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逆巻く希望の光

「———い、おいってば!起きてくれ———!!」


 何かが呼ぶような声に起こされて、私はのろのろと目を開ける。


「え?……ここ、どこなの?」


 私がいたのは、見渡す限りがミルクのように真っ白で果てが見えない場所だった。

 私が上体を起こす動きに合わせて、地面が水のように私の動きに合わせて波紋を描く。


「濡れてない……これは水じゃないの?それにどうしてこんなところに、私は……そうだ!私、野原でヴィヴィーネから落馬したはずなのに!!」


 服装はあの時の乗馬ドレスのままだ。それなのにヴィヴィーネも、少し離れてついてきていたはずの従者もいない。

 どういうことだと周囲を見渡していると、頭の上から声が聞こえた。


「やっと起きたか!よかった!!」


 無邪気な少年のようにも明るい青年にも聞こえる声の方を探すように視線を向けると、私の頭上を飛び越えるようにふわりと飛んで目の前に音もなく降りてきたのは、一頭の馬だ。

 背に大きな翼を携え、全身が輝く黄金色の神秘的な美しい馬。気取ったように見下ろす表情も、どこか優雅で気品がある。

 おとぎ話でならばよく知っている存在だ。


「黄金の天馬……」

「ふふん、俺のことを知っていたのか!まぁそうだろう、そうだろう」


 私がつぶやくように言うと、天馬は気品を放り投げたようなどこか人間臭い尊大な口調でそう言い放った。天馬って喋れるのね……。

 驚くことばかりで、考えることを放棄しそうな頭を何とか動かす。

 天馬は死者の魂を天へと連れて行くと言われている。

 目の前の天馬と、ヴィヴィーネから落ちたことを考えれば……。


「つまり、私は落馬して死んでしまったのね……」


 私がそうこぼすと、天馬がハッとしたような表情で口を開いた。


「そんなことはどうでもいいんだ!どうしてくれるんだよ!お前のせいで俺が彼女に嫌われちゃったじゃないか!!」

「な、何を怒っているの?あなたは私を天へと連れていくために来たんじゃないの?」


 初対面の天馬から突然責められて、私が混乱しつつもそう尋ねると、天馬は何を見当違いなことをと言わんばかりに首を捻って唸るようなしぐさで言う。


「連れてってほしいなら、いくらでも連れて行ってやるけどさ。それよりもまず彼女の誤解を解いてくれよ!そうしないと困るんだ!!」

「待って、待ってちょうだい!!あなたが何を言っているのかさっぱりわからないの。順を追って説明してほしいわ」


 その後、なんとか天馬をなだめすかして聞いた話がこうだ。

 まず天馬が魂を連れて戻ろうとしていたところ、野原でとても綺麗な牝馬を見て一目惚れをしたらしい。

 彼女に運命を感じて、ぜひ自分の番になってほしいと考えた天馬は、颯爽とかける彼女の足を止めるために姿を現して声をかけた。

 だが天馬が声をかけた瞬間、牝馬は驚いて飛び上がってしまい、その背にいる人間を落としてしまったのだという。そして人間を落としてしまった牝馬は、その原因になった天馬をこっぴどく振ったそうだ。

 天馬が一目惚れした牝馬というのがヴィヴィーネで、落とした人間というのが私なのだろう。


「俺が驚かすつもりはなかったと何度言っても、彼女全然聞いてくれないんだ。

 だからあんたから彼女に言ってくれ。あんたが落ちたのは彼女のせいでも、俺のせいでもないから、俺を嫌いにならないでくれって!」


 ……落馬のせいではない頭痛がしてきた。


「私……そんな理由で死んでしまったの?」


 あまりにも……あんまりだ。

 私が泣きたい気持ちでいると、天馬がさらに悲しそうな声で続けた。


「彼女『私の大切な主人を落とす原因を作った貴方なんて大嫌い!』って言うんだよ。俺のことはずっと無視して死んだあんたの名前を悲しげな声で呼んで、謝罪し続けているんだ!彼女が気に病む必要なんてないのにさ……」


 ヴィヴィーネがそこまで私のことを大切に思ってくれていただなんて……。

 悲しんでいるヴィヴィーネには申し訳ないけれど、私の想いが一方通行でなかったことがうれしくて、そんな時ではないのにうっかり喜びが顔に出てしまいそうな自分を心の中で叱る。


「……え、何?彼女が泣いているっていうのに、なんだよ。何か文句でもあるわけ?」

「え?いいえ、文句だなんて。ちょっと……不謹慎だけどうれしかっただけなの」

「はぁ?……まぁ、ならいいけどさー。とにかく彼女を説得してくれって!なぁ、頼むよ!」

「……私はもう死んでいるのよね?死んでもヴィヴィーネと話ができるの?」


 出来るのであればこの天馬のためではなくヴィヴィーネのために、貴方のせいではないから気に病まないでと声をかけてあげたい。

 少し悩んでから私がそう言うと、天馬はうっかりしていたような声で呆然と呟いた。


「出来ない……。魂だけの存在は、生きている者と話をすることが出来ないんだった!」


 天馬はバタバタと翼を震わせて困ったようにうろうろと旋回してから、突然くるりと私に向き直って口を開いた。


「あ、そうだ!じゃあちょっと今からお前の時間を少し戻してやるから、死なないようにしてくれ。あんたが死ななければ、彼女だって俺を嫌ったりしないだろ?」


 天馬が名案だとばかりに鼻を膨らませてそう言うので、私は不思議に思って天馬に尋ねる。


「私を生き返らせるだなんて、そんなことをしていいの?死者の魂を天へと連れて行くのが、神様から遣わされたあなたの大切な役目なのではなくて?」

「ん?まぁ魂なんて放っておいても勝手に天へと昇っていくものだろ。俺の役目はたまーに未練やらなんやらで天へと昇ってこない魂があるから、そんな魂を見つけたら連れていく、ぐらいのもんだしなぁ。別に神は人の魂に興味ないから、天へと昇るはずの魂がひとつふたつ消えたとしても気にしないって。だからお前が生き返ってもなんら問題なんてないさ!」


 天馬はけろりとした調子でいける、いける!と言う。

 天馬とのほんの少しのやり取りで、私が培ってきた信仰心がざらざらと音を立てて崩れていきそうになる……。

 なるべく考えないようにしよう。


「じゃあ、あなたは私の魂を連れていくために来たのではないのね?」

「そうさ。俺はあっちの……って言っても今のあんたには見えないか。ちょうどあんたたちが走っていた方向にある丘の向こうから来たんだよ。そこの魂を回収してきたんだ」


 丘の向こう……?その方角にあるのは帝国との国境だ。

 まさか……っ!!


「その魂というのは、もしかしてティゼルド様なの?」

「え?魂の名前なんか知らないけど……」


 思わずティゼルド様を思い浮かべてしまったけれど、考えればティゼルド様は王家の森の中で眠っているはずだわ。

 もしかしたら勘違いかもしれない。それでも……確認しなければならないと、私の何かが告げている。


「お願い!知っている方かもしれないの。その魂と話をさせてもらえないかしら?」

「えぇー……。うーん、まぁ魂同士だし、それぐらいならいいか」


 天馬は少しめんどくさそうな声でそう言ってから畳んでいた翼を大きく広げ、ひひんと高らかにひと鳴きした。

 すると天馬の翼から粉のような細かい金色の光が舞い、私の胸の高さ辺りに光がどんどんと集まっていく。

 光が私より大きくなると泡のようにはじけ、中から一人の青年が現れた。

 ロゼンス様と同じ輝く金色の髪と、国王譲りの深くて青い瞳、間違いなくティゼルド様だ!


「ティゼルド様っ!!やっぱりそうだったんですね!」


 ぼうっと立っていたティゼルド様は、私の声を聞いて突然目が覚めたかのような表情で私を見た。


「……君は……パルメア嬢か?なぜこんなところに……。いや、それよりここは一体どこだ?すまないが、この現状を説明してもらえるかな?」


 周囲を見渡して疑問を感じつつも落ち着いて冷静なティゼルド様の声音に、知らないうちに緊張していた心が一気に安堵で満たされて、私は我慢できずにティゼルド様の前で泣き崩れてしまった。

 私はティゼルド様になだめられながら、何とかこれまでの経緯を話し始める。

 ティゼルド様の不審死、ロゼンス様が王位継承者となること、そのために私との婚約が解消されて、アミンテリス王女と婚約することになったこと、私が落馬し、天馬と出会って生き返って、一目惚れした私の愛馬を説得してくれと言われたことまで、知る限りのすべてのことを話した。

 天馬は話が長くなりそうと察した段階で、少し離れた場所でくつろぎ、羽の手入れをしている。

 ようよう話し終えて私の涙も落ち着いたころ、私の話を頭の中で整理し終えたらしいティゼルド様が天馬に向かって話しかけた。


「天馬殿。ひとつ尋ねたいのだが、君は彼女を生き返らせることが出来ると言ったそうだな」

「まぁ正しく言うならそいつの魂の記憶を、過去のそいつの魂に見せるって感じなんだけどな。人間からすれば魂が今の記憶を持ったまま過去に飛ぶんだから、実質生き返るようなものだろ」

「それなら私も生き返らせてもらえないか?」


 私はティゼルド様のその言葉にハッとした。

 ティゼルド様が生き返れば、すべてが元通りになるのではないか。ティゼルド様が王位を継いで、私とロゼンス様の婚約解消だってなかったことになる!

 私が祈るような気持ちで天馬を見ると、天馬はあっさりと首を振った。


「いやーそれは天馬的にやっちゃだめだろ!あんたが勝手に生き返るのは好きにすればいいけどさ。さすがに回収し終えた魂を手放すのは俺の役目の放棄になるし。そもそもあんたは俺の運命の彼女に関係ないし。だめだめ!」


 だめの基準がいまいち理解できないのだが、どうやらティゼルド様はだめなようだ。

 ややめんどくさそうな声音から、どちらかといえば後半が本音のような気がする……。

 天馬がそう言うと、ティゼルド様は少しだけ残念そうな表情をした後、さらに言葉をつづけた。

 天馬の返事を聞いて、露骨に肩を落として落胆した私とは異なり、ティゼルド様はすぐに何気ない口調で質問を重ねる。


「では彼女の魂を落馬の直前ではなくもう少し前に戻してもらうことは?

 そもそも彼女を生き返らせると言ったのは君なのだし、それくらいなら問題ないだろう?」

「え?ティゼルド様」


 突然の話に混乱する私をそっと目で制したティゼルド様は、天馬の反応を待つ。

 天馬は今度は悩むように考えこみ、翼をゆらゆらと動かしている。


「うーん……、まぁそれぐらいならついでだし……。具体的にどれぐらい前?」

「具体的に言うなら半年ほど前に戻してほしい」

「えーそんなに?」

「それだけの時間があれば、彼女が君の魅力を愛馬に伝えるのに十分だ。彼女は君に恩義を感じて愛馬との仲を取り持ってくれることだろう」


 突然話を振られた私は、ティゼルド様に目で話を合わせるように指示されて、人形のようにコクコクと頷きながら口を開く。


「も、もちろん!あなたの魅力を余すことなくヴィヴィーネに伝えて見せます!」

「へぇ、彼女ヴィヴィーネっていうのか。名前も素敵だなぁ~」


 ヴィヴィーネに反応してデレデレし始めた天馬に、ティゼルド様がそっと言葉を添えた。


「君の愛しい相手の心を射止めるのに必要なことだ」

「よっしわかった!じゃあ彼女を半年前の過去に戻してやる!」


 天馬が応じたことで、ティゼルド様は一度頷いてから今度は私の方を見る。


「あの……私、半年前に戻っていったい何をすれば?」

「パルメア嬢、今から私が言うことをよく聞いてほしい。これは私と君に与えられた最後の希望だ」

「最後の希望?」


 私が繰り返すようにと言うと、ティゼルド様は真剣な表情で続ける。


「君は過去に戻って私の死を回避させるんだ」

「私が、ティゼルド様の死を回避させる?」


 ティゼルド様は力強く大きく頷く。


「そうだ。天馬殿の話では、私が知らないうちに勝手に生き返るのは問題ないようなので、君が私が死ぬ前に戻り、私の死を回避させる。

 そうすれば私は死なず、ロゼンスと君の婚約は解消されない。

 皆が幸せな未来を手に入れることが出来るんだ!」


 ティゼルド様の死を回避することが出来れば、誰も悲しまない。

 脳裏にたくさんの姿がよぎる。

 崩れるように泣く王妃様の姿、父親として別れを告げることもかなわず、棺の閉まるその瞬間まで静かに王として立っていた陛下、きっとおひとりで涙したのだろうロゼンス様。

 他にもたくさんの人が嘆き悲しんだ。


 ロゼンス様の涙を、私が救うことが出来る!


 その言葉は、まさに私が願ってやまなかった救いの一言だった。



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