「ねぇ、フィア教えてちょうだい。私がロゼンス様に見せていた態度は……周囲からはどう見えていたかしら?」


 フィアはおろおろと言葉を探すように思案してから、ゆっくりと口を開いた。


「僭越ながら……お嬢様はロゼンス様の一挙一動に喜び照れるあまり、喜びを抑えすぎて不機嫌に見えてしまう例の癖が出ておりました。

 緊張で口数も少なく、いつもより視線もそらしがちでいらっしゃいましたので、癖のことも併せて、おそらく殿下にはお嬢様のお慕いするお心は伝わっていないかと思います。

 最後の……ロゼンス殿下がお嬢様に触れられた際も、恥じらってのしぐさだったのでしょうが、それまでの行動と合わせて、拒絶と受け取られてしまわれたのかと……」


 その言葉を聞いて、私は浮かれていた自分を強く責めたい気持ちになる。

 私を心配して見舞いに来てくださったロゼンス様を、傷つけるような行動しかしていなかっただなんて……私、なんてひどい人間なの。

 屋敷での生活が少しずつ変わって、私自身が変わったような気になっていたけれど、そうじゃない。

 変わったのは私の周囲にいる人たちの意識で、私自身は何も変わっていない。ロゼンス様にとって、私は不機嫌な表情ばかりする婚約者のままだ。

 今さら気付いたその事実に、愕然とする。


「教えてくれてありがとう。……少し休むから、一人にしてちょうだい」


 そう言ってフィアを下がらせて、一人で部屋の中で考える。

 考えれば考えるほど……嫌になってくる。

 ロゼンス様が私を思ってしてくれていたことに対して、不機嫌そうな表情で、上辺だけ取り繕ったように見える言葉ばかり話していたことになる。

 それで自分の想いがきちんと通じていると勘違いし続けていたのだからなお悪い。

 自分のあまりの勘違いぶりに、思わず頭を抱えてしゃがんで声にならないうめき声をあげた。

 一通り声に出してうめいた後、私は自分を奮い立たせるようにぐっとこぶしを握り締める。


「しっかりなさいパルメア!かつての失態を取り戻す機会をもらえたのだから、ここからロゼンス様の誤解を解いて信頼していただく方法を考えなくちゃだめだわ!!」


 へこんでちゃだめだと自分に言い聞かせて立ち上がり、部屋の中をぐるぐると回りながら考える。

 本来ならば癖をきちんと直してから、ロゼンス様に謝罪をして誤解を解くべきだと思う。

 ただ無意識に出る癖なので、直すのに時間がかかるだろう。

 ティゼルド様が砦へ向かう時期を考えると、癖を直してからだと間に合わない。

 だからロゼンス様には癖のことを話したうえでこれまでの行動の誤解を解き、本心を伝えよう。

 そのためにも、まずは信頼関係を少しずつでも築いていかなくちゃいけない。


「信頼関係を結ぶには、相手が喜ぶことをするのが一番よね。私がそうだったのだから……」


 幼いころに婚約者だと言われて引き合わされたロゼンス様のことを、私は今ほど好きではなかった。そんな私の気持ちを動かしたのは、ロゼンス様だ。

 心を込めた贈り物、真っすぐに好意を伝える言葉、優しい笑顔、ほんの少しだけ親密な触れ合い。

 思い返すだけで頬が熱を持つような、大切で愛しい、ロゼンス様からいただいたもの全部。


「私も……私もロゼンス様に想いを受け取っていただきたいわ」


 私が返せているつもりで、どんどん失っていったものを。

 かつて毎日コップ一杯の水を持って、部屋に咲く植木鉢に綺麗な花を咲かせ、母を笑顔にしたように。

 思えばあの頃は、私が何をしてもみんなが喜んでくれた。

 私がそばで笑うだけでみんなが笑顔になったし、今よりずっとわがままでいたずらもしたしお転婆だったけれど、叱られこそしても、きっと今より誰かを幸せにしていたように思う。


「あの頃みたいに……心の望むままにふるまってみようかしら」


 淑女としての作法からは外れるけれど、自分から気持ちを伝えて、贈り物をして、自分がしたいと思ったこと全部、ロゼンス様にやってみよう!


「淑女通りに振舞って、失敗し続けてきたんだもの。きっとロゼンス様の中で私への好意はほとんどないどころかむしろ悪いくらいなのだから、これ以上悪くなりようなんてないわ!」


 ……なんだか自分で言っていて悲しくなってきた。


「見ていてくださいロゼンス様!私きっとロゼンス様と想いを結んで見せますから!!」

「お嬢様いかがなさいました!?何か大きな声が聞こえましたが……」


 拳を握り締めて高らかに宣言したら、扉の向こうでフィアの声がした。

 ちょっとだけ恥ずかしい気持ちになったけれど、切り替えるようにして声をかける。


「何でもないの。ちょっとした宣言をしただけよ。フィア入ってきてちょうだい!」


 私の声に、心配そうな表情のフィアが顔色を窺うように入室する。


「力を貸してほしいの!!私がロゼンス様をお慕いしていることを伝えるための、作戦会議をするわよ!」


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