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静かに波打つ水面

 差し入れをしてから数日後、ロゼンス様から手紙が届いた。

 内容は差し入れに対してのお礼と、そしてもう一つ。


「ロゼンス様との遠乗りの日取りが決まったわ!」

「まぁそれはとても喜ばしいことですね!」


 ロゼンス様が誘ってくれた遠乗りの目的地は、何度か行ったことのある場所だ。

 景色が綺麗な小道があり、森を迂回した先にある平原のそばの綺麗な泉で、そこで軽食を一緒にどうかと書かれてあった。

 久方ぶりの遠乗りに心が躍るようだ。

 フィアときゃっきゃと喜び合って遠乗りの準備について話をする。


「軽食はこちらで用意すると伝えなくてはね」

「畏まりました。従者や護衛、軽食もいつもの通りに手配させていただきます」

「そうね。お願いす……」


 フィアの言葉にふと心によぎった光景があって言葉を止めた。


「お嬢様?」

「待って頂戴。軽食は……少し考えていたことがあるの」


 それからフィアに話をしてから家令にも相談し、ヴィヴィーネにも遠乗りをするからねと話をする。ヴィヴィーネもうれしそうに尻尾をひとつ揺らして答えた。

 そうだ。久しぶりだから体を慣らすためにも、少しヴィヴィーネと庭を歩いておこう。

 そんなことをしつつ約束の日に予定を開けるべく、他の雑事を消化しながら遠乗りの日を指折り数えて過ごした。



 ロゼンス様との約束の日がやってきた。

 天候に恵まれて風もほとんどなく、青く晴れ晴れとした空に、天気が良くてよかったとほっと息を吐く。

 護衛と従者を連れたロゼンス様がベルガーに乗って我が家まで迎えに来てくれたのを、門のそばで出迎える。


「お待ちしておりましたロゼンス様。ごきげんようベルガー」

「やぁパルメア。絶好の遠乗り日和になってよかった。ヴィヴィーネのご機嫌はどうだい?」


 ベルガーの鼻を撫でて挨拶をすると、ベルガーから降りたロゼンス様も同じようにヴィヴィーネに挨拶をしてくれる。


「この日をとても楽しみに待っていたようです」

「それはなによりだ!ヴィヴィーネ、今日はベルガーと楽しく駆けてくれ」


 ベルガーも鼻を鳴らしてヴィヴィーネと挨拶を交わす。

 お互いに連れていく従者や護衛の顔合わせをして、フィアと家令に見送られて出発した。


 ベルガーとヴィヴィーネが並走して、気持ちよく風を感じながら慣れた道を進む。

 道中は必要な言葉以外は特に交わさずにいたけれど、時折ロゼンス様の方を見ると必ず視線が合って、そのたびにロゼンス様がにっこりと微笑んでくれるのがうれしかった。

 泉のほとりに到着し、ヴィヴィーネを労ってから従者に手綱を預ける。


「気持ちよかったわ。しばらくゆっくり休憩して頂戴ね、ヴィヴィーネ」

「ご苦労だった、ベルガー。しっかり体を休めてくれ」


 同じようにベルガーの手綱を預けたロゼンス様と、従者たちが軽食の用意を整える間、一緒にほとりを散策することになった。

 さくさくと柔らかな草を踏みしめる音が耳に心地よく、土とさわやかな草の香りは鼻腔をくすぐり、泉に反射する光は宝石のように輝き、木漏れ日が大地に降り注ぐ柔らかな糸のようで目を楽しませてくれる。


「外は気持ちがいいし、体を動かすのも心が躍る。やはり遠乗りは楽しいな」

「えぇ、本当に。どうして同じ外のはずなのに庭園と泉では気持ちが違うのでしょうか」


 私の素朴な疑問に、ロゼンス様が興味深げに考える。


「そうだな……きっと壁も天井もないのが開放的な気持ちにさせるのだろう。人は閉鎖的な場所に居続けると閉じ込められていると錯覚すると聞いた」

「まぁ、そうだったのですね!ロゼンス様は何でもご存じでいらっしゃるわ」

「人の心の動きを研究しているという学者と話をしたことがあるんだ」


 何でもじゃないよとロゼンス様は照れたように笑った。


「そのようなことを研究している方がいらっしゃるのですね。存じ上げませんでした」

「変な人物だったけれど、話す内容は中々興味深かったよ」


 しばらくそんな他愛ない話をしていると、従者が軽食の用意が出来たと言うので話をやめて、一旦食事をすることになった。

 籠の中には、皮がカリっと香ばしくなるまで焼いた鶏肉をパンで挟んだ物、生地で作った器の中に野菜と燻製肉や木の実を卵液と共に閉じ込めて焼き上げたパイ料理、ワインによく合う薄切りにした塩気のあるチーズ、卵の包み揚げ、皮ごと食べられる小ぶりな種無しブドウが房ごと、そして飲みものとして口当たりの軽いワインが入っており、従者の手によって敷物の上に一つの皿に盛られて置かれていた。

 そしてその大きめの皿を挟むように、左右に小ぶりな取り皿と分厚く硬い布が畳んでおかれている。

 ロゼンス様がそれを見て不思議そうな顔をしながら言った。


「大皿に料理が盛ってあるね。いつもと違った形式で食事をとるのかい?」

「そうなのです。あの……」


 少しでも嫌そうな顔をしたら即座にやめよう!と思いながら、私の言葉を待ってくれている姿に勇気をもらいつつ、ロゼンス様の表情を伺いながら慎重に口を開く。


「市井の方々は、親しい者とこのようにしてナイフもフォークも使わずに軽食を取ると聞きました。分厚い布を皿替わりにパンにかじりつき、小皿をテーブル替わりにするのだそうです。

 はしたないかもしれませんが、二人で一緒に……やんちゃをしてみませんか?」


 昔、領地でそうやって軽食を取っている領民を遠くに見たことがあって、それがとても楽しそうで、一度家族とやってみたいと思っていた。

 だけどパンにかじりつくだなんてとんでもないとクロス夫人に叱られて、結局一度も実現しないまま忘れていたのだ。

 そして今日の遠乗りをするときに、ロゼンス様と出来たらいいなと思い、用意してもらった。

 息抜きにベルガーのもとへ行ったり、眠らせている庭園を秘密の隠れ家のようで好きだと言っていたロゼンス様は、きっとこういうことも好きじゃないかと思ったのだ。一応、良い顔をされなかった場合のために、ナイフとフォークもちゃんと用意してある。

 ドキドキしながら反応を伺っていると、ロゼンス様は私の話を聞いて楽しそうに目を輝かせた。


「面白そうだ!幸いここには無作法を叱る無粋な人間はいないのだし、二人の秘密にしてしまおう。私が大きく口を開けてパンにかじりついても、誰にも言ってはいけないよ」


 ロゼンス様が片目をつぶって茶化すようにそう言ったので、私はもちろんですと笑って同意した。

 二人で敷物の上に座って、私が切り分けられたパイやパンを取り分けて、二人でパンにかじりつく。

 ロゼンス様は宣言通り大きく口を開けてほおばっていたので、私も遠慮せずにパンにかじりつくことが出来た。

 鶏肉のうまみがパンと一緒に口の中いっぱいに広がるのを堪能し、噛むと崩れそうなパイ料理に二人して苦戦して笑いあい、ワインでのどを潤しながらチーズに舌鼓を打ち、ブドウを房ごと持って齧る。二人でとても作法の教師に見せられない姿だと笑いあう。

 普段と違う雰囲気でとった食事は童心に返って遊んでいるような気持ちになり、思っていた以上に楽しい時間となった。

 食事を終えるとどちらともなく会話がなくなり、満たされたお腹を休ませるようにゆっくりとした時間が流れる。


「綺麗だな」


 敷物の上に座って泉を共に眺めながら、ロゼンス様がぽつりと言葉をこぼした。


「えぇ」


 独り言のような言葉に、私も短く言葉を返す。


「いつもより、綺麗な気がする」

「いつもより良い天気だからでしょうか」

「いいや。パルメアがいつもより良く笑うからだ」


 ロゼンス様はあまりにも自然に、そっと言った。


「最近のパルメアは、私の前でもとてもよく笑う。どうしてだろう?」


 穏やかに告げられた言葉だけれど、たぶんロゼンス様がずっと考えていたことなのだろう。

 いつの間にか、ロゼンス様の視線の先は私だった。


「お茶会で倒れて、あの後からだ」


 ロゼンス様は静かに言葉を続ける。


「倒れたあの後、一体君に何があったのか。それが知りたいな」


 ここからだ。

 私はゆっくりと深呼吸してロゼンス様を見た。

 


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